第504話 憂鬱なミシア

 素材採取の旅は楽しいなあ。って言っても、まだ空の上だけど。


「ボートで空を行くのも、楽でいいねえ」


 ほうきの爽快感もいいけど、あれ一応自分で操縦しないといけないから。


 ボートの場合はオートで行けるからね。しかも検索先生が温泉関連なら張り切ってくれるし。


『この先にある鉱山には、いい温泉が湧きます! 保証しますよ!』


 疑ったりしませんって。特に温泉関係は。でもその鉱山、持ち主はいないのかな……


『一応国の端に当たりますが、誰も到達していない場所なので、今なら所有権主張が可能です』


 可能と言われても、向こうが武力で攻めてきたら面倒。負けないし、勝つけど。


 山を見つけて、先住者がいなければ、いつも通り周囲に堀を作って人が入れないようにしないとね。


 あ、山賊系がいたらどうしよう?


『人が通らない場所なので、賊はいないようです』


 それもそうか。襲う相手がいなきゃ、賊も仕事がなくなるよね。




 山は大小様々な山がいくつも連なる連山だ。検索先生によると、温泉は六つあり、鉱山としてもいくつかの鉱石が取れるそうな。


 ぬいこさん用の素材と、あと他にも取れそうなものはいくつか。全自動でなく、普通のミシンも作ってみようか。自分じゃ絶対に使えないけど。


 昔、学校の実習で指を縫ったクラスメイトがいてね……あれ以来、ミシンはどうにも苦手。


 きっと、使い方をマスターすれば侍女様方が使ってくれる! ……はず。


 刺繍用のミシンも作れないかなー。


『作成可能です。ただ、使いこなすにはそれなりの技術が必要になりますが』


 その辺りは侍女様方に頑張っていただきましょう。新しい事を憶えるのは、きっと呆け防止にもいいと思うんだ。


 いや、こっちにも認知症とかあるのかはわからないけど。おばあちゃんの友達が二人程認知症になった時は、おばあちゃん自身ががっくり落ち込んでたからなあ……


 それはともかく、まずはどけんさんに連山の周囲に堀を作ってもらわないとね。地上から行き来する事はないから、橋のようなものはいらない。


 幅と深さがしっかりあればよし。あ、自然に出来たものではないってのもわかれば、なおよしかな。


 人工物があれば、人がいるとわかるでしょ。それでも突っ込んでくるのがいたら、追い払うし。護くんととーるくんが。


 採掘は上々。採取の方も、意外といい素材がゲット出来た。中でも、糸の原料になる幼虫が見つかったのは大きい。


 あれだ、大きな蚕だよ。以前、旧ウーズベル領で見つけたのと、近い種類だとか。あっちのより、糸が白くて強度が高いそうな。


 半分くらいは残して、後は繭ごと収納。亜空間収納内で、製糸までやっておくんだー。


 あとは、いくつかの植物を採取。これらは糸の染めに使うんだとか。赤や黄色、青、緑、ピンク、茶色、その他。


 いくつかは、鉱物で染めるんだってさ。その分の鉱物も採掘完了。


 温泉に関しても、どけんさんとたてるくんに大まかな方向性だけ示して、依頼しておく。


 今回は、今までやらなかった「山奥の秘湯」イメージ。ダガード国内以外では初の和です。


 しかも、温泉旅館ではなく、山奥の村、そして秘湯。もうね、最初から「村」にする事を決めちゃえばいいんだと思ったんだ。


 ついでに、この辺りの気候だと米が作れそうという事で、ゆたかくん達に米や大豆、蕎麦、芋、カボチャ他を村全体で作るように指示。


 この村だけで、私が食べる米を生産してもらおうという腹。もうね、開き直った方がいいと思ったんだ。


 どうせ集落を作るのなら、そこでしか作れないような作物も一緒に作っちゃえっていうね。


 もう本当、魔法ロボット作っておいて良かったわー。


『村を作るとなると、山間の狭い場所を使う事になりそうですね』

「水田とか畑とかは、山肌を使って段々畑とかにすれば、いけるんじゃないかなー」

『なるほど』


 人間だと上に行くまで大変とか、狭いところには機械が入れられなくて全部手仕事になる、とかあるけど、元がロボットだからね。


「ゆたかくんはいくらでも投入していいから。バッテリーも、ケチらずに使っていいからね」

『了解しました』


 ふっふっふ、これで定期的に米やら何やらが手に入る。砦の畑でいいやとも思っていたけど、土地が手に入って世話の方もなんとかなるなら、食料は量産しておいてもいいと思うんだ。


 いつ何時、何があるかわからないもんねー。


『神子が生き抜くだけなら、何とでもなるのでは?』


 私一人ならね。でも、そうなった時に、助けたいって思う人がどれだけいるかは、わからないから。


 ホーガン領の時のような事が、この先もないとは限らないし。


『あの時のように、別の地域に買い出しに行けばいいのでは?』


 そうならないように、備えておくのですよ! 手段はいくつも持っておいた方がいいに決まってる。


 前出来た事が、次は出来ないって事だってあるんだからさ。




 街に戻ったら、何やらミシアが浮かない顔をしてる。


「サーリ、お帰りなさい」

「ただいま。もしかして、ここで待ってた?」


 私の問いに、ミシアが無言で頷く。何があったのやら。


「とりあえず、家に来なよ。あ、スワシェニルは?」


 今度は無言で首を横に振る。聞かれたくない話かな? まーいっかー。


 家に入って、いつもの居間兼ダイニングに二人で座る。スペンサーさんに出してもらった飲み物は、私がアイスラテでミシアがアイスミルクティー。


「それで? 何があったの?」

「ニルの事なの……」


 ああ、スワシェニルの事か。なら、本人がいちゃ、話出来ないわな。

「彼女がどうかした? 喧嘩?」

「違う……」


 ミシアらしくないなー。良くも悪くもはっきりものを言う子なのに。どうしたんだろう?


 なんとなく、お茶請けに焼き菓子を出してみた。この間焼いたガレットブルトンヌ。厚焼きクッキーだけど、バターたっぷりのレシピ。


 これ、ゴーバルのバターを使ってるから、いい味してるんだよなあ。うん、さっくり焼けていておいしい。


 普段なら真っ先に焼き菓子に手を出すミシアが、俯いたままでいる。そんなに深刻な事が起こったのかな……


「ミシア、スワシェニルがどうしたの?」

「あの子……壁を作っちゃうの」

「はい?」

「さっきまで一緒に笑っていたかと思ったら、旧に真顔に戻って、その後はもう何を言ってもやっても上の空。笑わなくなっちゃうの! そんな事が繰り返し!」

「お、落ち着いて」

「ニルは! どうして笑うのをやめてしまうの? 幸せになってほしいのに。まるで自分から何もかもを投げ出してしまうよう」


 うーん、これ、私一人の手には負えないんじゃないかなあ。


「ミシア、良ければジジ様に――」

「それはダメ!」


 おおっと、速攻拒否されましたよ。


「……ニルは、まだお婆さまが怖いみたい。……あのね、サーリは、私がニルの記憶を見たって言っていたでしょ? その記憶の中に、お婆さまくらいの年の人がいたの。その人からも、凄く苛められていた」

「それは、貴族の人?」

「違うと思う。多分、侯爵家の上級使用人だわ。お仕着せは着ていなかったから」


 侯爵家は、元々スワシェニルの母親の家だ。そこにいる上級使用人なら、母親の実の娘であるスワシェニルの事を邪険にしないと思うんだけど……


「上級使用人って、入れ替わる事ある?」

「そりゃあるわよ。特に当主が代替わりした時には。……もしかして、ニルの父親が使用人を入れ替えた?」

「可能性はあるんじゃない? だって、元々侯爵家はスワシェニルの母親の家でしょ? なら、小さい頃から仕えているお嬢様の娘の事は、大事にするんじゃないかな?」


 言っていてなんだが、腹立ってきた。もう護くんととーるくんを送り込んで、縛り上げてやろうかな。


『バレないようにするのなら、問題ありません』


 ないんだ……まあ、その辺りはジジ様や銀髪さんに確認してからかなー。他国の事だし、貴族や王族絡みとなると、下手に手を出せない。


「とりあえず、スワシェニルに話を聞いてみよう」


 本人が何を考えているか、聞いてみない事には始まらない。ミシアは賛成していないみたいだけど。


「正直に話してくれるかしら……」

「今ここで話してくれないなら、この先も無理じゃないかな」


 いざとなったら、自白剤を軽く……いや、これは本当に最終手段だけど。


 ともかく、大変な思いをしてきた子だから、まだその辺りが抜けてないだけかもしれない。


 本人がちゃんと言葉に出来ればいいんだけどなあ。言語化って、意外と難しいよね。

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