第500話 暴走

 ミシアの悲鳴を聞きつけたのか、門まで銀髪さん達が駆けつけた。


「何事だ!? ……って、ミシア? 何でお前がここに?」

「カ、カイド兄様……この街、サーリが作ったって、本当?」

「はあ? ああ、本当の事だが、それがどうしたんだ?」

「……兄様も、色々と染まってるわね」

「どういう意味だそれは」


 ちょっとー、ここで喧嘩するのはやめてよねー。ほら、もう一人の子もびっくりしちゃってるじゃない。


「とりあえず、中に入りませんか? ミシア、ジジ様にお伝えする事があるんじゃないの?」

「あ! そうだった! こんなところで兄様と言い争いしてる場合じゃないのよ!」

「おま! こんなところって!」


 はいはい、文句はあーとーでー。ジジ様、今日もジップラインかな?


 本日のジジ様、教会にいらっしゃいましたー。ユゼおばあちゃんと何か話してたみたい。


「お婆さま!」

「あら、まあ。ミシア。あなた、いつの間にここに来たの?」

「サーリに頼んで連れてきてもらったの! お婆さま、お力を貸して!」

「どういう事か、説明してちょうだい」


 ジジ様の表情が、きりっとしたものに変わった。


「この子の名前はスワシェニル。グウィスト侯爵家の正しい娘よ」

「グウィスト? お婆さまの実家じゃないか」


 何故か一緒に来ていた銀髪さんがこぼす。そうなんだー。って事は、銀髪さんやミシアの遠縁?


「この子はそこの家の正当な後継者として生まれたんだけど、婿養子である父親が、妻が亡くなったのをいい事に、愛人だった酒場の女を後妻として家に入れたんですって。しかも、この子と同じ年の娘まで連れて。それで、その娘の方を、この子と入れ替えたの!」


 えーと、それって、婿養子による家乗っ取りじゃね? てか、この子、女の子だったんだ?


 ミシアの簡潔な説明を聞いたジジ様は、深い溜息を吐いた後、ミシアに言った。


「とりあえず、この子……スワシェニルと言ったわね? 身なりを整えましょう。このままでは可哀想だわ」


 確かに。着ているものもボロボロだし、髪だってボサボサだ。女の子か男の子かわからなかったのは、髪の短さにもある。


 この世界の女の子って、みんな髪はある程度伸ばすんだよね。どこでもそれは変わらない。


 でも、このスワシェニルか。この子の髪はミディアムの長さ。これ、ちょっと髪長目の男の子で通る長さなんだよなあ。




 そのまま、スワシェニルは侍女様方に預けられ、共同浴場へと消えていった。なんかそっちから悲鳴が上がっていたけど、大丈夫かな?


 私達はジジ様が使っている家にお邪魔して、話の続き。ジジ様、ミシア、銀髪さん、剣持ちさん、そして私。


 何故二人もいるのかな、と思ったけど、あの子が余所の国の侯爵令嬢なら、立場上放っておけないのかも。


 ジジ様の家は、すっきりしたファブリックと家具でまとめられている、ちょっと大きめの家。入ってすぐに吹き抜けの空間があって、奥に階段、右手に居間兼応接室、左にキッチンとダイニング。


 私達は、居間兼応接室に通された。座り心地のいいソファに腰を下ろすと、そっとスペンサーさんが飲み物を出してくれた。


「それで? 私に助力を求めるという事は、あの子は正当な自分の立場を取り戻したいのかしら?」

「そうじゃないの。ううん、多分それもあるんだと思うけど、その前に、あの子命を狙われてるのよ。それも、自分の実の父親と、あともう一つ」

「もう一つ?」

「……お婆さまは、あの国が今どういう状況か、ご存じ?」

「何やらきな臭くなっているというのは、聞いたわね」


 これ、私が聞いていい話なんですかね? 毎度思うんだけど。誰も席を外せと言ってこないから、このままでいっか。


「あの国……ヴィンチザードか。確か、内乱一歩手前状態だったな」


 そんな危ない国なの!? あの子、よくそんな国から逃げ出せたね。


「内乱は、現王家に対する不満が溜まっているからって話だったけど、スワシェニルは、その連中にも命を狙われているのよ」

「何故だ? あの娘、王家の血を引いているにしても、遠すぎるだろうに」

「スワシェニル……私はニルって呼んでるけど、あの子、現在の王太子の婚約者なの」

「はあ!?」


 これには私もびっくり。あのスワシェニル……ニルか。あの子、どう見てもミシアと同じくらいにしか見えないんですけど!?


 王侯貴族って、そんなに早く婚約が決まるもんなの?


「待て、先程、侯爵が庶子の娘と入れ替えたと言っていたな?」


 確かに、ミシアはそう言った。でも、その入れ替えた娘が王太子の婚約者、未来の王太子妃でゆくゆくは王妃になるというのなら、問題はもっと大きい。


 銀髪さんが気になるのも頷ける。


「グウィスト侯爵はバカなのか? それとも、その庶子という娘があのスワシェニルに似ているのか?」

「それは私もわからないけど、ニルのお母様は彼女を産んですぐ亡くなったそうだから、子供の頃の入れ替えなら、誰にも気づかれないんじゃない?」

「……亡くなった侯爵夫人の、父親は?」

「ニルのお母様がご結婚なさってすぐ、馬車の事故で亡くなったって」

「事故……本当に、事故か?」

「それは……わからないけど……」


 何だかなー。またしても、お家騒動以上の問題になってるんですけどー。これ、本当に私が聞いてていいの?


 そして、黙ったままのジジ様が怖い。怒った顔をしている訳じゃないんだけど、雰囲気が凄く冷たいんだよ……


「お婆さま、ニルを助けたいの!」

「……ミシア、あなたが言う前に、あの娘が自分で言わなくてはいけません。身支度が調うまで、待ちましょう」

「はい……」


 ジジ様としては、本人が何も言わないのに、周囲があれこれ言って手を貸すのは間違っている、と言いたいのかな。


 それは、確かにそうなんだけど。でもなー、生きてきた環境によっては、そういう事を考える余裕もないというか。


 さすがにあの子程じゃないけど、周囲にもいたんだ、家族に虐待受けてる子。でも、誰も何も出来なかった。


 下手に関わると、全力でのしかかってくるからやめておけって、クラスメイトに忠告されたっけ。


 あの頃は、私もまだ両親とのあれこれがあった頃だから、自分に余裕、なかったしなあ。


 なんとなく気まずい様子で出されたものを飲む。スペンサーさんが出してくれたのは、ホットのカフェオレ。


 暑いこの街だと冷たい飲み物の方がありがたいけど、今だけはこれで良かった。温かいものを飲んで、ほっと一息。


 しばらく静かなままでいたら、侍女様方が身支度の調ったスワシェニルを連れてきた。


「ジジ様、お支度整いました」

「ご苦労様。さあ、こちらにいらっしゃい」


 スワシェニルは、無言でこっちに来た。おお、きちんと整えると、凄い美少女。


 髪はグレイ、瞳は榛色。光の入り具合で、髪は銀色に、瞳は金色に見えるよ。きちんと切りそろえられた髪は、さらさらだ。


 顔立ちも整ってる。ただ、栄養状態があまりよくなかったのか、頬がこけちゃってるのが気になるね。


「スワシェニルというのですね。あなたは、この後どうしたいと願いますか?」

「どう……したい……?」


 あ、そういえば、この子ミシアと同じで魔力持ちだっけ。じいちゃんに、魔力制御用の腕輪、もらっておかないと。


 と思ったら、早速暴走始まったああああああ! 部屋の中に、いきなり台風発生中ー!


「な……これは!」

「きゃあああああ」

「何事です!?」

「あー! ちょっと待ってくださいねー」


 緊急事態だから、しょうがない。スワシェニルだけを結界で包んで、眠り薬を結界内に入れた。吸うタイプのだから、すぐに眠るでしょう。


 案の定、あっという間に意識が落ちた。それと同時に、暴風も収まる。


「今のは、一体……」


 呆然とするジジ様に、申し訳なさが先に立つ。対処法、ちゃんと知っていたのに。


「さっきの、この子の魔力が暴走した結果です。ミシアから聞きましたが、彼女同様、魔力を持っているようです」

「何だって……?」


 銀髪さんの声が、静まりかえった室内に響いた。

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