第499話 緊急事態

 ウィカラビアでのんびりした時間を過ごす事、プライスレス。ここは常夏な気温だけど、山の中は朝晩涼しくて過ごしやすい。


 それに、温泉もあるし遊歩道は作ったし、他にも細々としたアクティビティは作ってみた。


 やっぱり、楽しみって必要じゃない? しかもかなりアクティブなものも作ったのに、何とジジ様達がハマった。


「おーほほーほほー」


 笑い声なのか雄叫びなのかわからない声を上げつつ滑空していくのは、ジジ様です。


 つい出来心で湖の上を通るジップラインを作ったら、見事に皆様ハマったようです。これ嫌いって言う人、ここにいないね。


 それどころか、順番を待つのさえ惜しい、終点から出発の場所まで戻る時間すら惜しいと言い出して、行き帰りのジップラインが出来た程。


 他にも、湖の上だけでなく、山の中を行くラインも作って、好評を得た。うわー、これ、ますますここから離れられなくなるね。


 そして、ここでの生活がストレスフリーだからなのか、皆さんどんどん若返っていく気がする。


 ジジ様や侍女様方だけでなく、ユゼおばあちゃんまで。


 いやあ、おばあちゃんがジップラインしているところを見た時は、こっちの心臓が止まるかと思った。


 あの時は、じいちゃんにもの凄く怒られたっけ。ユゼに見えないように作らんかい! って。


 で、そのじいちゃんはユゼおばあちゃんに怒られてました。人の楽しみを勝手に奪うなって。


「なあ、気のせいか、お婆さま達、妙に若返っていないか?」


 あー、銀髪さんも同じ事、思ったんだね。


「まあ、女性が若々しくしているのは、いい事だと思いますよー」


 適当な返事をしておく。幸い、銀髪さんは気づいていないらしい。目の前で、今まさに湖の上を滑空するジジ様をハラハラして見ているのに忙しいからだな。


 まさか、女性陣にここまでジップラインが受けるとは。いや、私も好きだけどね。


 どっちかって言ったら、銀髪さん達の方が熱中するかと思ったよ。いやあ、読みが甘かったねー。




 ウィカラビアでの私の日常は、温泉三昧。今日はあっち明日はこっち。この山だけでも四つの温泉があるからねー。


 で、今日は九番湯に来ている。


「うあー、極楽極楽ー」

『神子、ここのお湯もいいですが、世界にはまだ他にもたくさんの温泉が……』


 いやいや、世界ってそんなまたワールドワイドな。旧ジテガンを含めて、ウィカラビア、キルテモイアの三箇所で大分増えたでしょうが。


『温泉は、いくらあってもいいものなのです! 人に知られていない温泉が、まだまだたくさんあるのですから、力と財力に物を言わせて全て入手してしまいましょう!』


 検索先生って、温泉の事になるとネジがまとめて吹っ飛ぶよね。


「これまでは割と運良く手に入れられたけどさあ、この先もそうだとは限らないんですよ?」

『そこは何とでもします。ふっふっふ、所有者の弱みを暴く事など、造作もない事』


 いやいやいや、落ち着きましょう。とりあえず、入りきれない程の温泉があるんですから、世界の温泉はもう少し先延ばしに。


『そんな……』


 絶対手に入れないとは言いませんから。ね?


『近いうちに、動いてくださいよ?』


 そうですね。近いうちに。それが三年先か十年先かはわかんないけどねー。




 九番湯から出て、散歩がてら街へと至る遊歩道を歩いていると、スーラさんの着信音。お、叔父さん陛下からだ。


「もしもーし、どうしましたー?」

『サーリ! 助けて!!』


 あれ? ミシア? 変だな。発信は叔父さん陛下のスーラさんになってるのに。


「ミシア? てか、助けてって、どういう事?」

『詳しく話している余裕がないの! お願い! こっちにすぐ来て!!』


 緊急事態って事? 王宮にはこっそりポイントを打ってあるから、行けるっちゃ行けるけど。


『神子、急いだ方がいいです』


 ……検索先生まで、そう言うんだ。んじゃ、ちょっくら言ってくるか。




 王宮に打ったポイントは、奥宮にある。そこからミシアがいる場所までどうやって行こうかと思っていたら、ミシアの方からやってきた。


「あ、ミシア」

「サーリ! 良かったあああ! もう、どうしようかと思ったああああ」


 奥宮の庭園でも、一番奥まった場所の、しかも端というこの場所に、何故ミシアが来たのか。移動するのを感知したのかな。


 しかも、彼女の後ろにはボロボロの見た目の……女の子? 男の子? とにかく、ミシアと似た年齢の子が立っていた。


「お願い! サーリ、この子と私をお婆さまのところまで連れて行って!」

「ええ?」


 出来なくはないけど、それをやるとこの子にポイント間移動の事が知れてしまうのだけど。


 私の迷いを感じ取ったのか、ミシアが小さい声で呟いた。


「大丈夫。この子にも、絶対に他言させないから。それと、この子、私と同じなの」


 ミシアと同じ。という事は……


『魔力が高いです。しかも、制御方法を知らないので、いつ暴発するかわかりません』


 そりゃ危険だ。魔力の高い人間が暴発させると、下手したらこの王宮が吹っ飛ぶ。


 色々と疑問が残るけど、とりあえずジジ様のところというか、じいちゃんに要相談だなこりゃ。


「とりあえず、じいちゃんに相談して――」

「時間がないのよ! いつ追っ手が来るか……」


 ミシアが言うか早いか、遠くの方から人の声。怒鳴ってるのが聞こえる。


「追いつかれた!」


 ミシアだけでなく、ボロボロの子まで怯えだした。精神が不安定になると、暴発は起こしやすい。


 緊急事態って事で、じいちゃんには見逃してもらおう!


「二人とも、こっちへ」


 ミシアともう一人の子を両腕で抱えるようにして、ポイント間移動を使った。


 と言っても、ウィカラビアの温泉街にそのまま飛んだ訳ではない。行き先は、船の中の砦。


「あれ? ここ、砦?」


 ミシアは短い期間とはいえ、砦で生活していたからね。すぐにわかったみたい。


 ウィカラビアの港街ゼフの沖合にある小島、そこに停泊中の私の船の中に入れた砦に、緊急移動したのだ。


「そう。ここからは、空ボートでジジ様達のところへ行くよ」

「空ボート? 何それ」

「空を飛ぶボート」

「はあ?」


 こっからボートを使えば、少なくともポイント間移動を他の人達に知られる事はないからね。




 ボートは普段、亜空間収納の中に入れているので、船の甲板に出てボートを出した。


「……サーリがでたらめなのは知ってたけど、よもやこんなものまで出てくるなんてね」


 失礼だな。もう温泉に連れて行ってあげないぞ。


 呆然とするボロボロの子と、呆れかえるミシアを乗せて、空ボート出発。行き先はもちろん、ウィカラビア山中にある温泉街。


 ボート停泊所に一旦ボートを停泊させて、絨毯を使って下に下りる。下りた後はボートをしまうのを忘れずに。


 ここは下側の街の入り口になっているので、一応門がある。開けっぱなしだけどね。


「ここ、どこ?」


 門を見上げながらミシアが聞いてくる。そうか、ここの事はまだ領主様も知らないんだっけ。


 まあ、今頃リーユ夫人経由で知ってるかもしれないけど。


「ここは温泉街。山の中だし、いるのはじいちゃんと銀髪さん、剣持ちさん、それにジジ様と侍女様方、ユゼおばあちゃんだけだから、心配しないで」

「え? この街には、他に人がいないの?」

「そうだよ。一応、私が作った街だからね」

「ええええええええ!?」


 本日一番のミシアの叫び声が上がりました。

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