第497話 実験結果

 ウィカラビアの山中に、計画していなかった街が出現し、現在そこに滞在している人達がいる。


 本来なら故国の王宮で優雅に暮らしているはずの王太后陛下であるジジ様が、このままこの街に住みたいとご希望だ。


 でもさあ、普通王族がこんな山奥の何もない場所に住みたがる? まあ、ジジ様が普通の王族かと聞かれると、ちょっと答えられないけど。


 びっくりしたのは私だけでなく、銀髪さんもらしい。


「お、お婆さま、正気ですか!?」

「正気とは何ですか。ここの住み心地の良さは、あなたも知っているでしょう? カイド」

「それは……そうですが……」


 銀髪さん、相変わらずジジ様には敵わない様子。それを見越してか、ジジ様からの猛攻撃が始まった。


「大体、私は既に現役を退いているのだから、どこでどうやって過ごそうと問題ないはずです。それに、ここなら普通の人は入ってこられませんからね。どこよりも安全です。奥宮とはいえ、王宮では人目にさらされる生活が続きますからね。もう、そういった煩わしさからは、解放されたいのよ。私もいい年なのですもの」

「お婆さまはまだ十分お若いですよ……」


 やっと返せたのは、その一言だけっぽい。まあ、ジジ様が若々しいのは、私も同意しますけどね。


 でも、さすがジジ様、そのくらいの言葉では止まらない。


「ほほほ、嬉しい言葉だこと。でもね、ならばなおさら、若いからこそ今を楽しみたいのよ。ここには楽しめる要素がたくさんあるのだもの」


 銀髪さん、説得失敗。がっくり肩を落としてちらりとこちらを見る。


 いや、私に説得なんて無理ですよ? 確かにここは私の持ち物だから、住むなって言えるけど。


 その切り札切ったが最後、ジジ様に嫌われるから絶対に切りませんからね。


「住むのは構いませんよ。私もいつもここにいる訳じゃないから、誰かが住まないと、家って痛むって言うし」

「本当に!? 感謝するわ! サーリ。ちゃんと対価は支払いますからね」


 別にいらないんだけど、そういう訳にもいかないんだろうな。格安物件として、案内しておこう。


 実際、山の奥だから周囲に何もないし。私が作ったアクティビティもどきはあるけれど、基本湯治の街みたいなものだもん。


 店もないから買い物も楽しめないしね。あ、何なら船団に参加した商会を通じて、品物を仕入れて並べる店を作ろうかな。空き家は腐る程あるし。


 店番は、また魔法ロボットでも作っておいておけばよし。現金も、ブールを使えるようにしておけば、両替の必要がないからいいでしょ。


 ジジ様って個人資産を結構持ってるそうだから、収入の面では問題ないだろうし。あれ、何も支障がないね。


 まあ、あるとすれば銀髪さんくらいかな。領主様はどうだろう。割と、本人の好きにさせておけって言うかもねー。




 という訳で、ジジ様の許可をもらって早速領主様に連絡してみた。


『え!? ジジ様がずっとそこに?』

「ええ、本人がそう希望してます」

『ううむ……確かに、ジジ様ご本人が仰っている通り、現役はとうに退かれている方だからなあ。今まではカイド様にお妃がおられなかったから、いてもらわなくては困ったのだが、今はフィア王妃がいらっしゃる。そういう意味でも、王宮を出られても問題はないんだが……』


 ああ、なるほど。銀髪さんがずっと独身だったせいで、いわゆる「ファーストレディ」の立場を、ジジ様が担っていたんだ。


 でも、いまは叔父さん陛下が王位を継いでいるので、奥さんであるフィアさんがファーストレディ……王妃の座にいる。


 だから、今までずっとその場にいなければならなかったジジ様も、自由になれたって訳だね。


 こりゃ銀髪さんはジジ様に文句言えないわ。


『とりあえず、陛下には私から連絡を入れておくよ。もし陛下から話したいと言われたら、頼んでもいいかい?』

「いいですよー。ダガードに戻るでも、スーラさんでの通話でもお好きな方で」

『助かるよ』


 確かに、叔父さん陛下に話を通す必要はあるよね。ここに住むなら、一応責任者の私と話す必要があるのも、頷ける。


 ダガードに里帰りしたい時は、声をかけてもらえれば空を行くプレジャーボートで送り迎えもするよー。もうあれ、空ボートとでも呼んでおこう。


 そういや、船を造る際にジジ様から資金提供の話をもらったっけ。結局うやむやにしちゃって、そのまま流したけど。


 あれの代わりに、この街の家を提供しても、いいかもね。ただし売りません。あくまで賃貸です。




 ジジ様の居残り問題は、一旦私の手を離れたので、バイルーの栽培の方に力を入れる事にする。


 旧ジテガン領にもらった果樹園に、コロドン卿からもらった苗を植えるのだ。もちろん、植えるのは私ではない。


 私がやると、最悪枯らしちゃう危険性があるからね。それと、もらった苗の全部を果樹園に植える訳じゃない。


 一部は砦の温室でも栽培してみようと思う。そっちも世話をするのはゆたかくんだ。


 ふっふっふ、楽しみだねえ。


 いきなり顔を見せた私に、果樹園の人達は驚くかと思ったけど、そうでもなかった。


「おお、いらっしゃいませ。ようこそおいでくださいました!」


 ええー。何か、歓迎されてる?


「えーと、普段放りっぱなしですみません……」

「いえいえ、とんでもない。それより、お送りした果実は、お気に召していただけましたでしょうか?」

「ああ! 第一陣のやつですね! 凄く美味しかったです!」


 私の言葉に、果樹園の人達が満面の笑みだ。どうもね、この果樹園で働いている人達、家族らしいよ。


 今応対してくれてる人がお父さんで、奥さんと息子さん、そのお嫁さん、娘さん、その婿さんなどでやってるんだって。


 そんな彼等が、嬉しそうに笑ってる。


『自分達が作った果実が美味しいと言われたので、嬉しいのでしょう。旧ジテガン領の頃は、消費者の声など生産者には届かなかったのです。それに、この果樹園は王家の直轄だったようですから、なおさらです。辛い思いの方が多かったのでしょう』


 あー、あの王家じゃなー。


『栽培も、上からの注文が多く、苦労する事が多かったようです』


 私の場合、ほぼほったらかしだからねー。ここに来たのも、二回目くらい?


 基本、果実を作って収穫したら、専用の箱に入れてもらうようにしてある。その箱から、私の亜空間収納へ直送するようにしてあるから。


 おかげで食後のデザートには事欠きません。第一陣は、桃に似たフルーツがきましたよ。味もほぼ桃。ただ、形が洋梨っぽいけど。


「あ、そだ。今日来たのは、新しく栽培してほしい果物の苗を持ってきたんです」

「ほう、新しい苗ですか?」

「バイルーっていうんですけど、これです。栽培方法は、こっちに」

「こ、こんな上質な紙を! あ、失礼しました。えーと何々……ふむ、ふむふむ。なるほど」


 渡した紙には、バイルーの栽培方法が書かれている。もちろん、検索先生が書いてくれたものだ。


 こっちの人にもわかりやすいように、温度や湿度や土の質などを、他の果実を使って例えている。


 土質はオレンジっぽいやつと一緒とか、温度は桃っぽいやつと一緒とか。これなら、色々な種類の果実を作っている果樹園の人に伝わるでしょ。


「わかりました。やってみましょう」

「お願いします。収穫出来たら、いつも通りに。あ、この実と苗は、この果樹園からは出さないでくださいね」

「わかっています」


 盗まれたら大変だもん。普段から、果樹園の周囲は護くんに警護してもらってるけどね。


 実は、果実泥棒が出ているんだ。果樹園の人が知らないうちに、護くんが捕縛して「泥棒です」って書いた札と一緒に軍に引き渡してるそうだけど。


 そんな調子でバイルーの実とか苗を盗まれたら大変だ。




 無事に苗を預けたので、ついでに旧ジテガン領の温泉施設を見回っていく事にする。


 崖の上は使ったけど、他はまだろくに見ていないんだよね。


「ウィカラビアがあれだからなー」


 ここの時は、まだあんまり指示は出していないんだよね。つまり、どけんさんとたてるくんの思いのままに作っていた頃。


 また山の中に街が出来ていても、もう驚かない。さて、何がどう出来上がってるかな?


「んー……おお」


 普通だ。普通に別荘が建っている。しかも、複数温泉がある山は、温泉の場所に浴場が建てられていて、別荘は一つ。


 別荘から浴場までは、街のように道が敷かれていて、楽に行き来出来るようになっている。遊歩道みたいな感じ。


 何だよー、こういう普通のも作れるんじゃない。なら、どうしてウィカラビアはああなったんだ?


『恐らく、実験だったのではと』


 実験!? ……ロボットが実験なんて、するのか? AIは一応積んでるはずだけど。


『AIの教育は私が行いましたので、少々性格が似たかと』


 AIに性格って、あるんだ……でもまあ、これでなんとなくどけんさんとたてるくんの使い方がわかったから、いっかー。

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