第496話 平穏な日々

 残念王子が押しかけた翌日、コロドン卿から嬉しいプレゼントがあった。


「こちらをお納めください」


 バイルーの実と苗! しかもたくさん! これ、本当にもらっていいのかな。


「ユヤー王子のしでかした事への、せめてものお詫びです。神剣を見つけ、あまつさえそれをユヤー王子に譲渡してくださり、もう一本の神剣も神殿に奉納してくださった。感謝してもしたりません。だというのに……」


 あー、残念王子が残念な事をしたのは許さんけど、コロドン卿が謝る事じゃないからなー。


 でも、バイルーの実と苗はありがたくいただく!




 モルソニアには長くいない方がいいだろうって事で、私と銀髪さん、剣持ちさんは一旦ウィカラビアに戻る事になった。


「何だかおかしな事に巻き込んでしまって、悪かったね」

「いえいえ、領主様のせいじゃありませんから」


 あの残念王子の変貌ぶりは、誰にも読めまいて。それにしても、偽物神剣を見に来ただけなのに、王位争いに遭遇するわ、拾った偽物が本物になるわ。なかなか濃い数日でしたな。


 見送りは、領主様ご夫妻とコロドン卿。そう、リーユ夫人はここから領主様に合流するそうな。


「戻りたくなったら、いつでも連絡してください」

「ありがとう。そうするわ」


 笑顔で言う夫人の隣で、領主様が複雑な顔をしていたな……いやあ、別荘の住み心地に慣れちゃうと、色々とね。


 そのうち、ダガードの領主様の屋敷から、改築の注文を受けるかもね。その時は、たてるくん達に頑張ってもらおう。




 船で空を行き、ウィカラビアへ。なんか久しぶりに帰ってきた気がするー。


「ほんの少ししか離れていないのに、随分長い事留守にしていた気がするな……」


 銀髪さんも同じ思いか。不思議だよねー。日数で言えば、数日間だけなのに。


 もうそろそろ日が沈みそうだから、多分夜の九時くらいだね。夕飯は船で済ませたし、帰った挨拶は明日でもいいかなあ。


 と思っていたら、船着き場に使っている西南の入り口にじいちゃんが通りがかった。


「おお、帰ってきたか」

「あ、じいちゃーん、ただいまー」


 じいちゃんの手には、着替えを入れる袋。下の温泉にでも行ってたのかな?


「何ぞ、面白いものはあったかの?」

「うんまあ……それなりに?」

「そうか。そっちの二人もお帰り」

「ああ」

「ただいま戻りました」


 元王様は、こういうところでも偉そうだなあ。でも、王族って、偉そうにしてないといけない、というのは前に聞いた事がある。


 間違っていても、下手に謝ってもいけないらしいよ。謝ると、高確率で相手を処刑する事になるから。


 王族に謝られただけで殺されるとは、どんな世界よとも思うけど、それが王族なんだそうな。


 王族に謝らせた方が悪い、って事になるんだってさ。身分社会怖い。


 謝る代わりに、お金だったり貴金属だったり絵画だったり領地だったりを贈るそうだけど。それで手打ちって事にするんだってさ。


 そう考えると、残念王子の代わりにコロドン卿が謝罪して、バイルーの実や苗をくれたってのは、間違ってはいないのか。


 流れで、そのままじいちゃんの家にお邪魔する。銀髪さん達も一緒だ。じいちゃんの家の狭い居間で、スペンサーさんから飲み物を受け取った。


「それで? 何があったんじゃ?」


 椅子はちゃんと四脚になってる。いつの間に増やしたんだろう。それぞれ腰を下ろして愚痴の開始。


「それがさー、もう聞いてよー」


 偽物神剣があるというから、ちょっと見に行こうかくらいの軽い気持ちで行った国モルソニア。


 到着して早々に、合流した領主様が冤罪で捕縛され、連れて行かれちゃったり、実はそれが領主様が仕組んだ話だったり。


 そういえば、あの冤罪って結局神殿側が神剣を盗まれていた事を領主様になすりつける為のものだったのかな?


 二十年も盗まれていた事に気づかなかった癖にねー。


『気づいてはいましたが、捜索する事も出来ず、手をこまねいていた結果です』


 やっぱり神殿の連中は、神罰執行しておいて良かったわ。


 で、その後盗まれた神剣を拾いに行ったり、補修したら本物の神剣になっちゃったり、それを残念王子に渡そうとしたら、ダメ王子が邪魔をしてきたり。


「それで、目の前で土地神様からの神罰がダメ王子に落ちたの」

「ほう、という事は、例の強制改心かの?」


 じいちゃんの言葉に、思わず銀髪さん達と顔を見合わせた。まさか、あんな神罰が下るとは、思わなかったもんなあ。


「どうしたんじゃ?」

「神罰は、改心ではなく、雷だったんだ」


 私の代わりに、銀髪さんが説明してくれた。


「雷とな」

「室内だったのだが、いきなり第四王子に落雷したんだ。床が焦げていたが、本人はどこにも。恐らく……」

「そうか……嫌なものを見たの」

「うん……」


 怖かったし、嫌だった。目の前で、人が消えるなんて。消えたっていうか、焼き切れたっていうか。


 すぐ側にいたのに、こっちには何のダメージもない辺りが、また怖い。雷って、落ちたら割と広範囲に影響及ぼすよね。


「その後は、その第二王子に神剣を無事渡し終えたんじゃな?」


 ムカ。残念王子の事を思い出すと、まだむかっ腹が立つ。


「なんじゃ? 渡しそびれたのかの?」


 私が黙り込んだからか、じいちゃんが不思議そうに聞いてくる。まだ不機嫌な私の代わりに、銀髪さんが続けた。


「いや、無事に渡したはいいんだが、そのすぐ後に、もう一本、神剣が現れたんだ」

「なんと」

「聞いてくれ、バム殿。二振りの神剣は名付けが必要だったようなんだが、こいつがなんて名付けたと思う?」

「何? サーリが名付けたんか?」


 ちょっとじいちゃん、何でそこで残念なものを見るような目で私を見るの!


「拾った方をムメイ、後に出現した方をユウメイ、ムメイは名無し、ユウメイは名有りの意味だそうだ」

「お主……神剣に名付けるのなら、もう少し考えてじゃな」

「考えたよ! でも、何日も悩む暇なかったんだから!」


 神剣の名付け、割と急かされたんだからね! それでもじいちゃん達は残念そうな顔してるし。


「そんなに言うなら、自分達ならどう付けるのよ!」

「そうは言われても、神剣なぞお目にかかる事はないからのう。その時にならねばわからんわい」

「あの国の初代国王と王妃の名を付ければ良かろう」

「カイド様に従います」


 みんな嫌いだ。


 むくれていたら、じいちゃんがちょっと慌てている。


「ま、まあ、全てうまくいったのなら、良かったのう」

「最後が、悪かったけどね」

「……また、何をやらかしたんじゃ?」


 じいちゃん、あなたの中で私は一体どういう人間として認識されているんだろう。


 いや、確かにあれこれやらかしているけどさ!


「私じゃなくて、残念王子がやらかしたの!」

「残念王子?」


 じいちゃんの疑問に、剣持ちさんがフォローする。


「神剣を渡した、第二王子です」

「ほう。何がそんなに残念じゃったのかのう?」

「いきなり来て、私に妃になれって言ったの!」

「何じゃと?」

「もちろん断ったよ。王妃なんて冗談じゃない!」


 ローデンの悪夢再びだよ。いや、モルソニアの人達がローデンと同じ事をするかどうかは謎だけど、でも王族や貴族と結婚なんてやだ。


「それは……サーリの力を目当てにして、という事かの?」


 じいちゃんが何故か銀髪さんに対して聞いてる。


「どうやら、神の声を聞けるというのが、一番だったようだ」

「ふむ……うむ? はて、お主、神の声を直接聞いたかの?」

「えーと、あそこの土地神様に関しては、何か聞こえた」


 あのごめんねごめんねーとかって、そうだよね?


『そうです。神剣に力を入れる際に媒介となった為、縁が出来たのかと』


 何ですとー!?


「とうとう、神の言葉を直接聞くようになってしもうたか……」

「いや、あそこの土地神様だけだからね? なんか、神剣の媒介になったらしくて、縁……繋がりが出来たんだって」

「ほう。繋がりとな」

「こことは距離があるから、そうそう向こうの声を聞く事もないと思うんだ」


 とりあえず、あの国にはもう行かないと思う。バイルーの苗ももらってきたから、手元で栽培出来るしね。


『あの苗は、旧ジテガン領でもらった果樹園に一部、預けてみましょう』


 おお、その手があった。んじゃ、明日は旧ジテガン領巡りかな。今日はもう遅いので、皆自分の家に帰ってお休みなさいだ。




 翌日の朝食時、ジジ様達にもご報告。


「そう、ではリーユはあちらに合流しているのね」

「はい。戻りたくなったら、連絡をもらう事になってます」

「戻るって……ここに? それともダガードに?」


 あれ? どっちだろう?


「リーユ夫人も、すぐこちらに戻りたくなるかもしれませんね」

「そうですわね。私共など、もうここから離れたら生きていけそうにありません」

「本当に」


 いやいやいや、侍女様方、それは危険。でも、ここは住みやすいからねえ。食事も普通に出るし、温泉は入り放題。


 水回りは綺麗だし、下水処理はきちんと組み込んでいるから嫌な臭いもしないし。


 リーユ夫人も、羽を伸ばしてたもんなあ。


「その事なのだけどね、サーリ」

「はい、何でしょう、ジジ様」

「私達、このままここに住みたいのだけど、だめかしら?」


 ええええええええ!?

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