第495話 有名

 誰も動けず何も言えない空間で、いち早く復活したのはやっぱり領主様だった。


「神はお怒りだ!」


 領主様の言葉に、大広間の誰もが視線を向ける。


「カファプート王子は、たった今神の怒りに触れたのだ! それはすなわち、神のご意志はユヤー王子にあるという事! さあ! 神剣を!」


 おっと、そういう事か。私は神剣を持ち直して、イケメン王子に捧げる。王子の方が背が高いから、良い感じに見えるんじゃないかな。


「……神のご意志に、従います」


 そう宣言したイケメン王子は、私の手から神剣を取った。その姿に、歓声を上げて拍手をする人達。


 対照的に、ダメ王子を担いでいたおっちゃん達は、がっくりと膝を突いている。


 おっちゃん達、神様が本当にいるとか、信じてなかったでしょ。だから神剣をコロドン卿の屋敷から盗ませても、平気だったんだ。


 盗んだの、偽物だったけどさ。しかも、領主様の指示でわざと盗ませたし。


 ともかく、神剣渡してイケメン王子が次の王様に決まって、めでたしめでたし。


『土地神も喜んでいて、約束の神剣をくれるそうです。名付けはどうしますか?』


 はい? いや、約束の神剣はもうイケメン王子の手に……って! いきなり目の前が光ったかと思ったら、光の中から剣が現れた!


 手に取りますか? 無視しますか? 無視していいですか!?


『土地神が悲しみますよ。悲しみは災害となってこの国に――』


 わー! もらいますもらいます! だから災害起こさないでえええええ!


 浮いてる神剣を、手に取る。鞘もない、抜き身のまんま。川底から拾ったのとは、形が違うね。こっちは刃の部分まで装飾の彫刻が入ってるわ。


 これ、どうするの?


『土地神からの贈り物ですから、神子の好きなように。鞘も好きに作ってね、との事です』


 本当、ノリは軽いのな。でも神様だから、怖いんだよね。つかこれ、私自身へのプレゼントですか? 剣をもらってもなあ……


 そして、またしても名付けか……もう、向こうの世界で有名な剣の名前、付けちゃおうか。


 手に取った神剣を眺めつつ悩んでいたら、イケメン王子に声をかけられた。


「そ、その剣は?」

「ああ、何でも、土地神様がくださったもののようです。鞘は好きに作っていいそうで」

「か、神の声を聞いたと!?」


 あれ、凄い驚いてる。あ、そっか。普通は神様の言葉なんて、直接知る事はないのか。


 私だって、検索先生経由だもんね。そして領主様達の方を見たら、渋ーい顔をしてました。


 はい、これはやらかしましたね。でも、いきなり神剣をくれちゃった土地神様のやらかしでもあると思うんだ。


 上の方から「ごめーん」って声が聞こえた気がするけど、多分気のせいなんだろうなー。




 二本目の神剣は、私が鞘を作って、モルソニアで一番権威がある神殿に奉納する事が決まった。


 ちなみに、名前は「有名」。無名と対になるって事で、向こうが「無し」ならこっちは「有り」で。


 領主様達に披露したら、やっぱり「ユウメイ」とカタカナ表記で出たよ。そして意味を話したら、溜息を吐かれたんですがどういう事!? まったくもう。


 そういえば、神殿に対する神罰、申請しておいたけど、どうなってたっけ。


『無事申請が通り、神罰は執行されました。心の醜いものは、神殿に足を踏み入れる事すら出来ないでしょう。今回の神剣が奉納される事で、その力が強化されました』


 具体的には、有効期限が三百年程から三千年まで引き延ばされたらしい。神剣パワーぱねえっす。


 もらったものをくれた人を祀る神殿に奉納するってどうなのよ? と言われそうだけど、持っていても使い道がないからなー。


 とりあえず、現世の人達の為に、奉納って形でいいか検索先生を通して土地神様に聞いたら、問題ないって。


 この国の子達の事を考えてくれてありがとちゃん! だってさ。そろそろこのノリにも慣れてきたよ。


 神剣に未練がある男子二人の視線が鬱陶しいけど、無視しておく。剣が欲しくば自力で手に入れるがよい。私は作らないけど。


 奉納は、イケメン王子主導でやってもらった。儀式に出てくれって言われたけど、断ってる。


 こういうのは、この国に関わる人だけでやるべきだからね。私は通りすがりに過ぎないんだから。


 大分粘られたけど、笑顔で「遠慮申し上げます」と言い切った。これ以上面倒な事はごめんです。


 一連の騒動が収まって、ダガードとの条約その他も問題なく締結した。残るはコロドン卿からの報酬である。


 そう! 王家にしか卸さないっていう、幻のフルーツ! その名はバイルー!


 今日は、コロドン卿のお屋敷でバイルーを試食させてもらうのだ。とても楽しみ。


 それはいいんだけど、何故ここにいるのかな? イケメン王子は。しかも、何故かこっちをガン見してるし。


「お待たせいたしました。こちらが我が領自慢のバイルーでございます」


 満面の笑みを浮かべたコロドン卿が部屋に入ってきた。後ろには、大皿を捧げ持つ侍女さん達。


 ここはコロドン卿のお屋敷の、私達が滞在させてもらってる離れの食堂兼居間。今日は人数が多いので、中央の長テーブルについている。


 そのテーブルの上に、大皿が順番に置かれていった。大皿の上には、小玉スイカくらいの大きさがある実。これが、バイルー。


「どうぞ」


 スイカみたいに切り分けられた実が、一人一つずつ皿に分けられる。食べやすいように、一口くらいに全部切ってあるんだ。皮からも切り離されてるね。


 和菓子食べる時の黒文字箸のようなものがついていて、それで食べる。


「おいしいいいい」


 食感はシャクシャクしてるけど、味は葡萄。濃いめの味の葡萄だわ。とても甘くておいしい。


 これは、定期的に欲しくなる味。なんとか、温室で栽培出来ないものか。


『苗木を入手出来れば、あるいは』


 よっしゃー! 絶対手に入れるぞ苗木ー!


 って訳で、コロドン卿と交渉。私一人だと逃げられそうだから、領主様に同席をお願いしてみた。


「構わないよ。この国でもあれこれ頑張ってもらったからね」


 ふっふっふ、こういうギブアンドテイクが出来るのも、領主様のありがたいところ。


 という訳で、コロドン卿との交渉は全部お任せしてみた。


「バイルーの苗木を……ですか?」

「ええ、数は望みません。一つ二つ用立ててもらえれば」

「ですが……あれは我が領の特産品でして。しかも、神に関連する果実なのですよ。おいそれと人には渡せないのです」

「重々承知しておりますとも。彼女が個人的に栽培したいというだけでして、決して流通に乗せるような事はいたしません」

「それに、バイルーは栽培が大変難しい種でして……」

「それも心配には及びません。栽培に失敗したとしても、コロドン卿に責任を負わせる事など、いたしませんよ」

「ですが……」

「コロドン卿、彼女は失われた神剣を見つけ出し、補修し、ユヤー殿下が王位に就かれるお手伝いをしたではないですか。しかも、新しい神剣まで神から与えられたのですよ? 正直、苗木の一つや二つ、可愛いおねだりだとは思いませんか?」

「う……」


 領主様、さすがです。最後にはコロドン卿も押し負けて、苗木をくれる事になりました。ありがとー。


 コロドン卿としては、お金で解決出来ればその方がありがたかったんだろうなー。


 自領の特産品であり、神様に繋がる果実でもあるバイルーの苗木だもんね。でも大丈夫! 土地神様なら許してくれる!


『神子がバイルーを気に入った事を、喜んでいるようです』


 ありがとう、土地神様。バイルー、すっごくおいしい!




 これでこの国でやるべき事は全部終わった。領主様達は、まだこの先航海を続けるのかな?


「そうだねえ。一度サーリに積み荷をダガードに運んでもらったから、まだ行けるんだよねえ。私としても、行けるところまで行ってみたい思いもあるし」


 戻ったら、また王宮でお仕事三昧だもんなあ。私の方は、念願のバニラにカカオ、メープルが手に入って、しかもバイルーなんておいしいフルーツも手に入った。そろそろ戻ってもいいんだけど。


 ジジ様達が、どう言うかね?


 領主様と相談していたら、何故かイケメン王子がやってきた。王位を継ぐ準備で忙しいんじゃないのかね?


 背後でコロドン卿があわあわしてるよ。


「これはユヤー王子、何かご用ですかな?」

「ああ、そちらの娘に用がある」


 娘とな。いや、確かに女ですが。一応これでも成人しているので、女性と言っていただきたい。


 イケメン王子の言葉を聞いた途端、領主様が私を背中にかばった。おや?


「はて、彼女に何か?」


 そっと寄ってきた銀髪さん達が、さらに私と領主様の間に立って、イケメン王子からガードしている。


「直接本人と話したい」

「ははは、それはご勘弁を。何せ、庶民の娘ですから行儀が足りていません。神剣はお渡ししたのですから、彼女の役目は終わりましたよ」

「その娘は神の声を聞けるのだろう!? なら、このままこの国に残ってもらい私の妃とする!」

「え、やだ」


 おっと、口から本音が出ちゃったよ。イケメン王子、まさか断られるとは思わなかったようで、驚きで目も口も丸いよ。


 領主様達も、ちょっとびっくりしているみたい。いやあ、つい言っちゃったよ。


 だってさ、結婚してください、じゃなくて妃にする、だよ? 何勝手に断言してるんだって話。こっちの意思、丸無視じゃん。


 だから、開き直って言っちゃっていいかな。いいよね。


「何で私があなたと結婚しなきゃいけないんですか? 私はバイルーの苗がもらえたら、速効この国からは出て行きますよ。他においしいフルーツもなさそうだし、温泉もないし」


 まあ、温泉あっても残らないけど。山を購入して終わりだな。


 私の言葉に、銀髪さんが振り返る。


「ないのか?」

「ないそうです。山はあるんですけどねえ、残念」

「そうか、確かに残念だな」


 ええ、全く。とはいえ、旧ジテガンにたくさんあるからなー。


『温泉はいくつあってもいいんです!』


 はい、そうですね。つか、温泉別荘がいつの間にか街になってるし。ミンゲントのは、最初から街風にしてもらってるけど。


 ショックで固まっていたイケメン王子が、復活した。


「だ、だが、未来の王妃だぞ!? 何でも望みは叶うのだぞ!?」

「何でも?」


 あ、ダメだこの王子。人の望みも知らないで、何でも叶うとか言う? 普通。


 王族だったら、言うんだろうな。


「無理だよ」

「何?」

「あなたに私の望みを叶える事は、出来ない」


 神様だって、一回こっきりの奇跡でしか戻せないのに、何でたかが王族なだけの王子が、異世界に渡れるっていうのよ。


 バカも休み休み言え。いや、本当に休みながら言われても困るけど。


 神様に言われて、でも掴めなかった望み。帰りたい。でも、帰りたくない。


 大事なものや人が多くなりすぎて、もう日本に帰りたいのかそうでないのか、わからなくなってる。


 なのに、何でも望みは叶う?


「ふざけんな」


 あー、気分がやさぐれる。領主様や銀髪さん、剣持ちさんがこっちを見る目が、ちょっとびっくりしてるのが笑えるね。


「な……何故だ? 王妃になれるのだぞ? どんな女でも、望む地位ではないか!」

「こいつに限っては、望まんよ」

「何?」


 銀髪さんとイケメン改め残念王子が向き合う。これから王になる人と、以前王だった人。


「王妃になって、何を望むというんだ? ドレスか? 宝石か? 金銀財宝か? どれもこいつは欲しがらんよ。ドレスはきついと文句を言うし、宝石は重いと嫌うし、金銀財宝も自ら稼ぎ出すさ」


 うん、そうね。最近じゃあ、お金の使いどころに悩むくらいだわ。砦にいると、基本あまり使わないしなー。温泉にいても、同じか。


 魔獣を狩ってくればお肉はあるし、畑で野菜も作ってる。ミルクや卵を買うくらい? フルーツも届くようになったし、バターやチーズ、生クリームは領主様からの報酬でもらうし。


 あれ? 本当に何にお金使ってるんだ? 私。


「だが!」

「諦めろ」

「……何故、貴様が言う? 娘本人はどう思っているか――」

「さっき嫌だと言っただろうが」

「ぐ……」


 グズグズとうるさいなあもう。最後の切り札、切っちゃうぞ。


「ごたごた抜かしてっと、あんたにも神罰落とすぞゴルァアアア!」

「ひいい!」


 イケメン台無しな顔で、残念王子は走り去っていった。あまりの事に全員でぽかんと見送っちゃったよ。


 銀髪さんが一言。


「お前……あれはないだろう」

「えー? だってうざいんだもん」

「気持ちはわかる……俺も気を付けよう」


 でしょー? 最後の方、小声で呟いていたの、何だったのかな。よく聞こえなかったんだけど。


 本人に確認したら「何でもない」って言うし。気になるー。


 そういえば、コロドン卿が推す王子、貶しちゃった。ごめんなさい。なのに、コロドン卿はその場に膝を突いて頭を垂れる。


「……ユヤー王子が、大変な無礼を働き、真に申し訳ない」


 いや、失礼な事を言ったのはこっちだと思う。あれ、普通なら不敬罪か何かで極刑だよねえ。


 いや、一応土地神様が守ってくださるだろうけど。


 領主様も心得たもので、すぐにコロドン卿の手を取った。


「顔を上げてください、コロドン卿。あなたが悪い訳ではない」

「いいえ、後見を務める私の責任でもあります。あの方は焦っておられる。神剣を手に入れ、次代の王と認められても、まだ足りないのです。だから、神の声を聞くその方を欲した。ひとえに、あの方の弱さから来るものです」


 もうちっと肝が据わってるかと思ったのになー。土地神様、あんなの選んじゃったけど、ごめんなさい。




 大丈夫よー。うまい事導くからー。こっちこそ、うちの子達がごめんねごめんねー。




 ……検索先生、今のって。


『土地神からの言葉ですね。神剣を奉納した影響でしょうか』


 うん、まあ、いっか。

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