第494話 末路

 屋敷全体の警護として、結界ではなく護くん達を大量に放った。一応、神剣が置かれている部屋にも。


 といっても、置いてあるのは偽物で、本物は亜空間収納の中だけど。


「偽物の偽物とはこれ如何に」


 頭がこんがらがりそう。まあいいや。侵入者がいれば、護くんが全部捕縛してくれるし、内部犯も以下同文。


 いや、なんとなくヤバげなのがいるのよ。何でわかるのかと言えば、例によって例のごとく、検索先生からの報告です。


『敵側から送り込まれたスパイがいます。侍女と男性使用人に複数。神剣の話は、敵側に漏れたと思っていいでしょう』


 何年も前から仕込まれていたら、さすがに家主も気づけないよね。こういう貴族のお屋敷で働く人って、口コミというか、知り合いの知り合いという伝手を頼る事が多いらしく、本来紹介されるはずの人と途中ですり替わったんだって。


 ……すり替わった当人は、今頃どうしてるんでしょうか?


『聞かない方が身の為です』


 そうします……




 翌朝、誰かの悲鳴で目が覚めた。


「し、神剣が! 神剣がありません!!」


 うん、予想通りです。でも、コロドン卿は真っ青だし、領主様も焦った様子を演じている。


 演じてるだけ。全ては領主様が考えたシナリオだからね。神剣を、わざと敵側に盗ませるのは。


 もちろん、盗まれたのは偽物。私がちゃちゃっとつくった、それっぽく見えるだけの品。


 デザインも大分違うので、神殿で見た事がある人が見れば、多分気づくはず。何せ見た目が、昔ゲームで見た聖剣そのままだから。


 しかも、鞘に入ってるように見せかけてるだけで、実は本体ありません。柄の部分がそのまま鞘にくっついちゃってるので、抜けないんだ。


 偽物だから、この程度でいいでしょって事で、手を抜きました。神剣を抜く事があるかどうかは知らないけどな。


 あ、うちの方の神剣は、あの二人がキャッキャと抜いてたっけ。……まーいっかー。


「ど、どどどどどどうしましょう。きょ、今日はユヤー王子に神剣をお渡しするはずだったのに」

「落ち着いてください、コロドン卿。盗んだ連中はわかっているのですから、王宮で問い詰めましょう」

「で、ですが……」

「大丈夫です。策があります」

「ほ、本当ですか? ジンド卿」


 そりゃありますよねー。敵にわざと偽物を盗ませたのは、領主様なんだから。


 二人のやり取りを遠目に見つつ、銀髪さんが呟く。


「ジンドの奴、楽しそうだな」


 同感ですよ。


「相変わらずお腹真っ黒ですよねー」

「だな」


 あなたもたまに黒くなりますけど。さすがに本人の前では言わないけどねー。




 その後、全員で支度をして王宮へ行く事に。私は何だかずるずるとした衣装を着せられたんですが、これは?


「この国の神官が着る衣装に似せて作ってあるそうだよ」


 領主様がにこやかに答える。これも、策の一つってとこですかね? 目深にフードをかぶるので、顔が見えないのはありがたいけど。


 衣装を着た私は、腕に神剣無名を抱えている。布で包んでいるので、中身は見えないけど。


 コロドン卿が気にしていたけど、領主様がうまく言いくるめたらしい。そういうの、本当うまいよね。


 到着した王宮は、何やらざわついている。


「おやおや、落ち着きのない事だ」


 のんびり言う領主様の隣で、コロドン卿が額の汗を拭きつつあちこちキョロキョロしていた。こっちも落ち着きないね。


 しょうがないか。折角手に入れた神剣が盗まれた……と思ってるんだから。


 領主様、いつネタばらしするんだろう?


 通されたのは、大きな空間の部屋。大広間とかかな? 柱がないから、どうやって天井を支えているのやら。


 通されてすぐ、イケメン王子がやってきた。


「コロドン卿! よく来てくれた」


 満面の笑み。対するコロドン卿の顔は、青を通り越して白いよ。あわあわしてうまくしゃべれない。


「ご機嫌うるわしく、ユヤー王子。本日は、失われし神剣をお渡しに参りました」


 代わって挨拶した領主様に、コロドン卿がもの凄く驚いている。驚き過ぎて、声が出ないみたい。


 コロドン卿の様子に気づかないイケメン王子は、芝居のように大げさな反応を見せた。


「おお! 神剣が神殿から失われていたとは! そして、それをコロドン卿が見つけてくれたとは! 国を護りし神も、きっとお喜びだろう!」


 確かに土地神様は喜んでいたね。神様の前に神剣としてずっと捧げられつづけていた剣だからか、愛着があるのかも。


 瘴気の影響で力が思うように使えなかったっていうから、本当だったらもっと早く本物にしてたんじゃないかなー。


 そう考えると、土地神様も邪神の犠牲者か。完全浄化して、消し飛ばしておいて本当良かったよ。


「では、こちらをお納めください」


 おっと、領主様とイケメン王子のお芝居は終わったらしい。これで神剣を渡しちゃえば、私の役目も終わりだ。


 と思っていたのに、広間に邪魔者がやってきた。


「おいおいおい、こんな日にこんなところで、一体何をやっているんだ? 卑しい者が」


 見るからにダメダメな男と、彼の後ろに付き従う、これまた性格悪いのが顔に出ているおっちゃん達。


 あれが、ダメ王子かな?


「カファプート王子! お言葉が過ぎますぞ!」


 お、復活したコロドン卿が、ダメ王子を窘めた。でも、ダメ王子は聞く耳を持たない!


「ああん? たかが末端の貴族の癖に、王子である俺にそんな口を利いていいのかあ? ああ?」


 いや、どこのヤンキーだよ。王族の品位も何もあったもんじゃない。いやー、フードを目深にかぶっていて良かったー。


 でなかったら、きっと残念なものを見る目で見ちゃってたと思う。


「そういやユヤー、王位を継ぐのは俺に決まったぜえ?」

「何だと?」

「これが証拠の神剣だ! はっはっは! 天の神も俺こそが正しい次代の王だと認めたんだよ!」

「ぶふ!」


 そう言ってダメ王子が見せてきたのは、私が作ったなんちゃって偽物神剣だ。思わず噴いちゃった。


 あれ、抜いて確かめなかったのかね? 抜けないのになー。


「おいそこの! てめえ、今笑いやがったな?」


 おっといけない。噴いたところを見られた。いやだって。あんなに堂々と偽物を見せびらかすんだもん。


「やめろ、カファプート」

「うるせえ! てめえみたいな下賤な奴、この剣の錆にしてやらあ! ……って、あれ? うん? うおおお!」


 ダメ王子、偽物神剣を鞘から抜こうとして、抜けません。そりゃそうだ。鞘に直接柄が付いてるだけだもん。本体、ないからね。


 ダメ王子の背後のおっちゃん達も、顔色が悪くなってきてる。そこに、領主様がダメ押しとばかりに声をかける。


「おやおや、どうかなさいましたかカファプート王子」

「う、うるせえ! 大体、てめえは誰だよ! 何でこの場にいるんだ!!」

「おお、これは申し遅れました。私、ここよりずっと西にあるダガード王国より参りました、コーキアン辺境伯ジンドと申します。どうぞお見知りおきを」

「そんな国、聞いた事ねえぞ! 大体、国外の奴がどうして今日、この場にいるんだ!」

「本日、こちらにいらっしゃるユヤー王子に、神剣が渡されますので、その見届けに参った次第です」


 領主様の言葉に、ダメ王子がゲラゲラと笑い出した。


「はっはっは、この卑しい奴に神剣が渡るだと!? バカも休み休み言え! 神剣は、今、俺がこの手にしてるじゃねえか!」

「はて、その神剣とやらは、鞘から抜けないようですが……この国の神剣とは、そういうものなのですかな?」

「な、何だと!?」

「おお! もしや、その鞘こそが神剣だと? しまった、これは私の不勉強でした。この国では、鞘を神剣と呼ぶのですね」


 領主様の言葉に、ダメ王子は顔を真っ赤にしている。いつから来たのか、広間のあちらこちらに人がいて、彼等はこちらを見てくすくすと笑っていた。


「う、うるさい! そんなに言うのなら、てめえらが持ってきたっていう神剣を見せてみやがれ! 出来ねえとは言わせねえぞ」

「もちろんですとも。さあ、こちらに」

「あ、はい」


 領主様に促されて、前に出る。いつの間にか、銀髪さんと剣持ちさんの後ろにいたよ。


 イケメン王子と対面し、布で包んでいた神剣を取り出す。あー、ぐるぐる巻きにしたから、外すのがめんどい。


 何とか中身を取り出した。えー、これをはいって渡しちゃだめなんだろうな。


『両手で捧げ持ってください』


 あ、こんな感じ? って、うお! 神剣が、びかーっと光ったよ?


「な!」

「あれは!」


 ダメ王子側からも、何やら声が上がっております。いや、ここまで過剰演出になるとは、私も思わなかったよ。


『土地神からのサービスです』


 土地神様、本当にノリ軽いな! いや、今回はそれがいい方向に行ったんだろうけど。


 光る神剣は、インパクト大だったようですよ。では、これをイケメン王子に……


「それを俺によこせえええええ!」


 って、ダメ王子が突っ込んできたああああ! と思ったら、目の前に激しい光ともの凄い音が。


「うひい!」


 音で空気がビリビリと振動したくらい。思わず悲鳴を上げて目を瞑っちゃったよ。


 何があったの?


『土地神からの、神罰の落雷です。資格なく神剣に触れようとしたせいでしょう』


 土地神様、怖い。ノリ軽いだけじゃないんだね。さすがは神様。


 ダメ王子は、土地神様が落とした落雷で消えた。床は焦げているんだけど、死体はどこにもない。


 あまりの事に、大広間にいる誰もが何も言えないでいる。


 私も、何も言えない。改めて、神様の力って、怖いんだ。

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