第492話 無名

 フルーツを報酬にもらえる事が確定したので、安心して神剣拾いに来てます。


 あの顔合わせの後、すぐに一人で飛んできた。何か後ろであれこれ言ってる声が聞こえたけど、気にしない。ほうきでひとっ飛びさー。


 来てみたら、連峰は絶景の宝庫だった。


「おおー。凄い滝ー。あ、あっちには湖もあるー。今度ゆっくり見に来たいなあ」


 日本にいた頃は、テレビで見るしか出来なかったような景色が目の前に。


 ほうきの下に広がる森は、紅葉するのかねえ。するのなら、季節になったら見に来たいなあ。


『紅葉する木はないようです。常緑樹が中心ですね』


 残念。まあ、モルソニアも暑い国みたいだし、仕方ないか。


 似非神剣が落とされたのは、連峰の東よりの谷だという。検索先生がマップにおおよその位置を示してくれたから、少しは手間が省けてる。


 詳細な場所は、わかりそうですか?


『今川底を探査しています……見つけました。現在地から、川下へ三百メートル下ってください』


 結構流されてたんだね。


『盗まれたのが今から二十年以上前の事ですから』


 二十年、川底にあったの!? さすがに、油紙もダメになってるんじゃ……


『一応、無事のようです。ただ、これまでの管理が悪く、思っていた以上に損傷が激しいですね』


 ダメじゃん。いやまあ、一応拾うけどさ。


 蛇行する川に沿って下っていき、この辺りだ、というところでとーるくんを投入。


 鉄の反応があるものを片っ端から引き上げてもらう。神剣以外にも、鉄製品って落ちてるものなんだ……


『馬車が荷物ごと落ちて、硬貨がそのまま川底に埋もれています』


 おっと、それは引き上げないと。とーるくんへの指示を、鉄から金属に変更。一部でも金属を使っていたら、引き上げてもらおう。


 結果、神剣一本、宝剣六本、金貨銀貨たくさん、貴金属類たくさん。神剣はまだしも、他はなんで川底に?


『この川に沿って、山越えの道があるようです。そこから落ちたものでしょう』


 えー、それは正当な持ち主が、って事? それとも……


『両方ではないかと』


 ……どのみち、もう持ち主は生きていないようなので、もらっちゃえ。あのまま川底にあったら、そのまま朽ち果ててたかもしれないものだし。


 神剣は、色々なものでぐるぐる巻きにされていた。長さは百四十センチくらい? もうちょっと?


『百五十五センチと少しです』


 結構長いね。それをさらにあれこれで包んでいるので、大分デカく感じる。


 川底で藻とかが表面に繁殖しているので、ちょっと素手では触りたくない。魔法でこう、くるくるっと剥いちゃえ。


 一番外側を皮で、内側を油紙で何重にも包み、さらに本体は綿で包んであった。

 綿を取ると……


「あー、こりゃ、大分痛んでるね」


 錆びてあちこちかけてたり、色が変わってる。元は細かい装飾が施された、綺麗な剣だったろうに。


 これ、修復出来るかな? しちゃまずいかね?


『……土地神と交信しました。直してくれたら嬉しいし、力入れるよー、だそうです』


 だから、どうしてここの土地神はそう軽いのよ。つか、力入れるって、何?


『おそらく、本物の神剣にするという事かと』


 偽物が本物になるなんて、嘘から出た誠とはこの事? まあいいや、とりあえず修復修復。


 錆を落として欠けた部分を元に戻して、色味なんかも元に戻るようえいや! と魔力を入れる。


「おー、綺麗にな……おお!?」


 何か、いきなりキラッキラの光が落ちてきて剣に触れたと思ったら、眩しいくらいに剣が光った。光が収まっても、剣自体がキラキラしてるよ。


 検索先生、これって神剣になったって事?


『そのようです。神剣「」と出ています。固有名詞を与えられるようですが、どうしますか?』


 どうしますかって言われても……いい名前なんていきなり思い浮かばないし。


 はっきり言って、私のネーミングセンスは地を這っている。だから、ここで名付けを、と言われてもなあ。


 うーん……よし。


「なら、無名で」

『了解しました。土地神もそれでいいそうです』


 マジで!? 本当にいいの!?


『改めて、神剣「ムメイ」、所有者は神子です』


 あ、カタカナ表記だと、なんかそれっぽい? って、何で私が所有者!?


『拾われたものは、拾った者の所有物になるからです』


 こっちには交番とかないしな……所有者は、変えられるんでしょうか?


『神子から譲渡という形を取れば、変えられます』


 譲渡って事は、「これあげる」で渡しちゃえばいいのか。よし、ならあの王子にあげちゃえ。




 拾えるものは全部拾ったので、コロドン卿のお屋敷に帰る。滞在中は、離れの一つを貸してもらえる事になっているから、そっちに下りた。


 この離れ、大きな居間兼食堂を中心に、小さい部屋がいくつかある造り。小さいって言っても、一部屋二十畳以上ありそうな部屋だけど。


 その離れに、領主様夫妻と銀髪さん、剣持ちさん、それと私がいる。


 最初、領主様夫妻だけでも別の離れに、とコロドン卿が言っていたんだけど、領主様本人が断っちゃった。


 まあ、公にしていないだけで、銀髪さんがいるからねえ。退位したとはいえ、王族なのは変わらないし。


 その銀髪さん、離れに戻って居間に行ったら腕組んで仁王立ちしてた。


「えーと、ただいま?」

「どうして一人で行った?」

「楽だから」


 本音で答えたら、深ーい溜息を吐かれちゃったよ。何でさ。


「お前は、もう少し自分の立場を自覚しろ!」


 えー? 立場って言われてもさ。


「それ言ったら、銀髪さんはどうなのよ?」

「お、俺はいいんだ!」

「ずるい! 私よりも、王族の方がよっぽど立場考えるべきじゃない!」


 私は役目を終えた神子だもん。それに、自分の身は自分で守れるし。私に傷を付けられる相手って、人間にはいないんじゃないかな。


 ドラゴンは……島ドラゴンは襲撃してこないだろうし、金ぴかドラゴンには勝ったし。下位ドラゴンは敵にならない。


「山行って谷で剣拾ってくる、簡単なお仕事だもん。一人で十分ですう」

「誰かに襲われたらどうする気だ!」

「襲い返してやりますう。てか、襲撃してくるんなら、片っ端から捕まえてやんよ!」


 よし、銀髪さんも何も言えないな。勝った! と思ってたら、領主様に笑われた。


「サーリ、カイド様は君の事を心配したんだよ」

「心配されるような事、してませんよ?」

「一人で山に行っただろう? 置いて行かれて寂しかったんだよ」


 そうか。寂しかったのか。銀髪さん本人は「ジンド!!」と怒鳴ってるけど。


 そっかー、寂しかったのかー。んふふー。


「大丈夫ですよ、銀髪さん。ジジ様に会いたかったら、すぐに送ってあげますから」

「おい、何でそこでお婆さまの名前が出てくる」

「わかってますわかってます」

「いや、わかってないだろう。おい! 話を聞け!」


 大丈夫大丈夫わかってますって。オトコノコは甘えるの下手だって言うもんねー。


 領主様がお腹抱えて笑ってるけど、気にしない。




 銀髪さんと領主様が落ち着いたので、拾ってきた神剣の話を。居間兼食堂にある大きな長テーブルではなく、端にある丸いテーブルを四人で囲む。


 銀髪さんと領主様、それに剣持ちさん、私。いつの間にいたの? 剣持ちさん。あ、最初からですかそうですか。


「という訳で、川から無事に拾ってきたのはいいんですが、偽物が本物になっちゃいました」

「はあ!?」


 これには銀髪さんも領主様も、ついでに剣持ちさんも驚いてる。あ、リーユ夫人はコロドン卿の奥様と一緒に、お茶の時間だそうです。


「これが、拾ってきた神剣ムメイです」


 テーブルの上に出した神剣を、三人は食い入るように見ている。領主様は、私が口にした神剣の名前が気になったみたい。


「ムメイ? それは?」

「神剣の名前です。何だか、本物になった途端名前を付けろと言われたので」

「お前が付けたのか?」


 銀髪さん、何故そんなこの世の終わりみたいな顔をしてるんですか? 失礼だな。


「ムメイ、というのは、どういう意味があるんだい?」

「無名……名無しという事ですね」

「名無し……」

「神剣の名前なのに……」


 銀髪さんだけでなく、剣持ちさんまでがっくり肩を落としているのは何でさ。本当、あんたらは失礼だな!


「まあ二人とも。おかしな名を付けられるよりはましだと思いましょう」


 ちょっと領主様!? 酷くない!?


「それで、これが本物の神剣になったというのは?」


 流された。


「川の底に長らく放置されていたせいか、錆び付いてて酷い状態だったんです。で、その場で修復したら、ここの土地神様が喜んでくれて。その場で神の力を入れてくれたんですよ」

「それで、本物の神剣に……サーリ、これはとても凄い事なんだよ」


 そうですよねえ。まさか偽物が本物になるなんて……え? 違うの?


「今までは王権の象徴でしかなかった剣が、本当に神の力を宿した神剣になったのだから。奇跡を目の当たりしている気分だ……いや、奇跡そのものか」


 領主様が頭を抱えちゃった。いやあ、奇跡云々言われても。何かあの土地神様、ノリが軽くてな。神々しさを感じないんだわ。


 親しみやすいって点では、いいんだけどね。


 まだ頭を抱える領主様を余所に、銀髪さんが聞いてきた。


「それで、この神剣はどうするんだ? このまま、神殿に戻すのか?」

「まさか。コロドン卿が推す王子様にあげますよ」


 今の所有者、私になっちゃってるからね。はやいとこ、あの王子様に渡して身軽になりたい。


「神殿に戻しても、また盗まれそうな気がするし。戻すのなら、神罰執行が終わってからですね!」

「神罰?」


 あ。やべ。口が滑った。


「どういう事かね? 神殿に、神罰が下るというのかい?」

「え? いやー、下るというか、何と言うか」


 復活した領主様に詰め寄られ、神罰申請のシステムを話す羽目になりましたとさ。

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