第491話 その頃の神剣(似非)

 コロドン卿のお屋敷で一夜を明かした翌日。お屋敷にとんでもなお客人が来る事になった。


 私に。何故?


「えー? 何でまたそんな事にー」


 来るのは、王位継承争いをしている最中の、第二王子ユヤー殿下。コロドン卿が夕べ私達の事を手紙で書き送ったら、早朝に先触れが来たんだとか。


 フットワーク軽いな、王子様。


「一応、顔合わせという事で、我慢してもらえないかな? その代わり、報酬におまけを付けるよ」


 気が乗らない私に、領主様が懐柔策を持ち出しましたよ。


「おまけとは?」

「実は、ゴーバル地方で牛型の魔獣も飼育し始めてね」

「え?」

「そのミルクと生クリーム、牛型魔獣のミルクから作ったバターとチーズでは、どうかな? 今までのものより、癖がなくてあっさりしているそうだよ」

「了解しました!」


 本当、領主様は私の扱い方をよく知ってるよねー。ただ働きは時と相手と場合によってはやるけど、毎回期待されたら嫌だし。


 現金も使い切れないくらい持ってるので、こういう普通では入手出来ない食材って、凄い嬉しい。


 その辺り、本当よくわかってらっしゃる。だから領主様の持ってくる仕事って、気持ちよくこなせるんだよねー。




 対面用にと用意されたのは、コロドン卿のお屋敷の離れの一室。コロドン卿の屋敷は、キルテモイアのものと様式が似ていて、平屋造りで横に広がるタイプのもの。


 そのお屋敷でも、表から一番奥まったところにあるのが、この離れ。外の音とかが全く届かない、静かな場所だ。


 王子様っていうから、お供の人をぞろぞろ連れていたらやだなーと思いつつ、待ってる。


 部屋の中には、私と領主様、それに何故か銀髪さんと剣持ちさんもいる。そういや、銀髪さんは元王様だったっけね。お供をぞろぞろ連れてる姿は、見た覚えがないけど。王宮でなら、あったのかな。


「いらっしゃいました」


 コロドン卿が先導して、来客がやってきた。おお、かなり背が高いね。


 部屋に入ってきたユヤー王子は、ちょっと濃いめの顔立ちだけど、十分イケメンの部類だ。


 お母さんがその美貌で王様に見初められた人だから、美形の遺伝子を受け継いでるのかも。


「急な来訪、許せ。モルソニアの第二王子、ユヤーである」

「お初にお目にかかります。魔法士のサーリと申します。庶民故、無作法はお許し頂きたく」

「構わん。ここは公の場でもなし。堅苦しい作法は抜きでいこう」


 助かったー。ずっとあの調子で喋らなきゃいけないのかと思ったよ。


 長椅子の真ん中に私、両脇に領主様と銀髪さん、背後に立つのが剣持ちさん。


 目の前にはユヤー王子と、並んで座るコロドン卿。護衛の姿は見当たらない。王子様、単身で来たのかね?


「失礼ですが、殿下はこちらにはお一人で?」


 領主様もそこが気になったんだ。ユヤー王子は質問の内容に気を悪くする事もなく、笑って答える。


「ここは私にとって実家も同然。王宮からもそう遠くないし、護衛を付けて来た事は一度もないよ。侍従も、付いてこられるのは苦手でね」


 うーむ、これ、言葉通りに取っていいものかね? もしかしたら、王宮内が敵だらけだから、って事もあるかも?


 そんな事を考えていたら、ユヤー王子から今回の訪問の理由が語られた。


「前置きは抜きだ。コロドン卿より、貴公らが私を助けてくれると聞いている。まことか?」


 こういう事に答えるのは、領主様のお仕事だ。


「もちろんです。殿下が王位に就かれるよう、お手伝いさせていただきます」

「見返りは?」

「モルソニアの安定と、我が国との条約締結と交易を」

「大きく出たな」

「殿下が王位に就かれる事は、我が国の利に繋がる故のお手伝い、ですよ」

「なるほど」


 恐ー。もう本当、政治関連のドロドロには関わりたくないですよー。って、今回は関わるけど。


「具体的に、どう手伝ってくれるのかな?」


 ユヤー王子の質問に、領主様が私を見た。私に言えって事ですねわかりたくないいいい。


 でもしょーがない。


「……はっきりは言えませんが、神殿を味方につけられると思います」

「あの神殿をか? どうやって?」


 まさか、神罰執行で強制改心しますーとも言えないしなあ。


「えーと、そこは明かせませんが、その代わり、神剣を手に入れられるかと」

「……正気か? あれは、神殿の切り札だ。隠し場所は、高位の神官のうちでも、数人しか知らないと言われている。それを、手に入れるだと?」


 おおう、ユヤー王子が怒ってる。多分、自分達でも出来なかった事を、余所者が簡単に出来ると言ったのが気に食わないんだろうなー。


『この国の本来の神剣は、既に失われているのですが』


 あ、そうなんだ。でも、自称でしょ? なら、なくなってもそんなに問題じゃないんじゃね?


『一応、王権の象徴なのですけど』


 今回土地神様からもらえる本物の神剣を、新たな王権の象徴にすれば問題ないよ。神罰が下れば、神殿の連中も強制改心になるだろうし。


 申請、通るよね?


『まだ返答は来ていません』


 もうちょっと楽観的な答えがほしかったっす。でもまあ、今は目の前の怒れる王子様対策か。


「うまく説明出来ませんが、この国の神剣は神殿からは既に失われています」

「何だと!?」

「そのような事が……ですが、神殿は何も言っていませんよ?」


 王子様もコロドン卿も驚いてるね。自分の国の大事な宝がなくなってる、って言われたら、普通の反応か。


「サーリ、本当なのかい?」

「間違いありません」


 誰に聞いたとか、どこから仕入れた情報だと言われたら、困るけど。幸い、領主様達は私が神子だって知ってるからね。


 ついこの間も、神剣が自称だって事は教えてあるし。


 ただなー。普通の剣でも、それが神剣として王権の象徴となっている以上、なくしたら大変な事なんだけど。


『神殿の管理がずさんで、盗まれているようですね。その情報を、敵側は入手しています』


 おっと、ここで新情報。検索先生、そういう事はもっと早く教えていただきたい。


『この国に入って、土地神との交渉の末、細かく探査出来るようになりました』


 あれ? ちょっと前に、大陸の全探査、しなかったっけ?


『あれは瘴気に的を絞った探査ですから、その土地の土地神に許可を得ずとも出来るんです。瘴気に関しては神の領分ですから』


 この場合の神様は、土地神様ではなく、私と繋がっている神様の事だね。土地神様が領主、神様が国王のような関係なんだっけ。


 で、今回はその領地内での細かい探査になるから、土地神様の許可がいる、と。その許可を得て、細かく探査した結果、新情報も出てきたよ、という事ですね。


『その通りです。ついでに、神剣の行方もわかりました』


 お、どこにあるんですか? 似非神剣。


『モルソニアの北にそびえる連峰の、東よりの谷底です。どうやら、運搬中に馬車ごと谷に落ちたようです』


 拾いに行かなかったんだ。


『谷底は急流ですから、拾えなかったんでしょう』


 川底にあるの?


『大分下流に流されてはいますが、まだ急流の中ですよ』


 早く拾いにいかないと、錆びるんじゃない?


『油紙に何重にも包まれているので、まだ大丈夫です。回収しに行きますか?』


 一応、拾っておきましょう。それを示せば、今回の騒動は一件落着じゃね?


「とにかく、ちょっと行って神剣拾ってきますので」

「拾う!?」


 ユヤー王子とコロドン卿がハモった。


「あ……えーと、盗まれた後、谷底に落ちたそうです」


 これは別に言ってもいいよね。言った途端、二人とも真っ青になったけど。


「こうしてはおれん! すぐにでも神剣を探しに行かねば!」

「お待ちください王子! 探すと言っても、この国に谷は多うございます。どこを探せばいいのか」

「く! ……そなた、サーリと言ったな。そなたならば探せると?」

「ええ、多分」

「多分!?」


 あ、また二人がハモったよ。


「訂正します。必ず見つけてきますから」

「頼むぞ……」

「私からもお願いしますよ、サーリ殿。我が家の全財産を支払ってもいい」


 おお、コロドン卿、太っ腹だね! ……いや、見た目の事を言ってる訳じゃないですよ? 確かに卿はふくよかな人だけど。


 じゃなくて。


「依頼料でしたら、ぜひコロドン卿の領地で作っているフルーツを!」

「ふ、ふるーつ? とは」

「果物です!」

「おお! バイルーの事ですな! あれは王宮に献上するものですから、味は保証いたしますぞ。特に今年は豊作でして」


 よし! 特産フルーツ確保! これで心置きなく神剣を拾いに行けるよ。

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