第490話 神様にお願い

 モルソニアは割と小さい国らしく、駄々っ子港街を出て北西に向かったら、空飛ぶプレジャーボートで一時間もかからずに王都に着いた。


「近かったですねー」

「空を行くからだと思うわ。地上の道を使ったら、それなりに時間がかかったと思うわよ」


 あー、確かにー。そんなに高くないけど山が伸びてるから、そこを迂回する為に道が曲がりくねってるんだよね。そりゃ時間もかかるわ。


 でも、上を行けば問題なーし。


 マップによれば、王都の端の方にあるのが目的地であるコロドン卿という人の屋敷。庭があるから、そこに下りてくれ、だってさ。


「お。あそこですねー」

「どれ……本当に端だな」

「貴族で、あの位置とは……」


 銀髪さんも剣持ちさんも、余所様のお屋敷の場所にいちゃもんつけるのはやめましょうね。


 リーユ夫人に領主様への連絡を入れてもらい、下で待機してもらう。後は私達が下りればいいだけ。


 ボートはこのまま上空で待機させておく。ここからどうやって庭まで下りるかと言えば、絨毯を使うのだ。


 これ単体でも飛べるから、簡易エレベーターとしても利用可能なんだよね。


「あら、これは便利ね」


 喜ぶリーユ夫人とは対照的に、銀髪さんが渋い顔をしてる。


「お前……ミンゲントでは俺達を落としたよな。あの時も、これを使えば良かったんじゃないのか?」

「えー? 何の事ー?」

「わざとやったな?」


 もう、銀髪さんは細かいなあ。そんな昔の事、さっさと忘れなよ。大体、落としたって怪我一つないようにしてあるのに。


 ボートにも絨毯にもステルスの結界が張ってあるので、下に下りるまでは見えないようになっている。


 いきなり目の前に現れた私達を見て、領主様はにこやかだけど、後ろにいる人達はぎょっとしてた。


「よく来たね」

「無事な顔を見て安心しましたわ」


 リーユ夫人、笑顔だけど何だか圧がある。領主様も笑顔が引きつってるわー。


 詳しい事を話さず、冤罪で捕まる、なんてパフォーマンスを見せたんだから、当然の結果でしょうねー。




 屋敷に招き入れられ、家主のコロドン卿に引き合わされた。


「夫人には、心労をおかけしました。いきなり夫君が捕まって、さぞお心を痛めた事でしょう」

「ありがとうございます、コロドン卿。本日無事な姿を見て、安堵いたしました。無事を確認するまでは、生きた心地もしなかったものですから……」


 ちょっと涙目になりながら言うリーユ夫人に、領主様は心なしか遠い目で、コロドン卿はもらい泣きしそうな様子。


 リーユ夫人、ちゃんとスーラさんで無事を知らせてもらったから、今の今までのほほんと過ごしていたのにねえ。


 とはいえ、コロドン卿にどこまで手の内をさらしていいのかわからないから、夫人のこの態度は正しいんだ、うん。


「まだ詳しい事は話せませんが、我が国の問題に巻き込んでしまい、本当に申し訳ない」

「コロドン卿、その事はもう」

「いいえ、やはり、お言葉に甘えずに我々の力だけで解決するべきだったのです」


 何やら深刻なご様子。そして、何やら領主様がこちらを見てきらーんと瞳を輝かせている。


「何、ここにいるサーリはとても優秀な魔法士でしてね。卿のお悩みを解決してくれる事でしょう」


 あり? 領主様が私の事をコロドン卿に売り込んでるよ? ……これも、裏がありますよねえ!?


「なんと! 魔法士といえば、遠い国にしかいない方々という話ではありませんか! そのような方が……」


 えー……えへ? こっちを拝むようなコロドン卿とは対照的に、リーユ夫人達の笑顔が生ぬるい。い、色々やってますからねえ。


「ですが、他国の方にそこまで助力していただく訳には……」

「なに、我々はこれから末永く付き合う間柄ではありませんか。卿の悩みを解決する事は、きっと我が国の利にもなりましょう」


 コロドン卿が、今、まさに、目の前で領主様にたらしこまれている。すげー。




 この国、モルソニアで起きている、神剣絡みの問題。それは王位継承に関わる割と深刻な話だった。


 現国王は去年から病に倒れ、もう国王の座に復帰するのは難しい状態らしい。


 ここで出てきたのが、次の王が誰になるか、という問題。


 本来なら、立太子された跡継ぎがいるはずなんだけど、その人物、第一王子は三年前に亡くなっているのだとか。


「その人の後に、立太子された王子はいなかったんですか?」

「ええ。今上陛下がどの王子に王位を譲るか、悩まれていまして」


 悩む原因は、次の王位に一番近いとされた王子の性格。残忍で粗野、とても王の器とは言えないそうな。


「とはいえ、第四王子であるカファプート王子の母君ハタシーラ妃は、六人いる妃の中でも特に抜きん出た身分の高さ。本来であれば、カファプート王子が次代の王で決まりなのですが……」


 王様、六人もお妃様がいるんだ……この国、一夫多妻制なんだね。で、その母親の身分がぶっちぎりでいい王子は、性格がダメと。


 実は、六人の王妃からは王子が十五人生まれたそうだけど、生き残っている人数はたったの三人。そのうちの一人が、さっきの性格ダメ王子。


 もう一人は、母親の身分はそこそこなんだけど、生まれついての病弱故、王位に就くのは難しいと言われている人。


 で、最後に母親の身分が一番低く、なんと元は庶民だったというお妃様から生まれたのが、第二王子であるユヤー王子。


 コロドン卿は、ユヤー王子の後見人なんだってさ。


「フキリ妃は裕福な商家の娘だったのです。ですが、さすがに王宮に上がるのにそれでは身分がよろしくない。そこで、我が家に一度養女に入り、王宮入りしたという経緯があります」


 商家のお嬢さんが、どうやって王宮に上がる事になったのかと言えば、お忍びで街に出ていた王様が見初めたそうな。何やってんだ。


 お妃様の養子先になった事で、王宮でもフキリ妃の後見を務め、その流れでユヤー王子の後見も務めているのがコロドン卿。


 この人の家は、地位こそそこそこだけど、かなり古い家柄なんだとか。血筋がいいってやつかね。


 で、このユヤー王子というのがまたよく出来た人で、文武両道、気さくで見た目も良く、国民の人気も高いそうだ。


「その為、モルソニアの王宮は今、荒れに荒れているのです。カファプート王子を担ぐ一派、ユヤー王子を担ぐ一派、それと今上陛下の弟のお子を担ぎ出す一派、さらに今上陛下の叔父の孫を担ぎ出す一派とで、王位を争っている状態なんです」


 なんともまた、面倒臭い状況ですなあ。これ、物理でぶん殴って終わる話じゃなくね?


 コロドン卿のお悩みは、ずばり王位継承問題を解決する事。出来れば、ユヤー王子に王位を継いでもらいたいそうだ。


 そりゃ自分が後見してるんだもんね。それに、話を聞いた限りじゃ、ダメ王子よりもいい国にしてくれそう。


 黙って聞いていた領主様が、首を傾げる。


「しかし、カファプート王子側は、勝手に王位に就く宣言をしてしまう事はないのかね?」

「そこは、我が国の特殊な事情があります。王位に就くには、神殿にて祈りを捧げ、神に認めて頂く必要があるのです。その際、神官から神剣を受け渡され、王宮に持ってこなければなりません。戴冠は王宮で行いますので、その際に必要なのです」


 出た、似非神剣。普段は神殿にあるのかー。


 コロドン卿の返事を聞いた領主様は、何やら考え込んでいる様子。その代わりのように、銀髪さんが呟いた。


「神殿が、二人の王子を天秤にかけているのか」


 嫌そうな声には、何やら色々な感情がこもっているようで。


「神殿は、神剣を押さえているからか、昔から強気なのですよ。今も、カファプート王子側から大量の賄賂を受け取っている事でしょう」


 おー、ここの神殿もなかなか腐敗しておりますのう。これは、神罰申請いけるんじゃね?


『少し時間がかかりますが、申請しますか?』


 あ、出来るんだ。時間がかかるのは、一旦神様を経由してから、ここの土地神様に行くからかね。


 とりあえず、申請します! やっぱり神殿が相手なら、神様にお任せするのが一番でしょ。


『了解しました。モルソニアの神殿組織への、神罰申請を受け付けました。結果が出るまで三日お待ちください』


 本当に時間かかるんですね。神様も大変だ。

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