第488話 スルー……のはずだったのにい
わかんないものは確認しに行こうって事で、領主様から連絡があった翌日、駄々っ子な港街へ向かった。
足は空飛ぶプレジャーボート。一人で行くつもりが、銀髪さんと剣持ちさん、それにリーユ夫人を同行している。
「駄々っ子?」
銀髪さんが首を傾げている。あれ? こっちって駄々っ子とか、言わないのかな。それとも、知らないだけ?
「やだやだって駄々こねる子供の事ですよー」
「どういう名前だ、その港街……」
だって、ヤダヤダ言ってるような名前だったから……
沿岸を行くと時間がかかる場所にも、一直線に進める空を使うと大変早く到着する。しかもこのボート、速度出せるし。
今回は、領主様からの指示で海側からは入らず、山側から入るルート。山側の方が、人目につきにくいんだってさ。
入り口に船団の人がいてくれたおかげで、無事合流出来た。リーユ夫人が、相手の顔を知っていたからねー。
領主様とリーユ夫人は、久しぶりの再会を喜んでいる。
「元気にしていたかい? リーユ」
「ええ、とても。あなた方は、お疲れのようね」
「まあね」
本当にお疲れのようですね。そんな領主様に、リーユ夫人がにっこりと一言。
「あなたも温泉に入れば、きっと疲れなんて吹き飛ぶわよ」
「ほう、そんな凄い温泉があるのかい?」
「ええ。今にも消えてしまいそうな程お疲れだった賢者様が、たった一日で復活なさったんですもの」
「ほう、それは凄い」
……何だろう、このやり取り。深夜の通販ショップの会話みたい。胡散臭い感じも、そのままだ。
あれを素でやってるんだろうからなー。リーユ夫人、恐ろしい人だわ。
この港街では、一番と言われる宿に宿泊している領主様。てっきり王都に行って交渉してるんだと思ってたんだけどな。
「王宮の方がごたついていてね。例の神剣のせいで」
「あー」
「その神剣というのは、どういうものなんだ?」
銀髪さんが食いつく。後ろに立ってる剣持ちさんも、顔が期待に輝いているよ。
あの魔剣は封印してるからねー。いや、渡したら渡したで魔獣相手に無双するのはいいんだけどさ。
あれを人に向けられても、ちょっとやだなと思って。
『神剣とは、この国が崇める神の巫女が、神から受け取ったとされる剣だそうです』
うん? 巫女? 神子じゃなくて?
『神子の世界の言葉では同じ意味ですが、こちらでは少し違います。神子は神の力をそのまま受け取るもの。巫女は神からの託宣を受けるものです』
じゃあ、その託宣を受ける巫女さんが、神剣を神様から受け取ったと?
『自称ですが』
またですか。てか、わかっているのなら先に教えてくださいよ、先生。
『つい先程まで、神に問い合わせをしていました』
それで時間がかかったと? 神様も忙しいだろうから、問い合わせに気づかなかったのかな?
『いえ、神の方で神剣を下賜した事実があるかどうか、時間を遡って調べていたようです』
神様、意外と真面目な人……人? 存在? でした。
領主様の説明に、銀髪さんがこちらを見る。
「お前の方で何かわからないのか?」
「今わかりましたが、自称だそうです」
「なるほど。ジンド、その神剣というのは、特別な力がある品なのか?」
「さすがにそこまではわかりません。何せ、王宮の奥深くでの話ですから。それよりサーリ、今わかったというのは、どういう事かな?」
領主様、聞き逃してはくれないんですねー。
「えーと、ちょっと間にいくつか挟むので直接ではないのですが、神様の方に神剣を下賜した事実があるかどうか、問い合わせをしまして」
「神に、問い合わせ……」
銀髪さんと領主様の声がハモった。
「その結果が、つい先程来ました。下賜した事実はないそうです」
「それで自称か……」
領主様が考え込んじゃった。でもこれ、こっちにも影響のある問題なのかね?
『神剣がどういう位置づけかによります。王権を示すアイテムであった場合、最悪王位を廻る内乱に発展する可能性も』
そうなると、交易どころの騒ぎじゃないのかー。時に検索先生、この国って温泉はあるの?
『残念ながら、ありません。めぼしい特産品も、今のところ見当たらないですね』
じゃあ、下手に手を出すより静観しておいた方がいっか。
そう思ってたのにー。
私とリーユ夫人、銀髪さんと剣持ちさんは、領主様が宿泊している宿に、部屋を取ってもらった。
「この街で一番高級だそうだけど……正直、ウィカラビアの温泉街を知っちゃうと、ねえ?」
リーユ夫人、それは言わないお約束。正直、衛生方面とかもそうだけど、あの街の家々に置いてある家具も、実は素材がとてもいいもの。
何せ殆ど、妖霊樹で出来てるからね。妖霊樹でなくとも、魔霊樹だったりするよ。
ベッドのスプリングも素材がいいから体に負担がかからないものだし、リネン類も頑張って素材を集めていいものを作ったから、寝心地は最高。
そんなのを経験しちゃうと、こういった高級宿でも満足出来ない体になってしまうんだよね……何て罪作り。
さて、その宿に滞在して二日目、領主様のところに来客が来た。というより、何か凄い緊張した空気が漂ってるんだけど?
何事かと思って一階のロビーに向かおうとしたら、ちょうど階段の方からリーユ夫人が駆けてきた。
「部屋に戻って!」
何が起こっているのかわからないけど、リーユ夫人がこんな険しい表情をするのには訳があるんだろう。
無言で彼女と一緒に部屋に戻る。
「何があったんですか?」
「……ジンドが、冤罪をかけられたの」
「冤罪? 一体、どんな」
思わず口から出た言葉に、リーユ夫人は一瞬言うかどうしようかためらう素振りを見せ、やがてゆっくりと教えてくれた。
「神剣の、窃盗ですって」
スルーしようとしていたのに、向こうから押しかけてきたよ。
「幸い、私とあなた、それにカイド様とユーニド卿は二日前にこちらで合流したでしょう? 船団の人間とは思われていないみたい」
「って事は、領主様を捕まえに来た連中は、私達に気づかない?」
「その可能性が高いわ。今のうちに、カイド様達を連れて、ウィカラビアに戻りましょう」
うーん、確かに私達の中で一番身の安全を考えなきゃいけない人は銀髪さんだ。次いでリーユ夫人。
剣持ちさんは貴族でも騎士だし、銀髪さんの護衛だから最悪の事態も想定済みと勝手に考えておく。
私の場合は傷付けられる人間がこの世界にいるかどうか、かなり謎。やられる前に、捕まえちゃえってタイプだし。
でも、この状況で銀髪さんがおとなしくウィカラビアに帰ってくれるかね? どっちかって言ったら、リーユ夫人だけ送り出せって言いかねない。
てか、多分言う。
「リーユ夫人、残念ですけど、銀髪さんはおとなしく帰ったりしませんよ」
「そうね、私もそう思うわ。でも、ここはあちらに戻っていただかなくてはならないの。最悪、あなたの魔法で力ずくでも」
やっぱりリーユ夫人って、肝が据わってるなあ。あの領主様の夫人を務めるだけはある。
「リーユ夫人、もう一つ手がありますよ」
「え?」
「私達で領主様を奪還する、そのついでに、神剣の問題を解決する」
「サーリ……」
「本当は口出ししないって決めてたんですけど、向こうから来るなら仕方ありません。完膚なきまでに叩き潰します!」
「え? 目的が違ってない?」
えー? そうかなー? 大体、冤罪ふっかけて他国の要人を捕まえようとする連中なんて、全力フルスイングでビンタしてもいいと思うんだ。
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