第487話 またけったいなものが

 昼食は、三人とも食欲がわかなかったので水分補給だけにしておいた。これ、少し外出て日の光に当たった方がよさそう。


 ふらふらしながらドアへ向かうと、背後から銀髪さんの声。


「どこへ行く?」

「ちょっと、日に当たろうかと」

「……俺も行く」


 立ち上がった銀髪さんに続くように、剣持ちさんも無言で立ち上がる。二人とも、この部屋の空気に耐えられないとみた。


 そりゃそうだよねえ。じいちゃんですら、疲労困憊になるような内容だもん。あのままあそこにいたら、暗い空気に飲み込まれそうに感じる。


 こういう時は、お日様だ。


「今日もいい天気ー」


 先程までの室内の暗さとは比べものにならない程、明るい日差し。いや、明るすぎて暑いわ。


 忘れがちだけど、ウィカラビアって暑い国なんだよね。山の中だから、下界よりは大分空気が冷えてるはずなのに。


 まあ、これだけ天気が良ければ、この村の気温も上がるってもんか。


 特に目的地はないので、広場に出て噴水の縁に座る。水の音が心地良い。


 ……ところで、何か忘れてるような気がするんだけど、何だろう? じいちゃんは夕飯までには十二番湯から帰ってくるだろうし、何なら顔を見に行ってもいい。


 そうじゃなくて、もうちょっとこう、大事な何か……何だっけ?


「……こうして見ると、ここは平和だな」


 銀髪さんがぽつりと呟く。さっきまで、平和とはほど遠い記録を読んでたからね。


 平和はいいよねえ。気を抜いていても生きていけるし。おいしいものもたくさん食べられるしねー。


 うん? おいしいもの……あ!


「銀髪さん! あの国との交易、まだ決まってません!」

「何だ? 急に」

「シント連峰のある国……ミンゲントか、あそこですよ!」

「ああ……知らぬ事とはいえ、国王を強制的に眠らせたんだから、もう交易は無理じゃないか?」

「ええー」


 いいのか? それで。そういえば、ミンゲントの特産品って、何だっけ? 滞在時間が短かったから、ほとんど知らないんだよね。


 あ、メープルは特産品に含まれません。私の手元で大事に育てるので。そういえば、樹液採取、始めてもいいんじゃないかなー。


「……そんなに、あの国と交易がしたいのか?」

「え? そこまでは。だってどんな特産品があるか知らないし。ただ、ウィカラビアと仲がいいみたいですから、この国通すよりは、直接取引の方がいいんじゃないかなって思っただけで」


 あとは領主様の苦労を少しは軽減出来ればなーと思った程度? 私としては、温泉とメープルが手に入った時点でもういいです。




 夕食には、じいちゃんが戻ってきた。


「じいちゃん、お帰りー」

「おお、ただいま」

「十分癒やされたみたいだね。良かったあああ」


 じいちゃん、お肌は皺はあってもつやつや、気のせいか腰の曲がりまで治って元気はつらつで帰ってきたよ。


 十二番湯、効くなあ。


 そんなじいちゃんの様子を、ジジ様が見逃さなかった。


「まあ、バム殿、いいお肌だ事。これ、もしや十二番湯の効果かしら?」

「はて、そうかもしれませんのお。ふぉっふぉっふぉ」


 あー、良かった。いつものじいちゃんだ。あとジジ様、十二番湯に行ったからって、若返りの効能はないですから。


 ……ない、よね?


『ないです』


 良かった。検索先生の太鼓判がもらえたなら、大丈夫だね。




 夕飯後、私はじいちゃんにくっついて一緒に家に向かった。


「ほう、メモが整理されておるの」

「読むのに、順番通りの方がいいだろうと思って。これ、二十五番と二十六番の間に百年くらい開きがあるね」

「ふむ。記録の上から翻訳しておるからのう」


 そもそもの、記録の重ね方に問題があったのかー。


「私としては、知りたい事はわかったから、もういいや」

「そうか」


 必要以上に聞いてこないのは、本当に助かる。ありがとう。それと。


「じいちゃん」

「何じゃ?」

「嫌な事、押しつけちゃってごめんね」


 この翻訳を押しつけなければ、あんなに疲れる事もなかったのに。確実に、じいちゃんの寿命を削ったと思うんだ。


「ただでさえ、老い先短いのに」

「こりゃ。言うに事欠いて何てことを言うか」


 あ、やべ。口から漏れてた。でも、じいちゃんが高齢だっていう事は、ちゃんと自覚しておいた方がいいと思ってる。


 ある日突然、目覚めない事だってあるんだから。




 おばあちゃんの最期は、静かだった。昨日まで元気に話していたのに、翌日の朝、起きてこなくて。


 寝室に起こしに行ったら、もう、冷たくなってた。死因はくも膜下出血。死に顔が穏やかだったのが、救いかもしれない。


 さすがに一人娘だった母が葬儀を執り行ったけど、嫌々やったもんだから、おばあちゃんの妹っていう大叔母さんに怒られてたっけ。


 あの二人、おばあちゃんが生きてる頃から仲が悪かったから。


 おばあちゃんと暮らしていた私は、とうとう親元に帰される事になったけど、両親はやっぱり私には無関心。


 多分、おばあちゃんが亡くなるのが高校受験が終わった後でなかったら、受験に失敗してたと思う。


 親元での寒々しい生活の中で、何とか高校生活を送っていたら、わずか二ヶ月足らずでこっちに召喚された。


 そこからは……まあいいや。もう全部終わった事だし。あの国とも、この先関わる事はないから。


 でも、再封印の旅でも、顔見知りが亡くなる事はあった。主に魔物との戦闘で。

 昨日までは普通に話していた人が、翌日にはもういない。ここは、そういう事がたくさん起こる世界なんだ。


 日本だって、例外じゃない。戦争はなかったけど、事故や病気はあったから。


 一期一会。おばあちゃんが、よくその言葉を使っていたなあ。一生に一度だけの機会。目の前にいる人との縁も、この一度だけかもしれない。


 そう思って過ごしていれば、相手に腹が立つ事も少なくなる。そう言って、笑ってた。


 まだおばあちゃんの域には達していないけど、私もその考えを大事にしていきたい。




 じいちゃんの翻訳に関しては、一日のうちに午前中だけと時間を決めてやる事になった。


 寝食を忘れて翻訳した結果、体を損ねては意味がない。これには街にいる全員が賛成してくれた。


「まったく、年甲斐もなくはしゃぐからですよ」

「ぐぬ……と、年に関しては婆さんも似たようなもんだろうが!」

「いやですねえ、私は爺さんより三つも若いんですよ?」


 いや、ユゼおばあちゃん、その年齢で三歳差って、誤差の範囲じゃ……いえ、すみません、何でもないです、はい。


 非日常の街だけれど、日常が戻ってきて落ち着いた感じ。と思っていたら、領主様からいやんな連絡が来た。


『今いる国で、神子が下賜した神剣というものがあると聞いたんだが?』


 何ですとー!? それって、銀髪さんが口から出任せで言ったあれじゃあ。


「りょ、領主様、今、ミンゲントにいるんですか?」

『どこだい? そこは、我々が今いるのはモルソニアという国のヤーダヤという港街だよ』


 何その駄々っ子みたいな街の名前。それよりも、モルソニアってどこ?


『マップで出します。キルテモイアから沿岸をずっと東に行った国ですね。沿岸の国ですが、山が多いです』


 本当だ。しかも、ミンゲントとはいくつか国を挟んでいて、簡単に行き来は出来ない場所だよ。


 そんな国に、神子が下賜した神剣がある? それ、邪神の神子とか言わないよね? だったら危ないよ?


『現在、この世界の瘴気はほぼ浄化されています。残っているのは、自然発生したものなので、同じように自然に消える程度のものです』


 念入りに浄化したもんね。その浄化の編み目をかいくぐって、呪物が残るとも考えにくいか。


 じゃあその神剣って、一体何?

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