第486話 人の手で生み出されたモノ

 記録を読んだ日の夕飯は、三人してぐったりしていた。ジジ様から心配されたけど、ちょっと狩りをしすぎて疲れたって事にしておいたよ。


 夕飯も重いものは胃が受け付けそうになかったから、トマトベースの野菜スープだけにしておいた。


 このトマトは、キルテモイアで買ったもの。売ってたよ、あそこ。苗もあったので、ウィカラビアの山裾で育てられるか挑戦中。ゆたかくんが。


 このトマト、酸味が強いけど火を通すと甘みが強くなるから、スープにはぴったりだ。


 芋類も入ってるから、お腹にもそこそこ溜まるしね。


 じいちゃんは、まだ十二番湯から戻らない。検索先生によると、明日までは温泉漬けになりそうだって。じいちゃん、疲れてたんだね。ゆっくり癒やされて。


 翌日、朝食を取ってから記録の続きを見る事にした。


「食べる前に読むと、また食欲が失せそうでな……」


 げんなりした様子の銀髪さんに、剣持ちさんと一緒に頷いて同意する。うん、あれは食べる前に読むものじゃない。


 でも、やっぱり朝食も軽いものを。ヨーグルトにバナナ、あとカフェオレ。


「あら、それだけ?」


 朝食の席で、ジジ様に心配そうに聞かれちゃった。

「ええ、胃が疲れてて」

「そう……大事になさい。あら、カイドまでそんな少しなの?」

「狩りの疲れが残っているようで……」

「まあ、まだ若いのに。あなた達も、温泉で疲れを取ってきたらどう?」

「やるべき事が終わったら、そうします……」


 珍しく銀髪さんが素直だからか、ジジ様がちょっと驚いている。




 再びじいちゃんの家。入ってすぐの部屋には、昨日のまま、テーブルとメモ、椅子が残されている。


 残りのメモは約半分。振られた番号は二十六。折り返し地点だ。


「じゃあ、読みましょうか」


 護くんによる自動翻訳もオン状態。これで銀髪さん達も日本語が読める。


 じいちゃん、これを私以外の誰にも読ませないように、わざわざ日本語を選んだんだね。でもごめん、銀髪さん達に見せちゃった。


 ここからは、どうやら書き手が変わったらしく、文体も大分違うとメモの上に書き込んである。


 さて、ここからはどんな事が書いてあるのやら。




 前の書き手から約百年近い時間が空いて、次の書き手が書き始めたらしい。最初から瘴気への並々ならぬ崇敬の念が書き綴ってあった。


 百年も経つと、既に邪神教団としての体裁が整っていて、例の小島からは脱出し、こちらの大陸に拠点を移したらしい。


 この頃になると教団内での結婚、出産も増え、団員は生まれながらに瘴気に対する耐性を獲得していて、かつ操る事も可能になっている。


 それに加え、更なる瘴気の活用方法を研究する一団も出てきた。その一環に、瘴気をより濃く体内に宿す存在を作れないか、というものがある。


 世代を重ねれば、体内の瘴気は濃くなるだろうが、どうしても閉鎖的な集団故、外からの血を定期的に入れないと数を維持出来ない。


 もちろん、子を産む前に瘴気に体を慣らすのだが、どうせならとても濃い瘴気を持つ特別な存在、邪神の神子を自分達の手で作り出せないか。そんな研究が続けられた。


 様々な方法が試されたが、中でも一番有効だったのは、胎児に直接瘴気を与える事。


 以前のように母胎を通じてではなく、胎児そのものに与えるのだ。この実験に、教団は熱狂した。


 その結果、数多くの母子が命を落とす事になる。それでも、教団は実験を辞めなかった。


 自分達の手元にいる女だけで足りないのなら、余所から身重の女を攫ってきた。そして腹を開き、胎児を取り出す。


 何やら特別な方法で胎児を保護し、そのまま瘴気が溜まった壺の中に入れられるのだ。多くの子が亡くなる中、ただ一人生き残った子がいた。


 それが、後に邪神の神子となる者だ。




 ここまで読んで、もうお腹いっぱいな気分。あいつら、どんだけ人を殺せば気が済むの……


 銀髪さん達も同じ思いらしく、既に精神疲労がにじみ出ている。


「これ、ここまでで読むの、やめておきますか?」

「……いや、ここまで読んだんだ。最後まで読む」


 意地になってるのかな。まあ、気にはなるから読んでみよう。




 まだその時は、邪神の神子という呼称はなかった。だが、その子供は明らかに周囲の子供とは違っている。


 生まれつき髪が白く、目が赤い。肌も異様な白さだ。成長が早く、わずか三年ほどで成人と同じ程度の姿になった。


 しかも、驚く程顔立ちが整っている。寒気すら憶える程の美貌とは、この事か。


 不思議な事に、彼の姿はその後まったく変わらない。そして、一番の違いは扱える瘴気の量だった。


 通常の十倍、二十倍。もしかしたら、桁が違うのかもしれない。そのくらい、彼は瘴気に慣れ親しんでいた。


 また、彼の作り出す瘴気丸は、これまでのものとは異なり、飲んでも死ぬ事がない。これには、教団の者達も狂喜乱舞した。


 どうしても、始祖魔法士が作り出したとされる瘴気丸には、死という危険がつきまとう。だが、新しい瘴気丸にはそれがないのだ。新しい仲間を引き入れ放題だった。


 そして、彼はまた新たな技術を生み出した。魔物を捕らえ、縛り、瘴気を延々と生み出す呪物とする。その技法を確立し、団員に教えていった。


 これにより、邪魔な連中は呪物での呪殺が可能になる。また、団員がその場にいなくとも、都市丸ごとを瘴気に沈める事も出来るのだ。


 この呪物を、教団の皆は喜んで受け入れた。我々こそが正しかったのだ。邪神様を崇める我等こそが、真に平等な世界を築ける。


 邪神様こそが、この世界を正しく導けるのだ。そして、邪神様を崇める我等こそ、真に世界を憂う者。


 そんな我等を率いるのは、美貌の彼、邪神の神子様なのだ。


 そこからは、神子様の指示通り、瘴気を操り、呪物を使ってあちこちの街や都市を潰した。


 だが、神を崇める人間は数が多く、いくら都市を潰してもまた復活させる。しぶとい連中だ。




 手記はここまで。といっても、まだ翻訳していない記録が山のように残っているから、現代に至るまでの記録もあるかもね。


 それにしても、邪神の神子誕生からはそこまで酷い内容なくて良かった。ただ、呪物を作り出したのも、神子なのかー。


 そして、いつの間にか邪神崇拝の集団になってるよ。前の書き手の時は、新興とはいえ神を信仰する集団だったのに。


 百年近くの間に、何があったんだろう? その辺りは、記録に残っていないのかな?


『おそらく、翻訳した記録の順番を間違えたのでしょう。かいつまんで伝えますか?』


 うん、もう自分で読まなくてもいいや。検索先生、よろしくです。


『例の魔法士、あれ自体が邪神の分身だったようです』


 何ですとー!?


『言うなれば、魔法士こそが邪神の神子だったとも言えますね』


 う……そんなのと、同じ立場なのか……


『神子と邪神の神子はまったく違います。神子は神の力を受けてこの世界にもたらすもの。邪神の神子は邪神の操り人形です。また、邪神教団のアジトにいた邪神の神子に関しては、人が作り出した濃い瘴気を纏った人間に過ぎません』


 うーむ。瘴気漬けになると、不老不死になるのかー。


『ただし、浄化によって止めていた時間が元に戻りますが』


 そーですね。邪神がいなくなった今、神様の力が世界に正常に届くようになってるんだから、瘴気漬けになってるとあっという間に神罰が下るんでしょう。多分。


 そういう意味では、よく今まで邪神教徒達に神罰くだらなかったね。


『彼等の使う瘴気が邪魔で、照準が合わせられなかったようです』


 照準。神様の神罰は、ライフルか何かでやるんでしょうか。天空の上からライフル構える神様。やべ、ちょっとかっこいいかも。


 とにかく、じいちゃんが翻訳してくれた分は全部読み終わったし、知りたかった部分はわかったので、いっかー。


 知りたくない部分も、知っちゃったけどなー。覚悟はしていたけど、重いよ。


 とはいえ、もう消えた組織。いつまでも憶えていても、いい事ないかもね。

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