第485話 邪神教団の歴史 前半

 十二番湯への道からじいちゃんの家に戻ると、入り口に銀髪さんと剣持ちさんがいた。


「どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたもないだろう。バム殿は、何故あんなに衰弱していたんだ?」


 衰弱かあ……じいちゃん、年も年だからなあ。


「……邪神教徒のところにあった記録の翻訳を頼んでいたんですけど、無理させちゃったみたいです」

「ああ、あれか……」

「頭の方だけでも出来たって聞いたから、教えてもらいに戻ったんだけど……」

「本人があれではな。翻訳という事なら、紙で残っているのではないか?」


 もちろん、それを読みにここに来たんだ。じいちゃんの事だから、多分綺麗にまとめてる。


「という訳で、私は今からその翻訳文を読みますので」


 帰ってくれ。そう言ったつもりだったのに、銀髪さんも剣持ちさんも動きゃしない。


「俺にも見せてもらう」

「私もカイド様とご一緒します」


 こう言い出すと思ったから、嫌だったのに。


「……じいちゃんは、翻訳文を読むのに、覚悟がいるっって言ってました。人を人とも思わないような、邪神教徒達の記録です。どんな酷い内容が書かれているか、わかりません」

「だったら、なおさらだ。そんな内容、一人で読むもんじゃない」


 ……そうなのかな。心のどこかで、一人で読むのが怖いって思ってる自分もいる。


『一人で読んでも、神子へのダメージ軽減はこちらで請け負います。ただ、バルムキートがあれ程のダメージを負ったのは、確実に内容が原因です。翻訳の疲労だけではありません』


 そうなのか……じいちゃんでも、そんなにショックを受ける内容なんだね。


「じゃあ、お願いします」


 二人と一緒に、じいちゃんが使っている家に入った。まだ外は明るい時間帯なのに、何故か部屋の中は薄暗く感じる。


「これ……」


 普段居間として使ってる部屋にある小さなテーブル。その上には、私が持ってきた元資料と一緒に、じいちゃんの手書きのメモがたくさん積み上がってた。


 文字を読むなら、もう少し明るい方がいいよね。部屋にはちゃんと魔法で動く明かりがあるから、スイッチを入れる。


「これは……どう読めばいいんだ?」


 あれ? じいちゃん、メモを日本語で書いてるよ。再封印の旅の途中で、あれこれ教えたっけなあ。


 あの短い間に、ひらがなとカタカナ全部憶えるとは……さすがじいちゃん。


 いや、それよりも、今はメモの中身。


「番号が振ってありますね。一回、順番通りに整理します」

「番号? どこに?」


 二人が不思議そうな顔をしているので、メモの右上に書かれているアラビア数字を示す。


「ここですよ」

「これが、番号?」


 あ。こっちだと、アラビア数字はわからないんだった。説明も面倒だけど、放っておくとさらに面倒になりそうなので、整理しながら簡単に答える。


「私の世界で使われている文字で、数を表す文字です」

「数? これでか?」

「そうですよー」


 こっちの世界、特にラウェニア大陸は同じ文字を使っていて、数字はどちらかというローマ数字に近いものを使ってる。


 十進法だから憶えやすいと思った事もありましたが、まさか五単位で数字をまとめるなんてなー。


 なんで六百って表記するのに、五百と百って書くんだよ。あと千以上になると百単位とそれ以上って表記になるのもわかんない。


 千だと百と十で、一万だと百と百なんだぜー。


 まだ脇でぶつくさ言ってる二人は放っておいて、メモの数字だけを追う。


 ひらがなカタカナだけで書かれた文字列って、意外と読みにくいんだね。漢字って凄い。


 メモは全部で五十六枚。一枚の大きさがA4くらいだから、結構な文字数だね。


「これで順番通りになりました。でも、この文字、読めますか?」

「何だこれは……って、いきなり読めるようになったぞ!?」


 あ、検索先生だなこれ。よく見たら、二人の周囲に護くんがふよふよと浮いている。


 船に乗った時に回収したと思ったんだけど、いつの間に出したんだろう?


『必要かと思い、出しておきました』


 最近、検索先生の配慮が凄いです。読めるのなら、最初から全員で見ていった方がいいかな。


 まとめたメモをテーブルに置き、椅子が足りなかったので亜空間収納から取り出す。


 三人で並んで、最初から読み始めた。




 記録は誰かの手記だったようで、その人の視点で書かれていた。


 最初は「彼」が何故邪神崇拝に至ったのか、その経緯が記されている。彼がまだ若い頃に、大陸を襲った大飢饉、それが全ての引き金だった。


 飢えて死ぬ人達がいる一方で、富める者達は食料を貯め込み、自分達だけが生き残ろうとする。


 貧富の差、身分の差、格差だらけの世界に絶望した彼は、魂の平等を唱える新興の教団に入信する。


 それが、邪神教団の前身だった。とはいえ、この頃はまだ邪神崇拝もしておらず、教会とは違う形での神への信仰を説く集団だったみたい。


 彼は教団の中でめきめきと頭角を現し、やがて幹部へと出世する。とはいえ、まだ新興の弱小集団だ。迫害にも遭いやすかったらしい。


 一度は収まった彼の中の、世の中に対する恨み辛み。それが再び首をもたげるのは、意外にも新興教団が大きくなってからだった。


 人が増え、大きくなった教団に、ある日一人の魔法士が加わる。その魔法士は様々な魔法を使って、教団の生活をより豊かにしていった。


 その頃の教団は、大陸から離れ、南方の小島に拠点を移していたらしい。だが、そこにも大国の手が伸びる。


 小島とはいえ、飢饉に見舞われまだ回復の兆しすら見せない大陸とは違い、作物がよく実る土地が広がっていた。


 大国は、そこに目を付けたのだ。


 大国と教団の戦争。とはいえ、多勢に無勢では勝ち目がない。そこを救ったのも、例の魔法士だった。


 彼は教団がいる場所が島なのを利用し、船でやってくる大国の軍勢を風や水を操って全て沈めていったのだ。


 記録によれば、大国にも魔法士はいたようだけれど、教団の魔法士程の腕はなかったようで、太刀打ち出来なかったという。


 つかの間の平穏を勝ち取った教団。だが、この程度であの大国が諦めるとも思えない。


 教団には、幼い子供達もいる。また、団員同士で結婚し、現在妊娠中の女性も多い。


 彼女達を守る為には、自分達も力を持たなくてはならないのでは。


 だが、団員の殆どは魔法士の素質がなかった。物理攻撃では、あの大軍を相手に出来ない。


 そこで、魔法士が囁く。瘴気を扱えるようになってはどうか。




「! これ!」

「この魔法士とやらが、全ての元凶か!」

「お二人とも、まだ先がありますよ」


 思わず口から声が出ちゃった。銀髪さんもそうだったようで、二人して剣持ちさんに窘められたよ……


 おっと、続き続き。




 教団の人達は瘴気がどういうものか、よくわかっていなかった。魔法士が言うには、魔物から得られる力だという。


 魔物などと、神の敵ではないか。教団内部でも意見が割れたが、魔法士の言葉がとどめとなった。


 力が、欲しくはないのか? 仲間を、守りたいのではないのか?


 そう言われて、反論出来る者はいなかった。それに、誰しも大国には恨みがある。いいように扱われ、捨てられた者達ばかりなのだ。


 その場にいる者達の心は、大国に対する復讐心で一致していた。




 この辺りで、彼の懺悔が記録されている。




『何故、もっとよく考えなかったのだろう。何故、あの魔法士を怪しいと思わなかったのだろう。今でも、その事だけが悔やまれる』




 魔法士の申し出により、教団内部である実験が行われた。それが、瘴気を人間の体に取り込む実験だ。


 魔法士が提供したのは、瘴気を魔力で固めた丸薬、瘴気丸と呼ばれたものだった。


 最初にそれを飲んだ者は、数日もがき苦しんで死んだ。それを見た魔法士は、彼は体質が合わなかったのだろうと言う。


 凄惨な死に様を見ては、次に瘴気丸を飲む者は出ないだろうと思ったが、復讐心が彼等を駆り立てたのか、瘴気丸を望む者は後を絶たない。


 手持ちの瘴気丸がなくなると、魔法士はどこかへ行って手に入れてくる。入手方法も、入手場所も、彼は最期まで口を割らなかった。


 しかも、最初より次、それよりもさらに次と、より新しい瘴気丸であればある程、死ぬ者が少なくなっていく。


 いつしか、瘴気丸を飲んだ連中は自らを新生団員と呼び、飲まなかった者達を滅亡団員と呼んだ。瘴気を操れない団員は、もはや死を待つのみだと言われたのだ。


 対抗するように、滅亡団員と呼ばれた側は、自分達の事を古参、新生団員の事を新参と呼んだ。


 実際、新生団員と言っている連中は、比較的新しく教団に入った面々だったからだ。もう、以前の教団の姿はない。真っ二つに割れてしまった。


 ここで、気づいて止めれば良かったのだ。魔法士の実験は、さらに続く。


 ある日、ふと彼が呟いた。身重の母親が瘴気丸を飲めば、生まれてくる子供は最初から瘴気を扱えるのではないか。




 読んでる手が止まった。二人とも何も言わないけど、ちらりと見たその顔には、嫌悪感が滲んでいる。


 もしかして、覚悟を持てって言われたのは、これの事?


 まさか、妊婦さんまで瘴気の実験に使っていたなんて。




 身重の母親達が、普通に瘴気丸を飲むとは思えない。だが、暴走した新参連中は、もう誰の言葉も聞かなかった。


 臨月間近の妊婦が、最初に選ばれる。何も知らない彼女は、いきなり魔法士の前に連れてこられて、力尽くで瘴気丸を飲まされたのだ。


 結果は失敗。腹の子ごと、彼女は死んだ。それでも、新参達は止まらなかった。


 魔法士もまた、瘴気丸の改良に余念がなく、弱い瘴気丸からさらに弱いものを作り、複数回にわたって飲ませるようにしていく。


 そのせいか、瘴気丸を飲んで死ぬ妊婦は少なくなったが、やはり死ぬ者も少なくなかった。


 何とか古参が止めようとしたけれど、彼等には魔法士が付いている。その上、新参達は若く力が強い。年老いた古参だけでは、力負けしてばかりだった。


 妊婦がいなくなると、新参達は子を産んだ女を再びはらませようとする。だが、瘴気丸の影響か、一度出産した女達は二度と子を授からなかった。


 それと同時に、減った女の数を増やす為と言い、新参の何人かが船で大陸へと戻った。


 帰ってきた時は、何人もの女を連れている。その誰もが、うつろな目をしていた。


 不気味に思う古参を余所に、新参達は彼女達をはらませ、瘴気丸を与えていく。何人かは、はらませる前に瘴気丸を飲ませていた。


 結果、母親は三分の一程度死ぬが、子供は生き残り、幼いうちから瘴気への耐性と操る力を得る事がわかったのだ。


 それに気を良くした新参達は、さらに実験を進めていく。この頃には、既に新参が瘴気丸を作れるようになっており、魔法士の手を借りる事もなかった。


 結果、妊娠前の女に瘴気丸を与え、ある程度瘴気の耐性を上げたところで妊娠させ、定期的に瘴気丸を与えていく。


 その際、臨月に向けて徐々に瘴気の濃いものを与えると、生まれる子が瘴気を操る力に優れるとわかった。


 その代わり、母親は文字通りの使い捨てだ。苦い思いを抱える古参達の前で、新参は攫ってきた女達に子を産ませ、母親を捨てる。




『どうしてこんな事になってしまったのか。悔やんでも悔やみきれない。あの魔法士を受け入れたのが間違いだったのか。きっとそうなのだろう。それも自分達の弱さ故。それにしても、あの魔法士は一体誰だったのか』




 メモの半分までで、この内容。胃の底に重い石を放り込まれた気分。銀髪さん達も、何も言わない。


 これ、まだ半分も残ってるんだよね。


「……残りは、明日にしましょうか?」

「そう……だな」

「ですね……」


 何をした訳でもないのに、ぐったりとしている。二人とも、凄く疲れて見えた。

 連峰で無双していた時は、疲れ知らずに見えたのにね。

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