第478話 ホウレンソウ

 翌日からは、じいちゃんの木工教室はお休みになった。翻訳、頑張ってね。


「バム殿は何をやっているんだ?」

「えー。ちょっと翻訳の頼み事をー」


 銀髪さん達も、邪神の神子の事は知ってるからなー。言ってもいいんだろうけど、持ち主に無断で持ってきた事が引っかかって。


『あの場に持ち主である記載者はいません。既に死亡していました。なので、所有権は誰にもありません』


 えー? それ本当ですかー?


『神子が私を疑うなんて!』


 あ、ごめんなさいごめんなさい。信じます、はい。


『では、街にいる者達も、邪神教徒達が滅んだ事を伝えておきましょう』


 うえー。




 結局、その日の夕飯の時に伝える事にした。じいちゃんは手を止めるのが惜しいというので、家で食べるそうな。


「あら、あの爺さん、今日はいないのね」


 ユゼおばあちゃん、結構じいちゃんへの当たりが強いよね?


「お願いした翻訳が、大変らしくて」

「まあ。知識くらいしか誇れるところがないくせに」

「あら、賢者殿は今夜は欠席?」

「あ、ジジ様」


 ジジ様は一人で過ごす事も多いらしいけど、集会場に来る時はリーユ夫人や侍女様方と連れだってくる事が多い。


「爺さんはユーリカに頼まれた翻訳を終えられないので、欠席ですって」

「あら、どんな翻訳かしら?」

「古代語で書かれた……えー、個人の手記、ですかねえ?」


 嘘ではないよね? 多分。邪神教徒の記録が書かれているとはいえ、個人が書いたんだろうし。


「ユーリカ」

「何? ユゼおばあちゃん」

「何を隠しているの?」


 ギックウ! ユゼおばあちゃん、ニコニコしているけど、怖い。昔からこの状態のおばあちゃんに、隠し事が出来た試しがなかった。


「……邪神教徒の隠れ家から持ち帰った、古い記録です」

「何ですって!?」


 あー、やっぱりこうなるー。


「一人で行ったの? 危ないでしょう!」


 いや、ジジ様。邪神教徒なら逆に私単独で行った方が危険は少ないです。何せ、人間の中で唯一瘴気が効かないから。


「どうして相談してくれなかったの?」


 ごめん、ユゼおばあちゃん。何もかも、割と急に決まったから。


「そんな事をしていたのか」


 剣持ちさん、何で呆れてるの? 一人反応が違うよ。


「この事、うちの人は知ってるのかしら」


 多分知らないと思いますよ、リーユ夫人。侍女様方が、ジジ様やリーユ夫人を宥めてる。


 でも、ちらちらこちらを見る目が、ちゃんと話せと言ってるようで。


「一体いつ、どうやってそんな場所を見つけて、そこへ行ったんだ?」


 銀髪さんが、低い声で静かに聞いてくる。怒鳴られた方がまだまし……


「えーと、それはですね……」


 結局、大陸探査から全部話す羽目になりましたとさ。




 そういえば、ウィカラビアの山中にいるのって、検索先生の大陸探査が終わるまでって話だったっけ。


「で、それが終わったというのに、お前は俺達には何も言わず、一人で行動した訳か」

「えーと、そうなります」

「どうして言わなかった?」

「言わなかったというか、報告をし忘れたというか……」


 あの時は、どっちかって言ったらマップ上のポイントを使って浄化が出来るって事に驚いたしなあ。


 私の返事に、銀髪さんのみならず、ジジ様達まで溜息を吐いている。


 でもさ、報告したとしても、やっぱり一人で対処したと思うんだ。


「不服そうだな?」

「いえ、別に」

「どうせ報告しても、自分一人で解決するんだから、必要ないとか思ってないか?」

「え? 何でわかるの!?」


 やだ、銀髪さんも読心術持ち? そういえば、ミシアとは従兄弟で血が繋がってたっけ。


 魔力って、血筋が大事だっていうからなあ。魔力のあるなし、量の多い少ない、質の善し悪しって遺伝するらしいよ。


 銀髪さん、私の言葉に渋ーい顔をしてる。


「それくらい、少しお前を見てればわかるんだよ。何年貴族のじじい共の相手をしてきたと思ってるんだ」


 えー? そんなにわかりやすいかな……


『神子は感情が顔に出ますから』


 うるさいですよ、検索先生。


『皆には心配をかけたくなかった、と本当の事を言えばいいのです。下手に隠そうとするから、相手を怒らせるのですよ』


 それは、そうなんだけど……だって、相手は邪神教徒なんだよ? 瘴気を自在に扱ってたようだし、普通の人は瘴気を浴びたら一発で死んじゃう事だってあるのに。


 下手な事を言ったら、銀髪さんも剣持ちさんも自分達も行くとか言い出しかねない。じいちゃんだって、押さえるの大変そうだよ。


 気がついたら、俯いてた。頭の上から、溜息が聞こえる。


「大方、俺達に報告したら付いてきて危ないとでも思ったんだろう」

「え?」


 振り仰いだ先には、呆れた顔をした銀髪さんがいる。


「あほう」

「んな!」

「俺もお婆さまも、訳を話して待っていろと言われれば、待っているくらいの事は出来るんだよ。いつでもどこでも我が儘三昧という訳じゃないんだ」

「カイド、それでは私もあなたも常に我が儘で周囲を振り回しているように聞こえてよ?」


 あ、ジジ様からのツッコミが入った。


「お婆さまはその辺り、少しは自覚して反省なさってください」


 おお、珍しくも、銀髪さんからの反論が。てか、自覚ならあなたもしてくださいね。


「んまあ。これだから男の子は」

「……いい加減、孫とは言え成人している事を忘れないでいただきたい」


 ぶふっ。反論したのに、結局はひっくり返されてる。ジジ様には敵わないんだねえ。


「お前も笑ってるな!」


 いや、無理です。笑います。ぶはー!




 結局、これから先は、何事も報告大事と約束して終わり。一応、邪神の神子の最期なんぞも伝えたけど、その前のアレまみれな教徒達の話で、女性陣が顔をしかめておりました。まーそりゃそうだよなー。


「それにしても、その邪神の神子というのは、本当に人間なの? 一千年以上も生きるだなんて」

「一応、人間でしたよ」


 多分。私が見た時は、しわしわの骸骨状態だったけど。


『あの神子も、教団の犠牲者ではあります』


 そういえば、例の記録の翻訳、検索先生は先に終えてるんですよね?


『終えてます。瘴気を操る技術についても書いてありました』


 マジですか!? じゃあ、それをここでちらっと披露を……


『やめておいた方がいいでしょう。バルムキートにも、気の重い仕事を押しつけてしまいました』


 ……どういう事?


『人とは、ある意味欲の為にここまで出来るのだと思い知らされました』


 え、怖い。あの記録の中身、どんな事が書いてあったんですか?


『事実を知る覚悟がありますか?』


 ……やっぱやめときます。後でじいちゃんと一緒に見ますから。


『その方がいいでしょう』


 怖いけど、気になる。一体どんな内容が書かれてたのよー。

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