第477話 翻訳
お昼は一番湯で食べて、言い訳に使ったキルテモイアの山も見ていく。
「なにこれ?」
『これはまた……』
たてるくん……いや、これはどけんさんの仕事かな? やつらは一体何を参考にしてここを作ったんだろう?
私の目の前には、山の中に突如として現れた古代遺跡がある。いや、古代遺跡風の街かな。
中央をまっすぐに貫く大通り。その両脇にいくつもの家が建ち並ぶ。あ、これテレビで見た事ある。古代ローマの遺跡っぽい。
つか、これウィカラビアの街以上の規模なんですけど!? 誰が住むのここに!
『どうやら、どけんさんとたてるくんが限界に挑戦したようです』
何と言う無駄遣い。その意気はいいけど、もっと別のところで使って。
ざっと見ただけで、家の数は一千はあるみたい。それ以外にも、半円形の野外劇場、神殿……と見せかけた教会かこれ。
それに円形闘技場……もうね、どこから突っ込んでいいのかわかんない。ここも結構大きな山だというのに。
「見たところ、山間の谷を拡張して、この街を造ってるね」
『しかも、温泉は二箇所の湯本からきちんと地下道を使って引いてますよ。もちろん、湯本にも共同浴場が建設してあります』
「そっちも古代ローマ風なのかな?」
『そのようですね』
おかしい。こっちはアジアンリゾート風に作る予定だったはず。てか、ここを作ったどけんさんとたてるくんはどこへ行った?
『自ら亜空間収納へ戻っています』
そんな機能まであるんだ。今度から何か建てる時は、規模としっかりしたデザイン案を出しておかないとな。
自由に作らせた結果がこれとかウィカラビアだもん。
何だか精神的に疲れた気がするけど、ここの温泉にも入ってみた。この山の温泉は十三番湯と十四番湯。
それぞれ街中の別の共同浴場に引き入れられていて、好きに選べるのはありがたい。
十三番湯が含鉄泉でお湯が赤い。効能は主に神経痛、リウマチ、創傷、婦人病など。
十四番湯は炭酸水素塩泉。効能は切り傷、火傷、慢性皮膚病、美肌作用。……十四番湯は女性人気が上がりそうだね。
んじゃ、今回はこっちの十四番湯を楽しもうか。
「あー……極楽極楽」
『私も、早く実体化して味わいたいものです』
そういえば、検索先生がアバターを作って実体化するんだっけ。今のところ順調に進んでいるらしく、神様からのストップもない模様。
しかも、各温泉にはアバターを一体必ず置くつもりらしいよ。同時に温泉を楽しめるとか言ってたからねー。
「そういえば、領主様の方はどうなってるんだろうね」
『コーキアン辺境伯の交易交渉でしたら、三カ国目で暗礁に乗り上げているようですよ』
「え?」
何それ。さらっと言う事じゃないと思うんですけど!?
『神子は邪神教徒の浄化で一杯一杯でしたから、報告はしていませんでした。暗礁に乗り上げたと言っても、辺境伯ならば自力で条約締結をもぎ取る事でしょう』
うーん、確かにそうなんだけど……でも、ちょっと心配。
三カ国目って言ってたけど、今領主様ってどの辺りにいるんですか?
『マップを出します』
そうして出してくれたマップによれば、キルテモイアからさらに東へ海岸沿いに行ったところにある、ある港に船団は停泊してるらしい。
「アフリカ程南にせり出していないから、赤道を少し越えたくらいの緯度かなあ。で、経度的にはケニアかソマリア辺りかな。随分進んでるね」
アフリカの、赤道を越えた辺りからごそっと陸地がなくなった形と思えば、この辺りの形が表せるかなー。
で、その削れた分が何故かインドの東側にくっついていて、海が消えて陸地になってる感じ。
キルテモイアからなら、そんなに距離はないな。私の空飛ぶ船なら、簡単に追いつける。
でもまあ、領主様から正式なヘルプがない限り、動くのはやめておきましょう。これは領主様の仕事だから、邪魔しちゃ悪い。
「さーて、おやつを食べたらウィカラビアに戻ろうか」
本日のおやつは、旧ジテガン産のフルーツで作ったシャーベット。オレンジ、パイン、マンゴー、ブドウ、メロン。
私は大きなお皿に盛り合わせて食べる。
「うーん、おいしいいいい!」
口溶けも最高。あー、やっぱり暑いところでは冷たいアイスだよね。食べ過ぎるとお腹壊すけど。
アイス食べた後、勢いあまって十三番湯も体験してみた。本当にお湯が赤いよ。鉄が酸化した色かあ。
共同浴場の内装は、ちょっと八番湯辺りに似てる。そういや、あそこは古代ローマ風を意識してデザインしたんだっけ。かぶってるなあ。
ウィカラビアに戻って、自分の家で少しお昼寝。というか、夕寝かな。検索先生が見張るくんをセットしておいてくれたので、夕飯に遅れる事はなかった。
にしても、本当見張るくんの爆音ベルは心臓に悪い。音声変更を希望します! あと、音量も低くしたい。
『却下です』
酷い! 速攻却下された!
『そんな事より』
そんな事!?
『……訂正します。見張るくんの設定よりも、大事な事がありますよ』
大事な事って?
『邪神教団から持ち帰った、記録の事です』
あ。
『忘れていましたね?』
お、おおおお憶えていますとも! あ、あれですよね! じいちゃんに相談しないとなー!
『……記録は古代語で記述されていた部分も多く、翻訳が必要です。こちらでやっておきます』
本当ですか!? ありがとうございます、検索先生!
『バルムキートにも翻訳を依頼した方がいいでしょう。原本は渡せませんが、コピーを作りました。そちらを渡してください』
コピーとは。いつの間に、そんな機能まで憶えたんですか?
『秘密です。コピーと言っても、精巧に写したので原本と見分けはつかないと思います』
前から優秀だけど、検索先生が果てしなく優秀になっていく。
じいちゃんには、夕飯の後に声をかけた。
「じいちゃん、ちょっと相談ごとが……」
「何!? また何ぞおかしなものでも作ったのか!?」
じいちゃん……私の事、そんな風に見てたんだ。
「いや、お主がわしに相談してくるとなると、魔法関連じゃろうが」
まーそーですよねー。
「詳しい事は、じいちゃんの家に行ってからでいい」
「うむ」
おっと、向こうで銀髪さんが何か言いたげにこっちを見ている! でも、気づかないふりでじいちゃんとおうちにゴー!
ウィカラビアは相変わらず日が落ちるのが遅くて、夕飯後でもまだ夕方くらいの明るさ。朝は曇っていたのに、その後晴れたみたい。
「さて、一体何をやらかしたんじゃ?」
家に入って速攻それかい!
「じいちゃん……まずはお茶でも飲もうよ」
「おお、そうじゃの」
じいちゃんの家にもスペンサーさんがあるので、緑茶を出してもらう。
「ふむ、良い香りじゃの」
「でしょ? 香草茶とはまた違うよね」
あー、良い香り。そういえば、おばあちゃんもお茶、好きだったっけ。日本にいた頃は良さがわからなかったなあ。
じいちゃんの家も、私の家とどっこいくらいの狭さなので、似たような家具が置いてある。
小さな部屋にある、小さなテーブルを挟んで、二人で座った。
「して、何をやったんじゃ?」
「だから、そこから離れようよ。実は、例の邪神教徒達なんだけど」
「居場所がわかったのか?」
「うん、わかったのはちょっと前で、奴らが他にも瘴気漬けにしてる場所があったから、そこを浄化して」
「何?」
「教徒が使ってる瘴気を噴き出す呪物も浄化したんだ」
「お、お主……」
「最後に昨日、教徒全員を浄化してさ、今日はその教徒達が集まってた場所に行ってきたの」
「何と言う……」
「で、邪神の神子にも会ってきたんだけどさ」
「何じゃと!?」
「あ、もう邪神の神子はいないから。なんかね、瘴気を使って寿命を延ばしてたらしくて、一千年以上生きてたんだって」
「……」
「で、その教徒達が集まってたところが彼等の隠れ家だったみたいで、長年書き込まれてた記録を持ってきちゃった」
「きちゃったって、お主……」
「こっからが本題。その記録、古代語で書かれているらしくて、私じゃ読めないっぽいの。訳してもらえないかな?」
あー、じいちゃんがとうとう口をぽかんと開けて固まっちゃった。
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