第475話 あれ? いつの間に
十二番湯から戻って、夕飯は自分の家で一人飯。たまにはこういうのもいいでしょ。
「そういえば、一人でご飯食べるのなんて、久しぶりだなあ」
いつも一人じゃなくなったのは、じいちゃんが砦に来てからかー。あれから一年半くらい経つのかな?
誰かと一緒にご飯を食べるのって、いいよね。時折は一人で食べるのもいいかなーって思うけど、それだっていつも一緒に食べる人がいてこそ思える事だもん。
「明日はいよいよ邪神教徒の浄化だ……邪神の神子、どんな人なんだろう?」
検索先生からの反応がないところを見ると、教えてくれる気はないらしい。もしくは、自分のアバター作りに没頭してるとか?
「それにしても、まさか検索先生が実体化するとはなー」
どんな姿で実体化するのか、楽しみではある。まさか護くんたちみたいに、ボールタイプではないよね? 人型だと思いたい。
お風呂も入ったし、ご飯も食べた。歯を磨いてもう寝るかーと思ってたら、誰かが来たみたい。
「はーい……って、銀髪さんかー」
「俺で悪かったな」
いや、悪い訳じゃないんだけど。もう寝る気満々だったからね。とりあえず中に入れた。今夜は剣持ちさんは一緒じゃないんだ。
「それで? 何かあったんですか?」
「何かなかったら、来てはいけないのか?」
「えー」
だって、用もないのに他人の家に来ないでしょ、普通。しかももう日が暮れてるし。とはいっても、相変わらず外は夕暮れ程度の明るさだけどさー。
そういえば、明日……は無理そうだから、明後日以降にジジ様達に紅茶と緑茶を勧めてみようと思ってたんだ。
まずは銀髪さんで試してみようか。
「良かったらどうぞ。新作のお茶です」
「もらおう。……いい香りだな」
ふっふっふー。この茶葉、地球で言うとどういう種に近いのかはわからないけど、なかなかいい香りがするのだよ。
そのうちレモンティーとかミルクティーとか、色々飲み方も一緒に広めたい。
ちなみに、私のはロイヤルミルクティー。ミルク成分が多めのミルクティーざます。ちょっと甘めに仕上げてもらった。
スペンサーさんのメニューに紅茶を入れてから、細かいオーダーまで対応してくれるようになって、ちょっと嬉しい。
おかげでコーヒーもカフェラテやらカプチーノも出せるようになったんだー。あ、コーヒー牛乳は別枠で前からあるから。
フルーツもたくさん届くようになったので、フルーツジュースもメニューに入ってる。嬉しい限り。
相変わらず狭い部屋の狭いテーブルの向こうで、銀髪さんがカップを優雅に持って紅茶を飲んでいる。
忘れがちだけど、この人は王族なんだよね。ジジ様もだけどさ。私にとっての王侯貴族の基本はローデンの連中で、いい思い出はない。
だから、ダガードでもつい構えちゃうんだよなあ。その良い例が旧ウーズベルの連中。いや、あれはどうしようもない貴族の例だからいいのか。
領主様の事も、最初は構えてたっけなー。でも、砦もらうのに必死でな……
あれ、私って、言う程王侯貴族にアレルギー、持ってない?
「それで?」
「へ?」
「今日はどこで何をしてたんだ?」
「……十二番湯に籠もってましたけど?」
「何? 俺が行った時は入れなかったんだぞ?」
あれー? 特に戸締まりとかはしてなかったはずなんだけど……
『護くんに結界を張らせておきました』
検索先生がやってたー!
『神子が浄化を使うので、邪魔が入らないようにと思ったのですが……』
いえ、先生の配慮に感謝します。おかげで集中して浄化出来たし。
「そもそも、何で十二番湯に来たんですか? 他にも温泉はあるのに」
「お前がいるかと思って……」
それだけで来たの?
『彼は十二番湯に入ろうとしばらく頑張っていましたが、昼頃には諦めて帰っていきました』
数時間は粘ったんだ。
『神子、思われてますねえ』
先生はちょっと黙っていてください。
「……」
「……」
か、会話が続かない! 沈黙が重いとは思わないけど、どうしたもんだか。
「明日も」
「へ?」
「明日も、一人で行動するつもりか?」
「あ、はい」
明日は、ある意味本番だから。邪神教徒達を、完全浄化しないと。
「何をするつもりか知らないが、覚悟だけは決まってるんだな。無理はするなよ」
「……はい」
無理……はしないけど、無茶はするかも? いやだって、一回で終わらせないとならないし。
『出力調整は完璧にこなしてみせます』
頼りにしてます、検索先生。
銀髪さんは紅茶を飲み終えると、「じゃあ」とだけ言い残して帰って行った。帰りは剣持ちさんのお迎え付きなんだね。
その背を見送って、ちょっと気合いを入れる。うん、明日は頑張ろう。
開けて翌日。朝食だけは集会場に食べに行き、じいちゃんにだけ、今日も夕飯は別で取る事をこっそり伝えておく。
「……そろそろ何をやっているか、教える気はないのかのう」
「ごめんね、じいちゃん。全部終わったら話すから」
「無茶はするんじゃないぞい」
う……じいちゃんは無茶するなって言うんだね。曖昧に笑って流したら、溜息吐かれちゃった。言っても無駄と思ったみたい。
今日は砦に戻って、そこで浄化を行う。ついでに、魔法ロボットをあれこれ置いてくる。
ちょっと留守にしただけで、ほこりが。はきこさんとふきこさん、頑張ってね。
畑の方は、じいちゃんの土人形がいじらしくも頑張ってた。ここはゆたかくんと交代してもらうから。今までありがとう。
温室にはうえきさんを。枯れてる植物はないようで、良かった。砂糖の木の収穫も、うえきさんに一任しようっと。
さて、丸塔の自分の部屋で、精神集中。マップを展開し、邪神教徒達の居場所を見る。
あれ? 赤い点が徐々に移動してるみたい。
『各地の呪物が消えた事により、異変を感じ取っているのでしょう。一箇所に集まれば、一網打尽に出来ていいかもしれません』
確かに。しかもこの点、凄いスピードで集まってるよ。
『魔法が使える者がいるのでしょう。元は南ラウェニア出身の者ですから、魔力を持っていても不思議はありません』
なるほどー。高速移動用の術式を持っているって事か。それで大陸のあちこちにばらけてたのかな?
『そうかもしれません』
検索先生と話している間にも、赤い点は一箇所に集まりつつある。一番離れているところの点が合流するまで、もう少しかかるかな?
マップを見つめていたら、はきこさんとふきこさんが入ってきた。あ、掃除の邪魔なんですね。出て行きますとも。
丸塔の屋上に出た。砦を入れている空間は拡張していて、今見える空や景色、吹く風も全て作り物だ。
でも、下に見える湖もそのまま、デンセット周辺の景色と何も変わらない。そういう風に作ってるからね。
「ちょっと帰りたくなったなあ」
『戻りますか?』
「うーん、それはジジ様達がこの旅行に飽きたらね」
一人で帰るのも何だし。そういえば、ジデジルの作ってる大聖堂は、どうなってるんだろう?
『基礎工事が終了し、現在は上物を作っている最中です』
おお、なら、完成は間近かな? 聖地の方からも、技術者を何人か呼んでるそうだし。
キッカニアの教会や、こっちの大陸への聖職者派遣もあるしね。ジデジルは大変だ。
『聖職者派遣にかこつけて、本人もこちらに来るかもしれませんね』
え? それはさすがに……ないとは言い切れないのがジデジルだ。まあ、こっちに来たら来たで、ユゼおばあちゃんにこき使われるだろうけど。
屋上に椅子を出して座り、のんびり待っていると、昼食前にやっと邪神教徒達が一箇所に集まったらしい。
「んじゃ、やりますか」
マップに向けて、手をかざす。集まった赤い点に向けて、威力マシマシの浄化を放った。
出力の方は検索先生が調整してくれるって――
はっと気づくと、辺りは夕暮れの景色に変わっていた。あれ? 私、邪神教徒の浄化をしたんじゃなかったっけ?
『無事に終わりました。ただ、抵抗があったので、想定以上の力を使う事になり、神子の意識が途切れたんです』
マジでー!? もしかして、邪神の神子が原因?
『はい。さすがは瘴気を扱って数百年の歴史を持つ邪神教徒、色々神も知らなかった隠し技を持っていたようです』
ん? 邪神って、百年くらい前に水面下で活動していたんじゃなかったっけ?
『そうですよ。最初の封印を破ったのが、それより百五十年程前です。最初の封印が施されたのが、さらに一千年以上前ですね。教団はその最初の封印より前に設立されたようです』
年期入ってんなー。よく千年以上も組織が保たれたね。
『いつの世も、世界を憎む人はいるという事でしょうか』
それで邪神教徒になるの? 逆恨みじゃね?
「それよりも、お腹空いた……」
凄い空腹感。亜空間収納に、何か入れてなかったっけ?
「あ、前に買った屋台の料理があったー」
これ、ローデンを出てダガードに向かってる最中で買い込んだやつだ。亜空間収納って、こういう時便利。
甘くないクレープっぽい生地に肉と野菜を巻いて甘辛いソースをかけた奴とか、ピタパンみたいなやつに魚の素揚げと野菜を挟んだやつとか。
おいしー。飲み物は旧ジテガンから送ってもらったフルーツで作るミックスジュース。これもおいしい。
空腹を満たして、ああ、幸せ。でも、まだこの椅子から立ち上がれない感じ。
そりゃ浄化しただけで、何時間も寝込む程疲労してるんだもんね……邪神の神子、恐ろしや。
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