第471話 意外な提案

 ウィカラビアの山中には、温泉は四箇所ある。街に引いてるのはその一箇所からの湯で、街から一番近い十番湯がそれ。


 一番遠いのは、実は最初に共同浴場を作った場所で、九番湯。そして今向かっているのは、街からちょっと離れた十二番湯。


「同じ距離に十一番湯もあるんだけど、疲労回復には十二番かなあって思って」


 ……返事がない。検索先生がただの屍になりつつあるよ。急ごうっと。散歩がてらと思ったのに、結局全力疾走してるよ。


 十二番湯は街からちょっと登ったところにある。大きく作られた窓からは、山々の眺望が楽しめた。


 走ったせいか汗かいたわ。服を脱いであらいさんに放り込み、かけ湯をしてから大きな湯船へ。


『ああ……生き返る……』


 お疲れ様でした。南北ラウェニア大陸より大きな大陸をくまなく探索したんだから、疲れるのは当然だね。


 誰もいない浴場は、お湯の流れる音だけが響いている。源泉掛け流しの温泉は、いつ来てもいいもんだ。


『極楽極楽』


 検索先生がそれ言うと、何か変な感じ。でも、本当に気持ちいい。最近手を抜いて、街中の共同浴場で済ませてたからなー。


 あれはあれでいいんだけど、やっぱり他の温泉にも入りに来ようっと。


 しばらく浸かっていたら、やっと検索先生が復活したらしい。


『ふう、やはり温泉はいいものです』

「そうですねえ。それで、情報はマップに反映されてるんでしたっけ」

『はい、邪神教徒達の位置と、現在瘴気をまき散らしている場所、それと、彼等の本拠地と思われる場所も突き止めました』


 おお、さすが先生。凄い。


『ふふふ、私にここまで手間をかけさせたのです。奴らは一網打尽にしましょう』


 あれ? 検索先生がちょっと壊れてる?


『私は壊れてなどいません。私から温泉を取り上げた罪は、万死に値します!!』


 やっぱり疲労で壊れ気味いいい!




 十二番湯からの帰り道は、素直にカートを使用した。これ、便利だよねえ。


 街から伸びる道も、カート使用を前提に作られているからか、坂道もなだらかで歩きやすいんだ。


 街中はさすがに階段もあるけど、よく見ると必ず近場にスロープがあるし、階段には手すりも設置されている。何と言うバリアフリー。


 階段も一段一段が低く作られているので、足を上げる苦労は少ない。おかげでジジ様達も簡単に歩き回れると言ってたっけ。


 カートでとことこ帰ったら、街の入り口に銀髪さんがいた。どうしたんだろう?


「どこに行っていた?」


 腕組んで偉そうに言われても。ここでは各自自由に行動してるはずですよ?


「温泉ですよ? 十二番の」


 普通に答えたら、「そうか」って小声で返すだけ。何が言いたいんだ? 銀髪さんってば。


 首を傾げながらも、街中に入って家に戻る。まずはマップの確認をだね。


「うー……うお!?」


 なにこれ。大陸の東側が真っ赤っか。これ、全部邪神教徒なんですよね?


『そうです。南ラウェニアから入り込んだ邪神教徒達が、東側で密かに勢力を伸ばしていたようです。ホーガン伯爵家に仕掛けた連中は、大陸に移動する前に分派した者達でしょう』


 はー。にしても、多いなこれ。いっそ一気に東に行って浄化した方がいいのかも。


『邪神教徒がいる場所よりも、現在瘴気をまき散らしている場所の方に注目してください。急ぐべきはそちらです』


 あ、そっか。今現在もあの瘴気漬けの街みたいな場所が増えてるんだっけ。


『残念ながら、間に合わなかった街もあります』


 う……


『神子の責任ではありません。瘴気をまき散らした邪神教徒が悪いのです』


 わかってます……わかってるんだけど、やぱりくるものがあるよ。


『なくしてしまった命もあれば、まだ救える命もあります。とっとと瘴気の浄化をしてしまいましょう。ここからでも出来るよう、ポイントを打っておきました!』


 ええええ!? ポイントで浄化って、出来るの?


『神子の力が向上してますから。ポイント間移動と同じで、ポイントを目印に浄化を行えます。しかも同時多発が可能です』


 おおう……段々自分が人から外れて行ってる気がするんだけど。でもまあ、出来るっていうのなら、やっておきましょうか。


 これ以上、被害者を出さない為にも。大事な事だから。


「うんじゃあ、補助はお願いします!」

『お任せください。浄化は最強の強度でお願いします』


 やっぱり、検索先生は頼りになるう。空間投影されたマップには、赤い点とは別に青い点が表示されている。ここが、瘴気漬けになってる場所か。


 青いポイントに向けて、それぞれ強めの浄化を送り込む。えいや!


「お、青い点が消えた」

『浄化完了です』

「浄化した街にも、邪神教徒がいるんですよね? そいつら、放っておいていいのかな……」

『問題ありません。不審者として、街の者達に捕まるでしょう。あれだけの浄化を受けたら、もう二度と瘴気に触れられません』


 って事は、邪神教徒でもいられなくなるって事かな? 強制改心までは無理だけど、瘴気を扱えないなら多分教団? にもいられないんじゃないかな。


 だって、あいつら瘴気を扱えるのだけが取り柄じゃない?


「って事は、この赤い点にも浄化をかければいいんですかね?」

『そちらは素性を隠して潜伏している連中です。浄化をするのなら、一度にやらないと逃げられます』


 じゃあ、さっきのと同じような感じでやればいいのかな?


『やるには、まず瘴気を生み出す呪物を浄化し、翌日に赤い点全てを浄化しましょう。さすがに一日に連続で強力な浄化を使うのは、神子の体に負担がかかります』


 そう……なのかな? 自分じゃわかりませんけど。


『鏡を見てみましょう』


 鏡? 何があるんで……


「ああ」

『わかりましたね? その姿で皆の前に姿を現せば、心配をかけますよ』


 ですよねー。鏡に映った私の顔は色が抜けて真っ白だし、唇にいたっては紫色だわ。これはやばい。


『既に午後の時間も遅くなっていますが、まだ夕日に当たる事が出来ます。少し外に出て、日に当たってください』

「そうします……」


 この家、平屋だけど後ろに庭があって、湖に面してるんだよね。で、ここって左から東、南、西の光が全部入るんだ。後ろの建物側が北だから。


 庭に出て、亜空間収納ならデッキチェアを取り出す。浜辺で使ったやつ。それに座って、ぼんやり湖を眺めた。


 明日には呪物を全部浄化して、明後日には邪神教徒全員を浄化して瘴気に触れられなくする。これで、瘴気関連は全部終わりだよね。


『そうなります。完全浄化の完成ですね』


 良かった。一応神子だから、瘴気関連は私の仕事だ。それをきちんと終えられるのは、嬉しい限り。


『……神からの連絡です』


 え? 神様? 珍しい。普段は何も言ってこないのに。


『この世界から全ての瘴気が浄化された際には、神子の願いを一つ、叶えてくれるそうです。何にしますか?』


 願い……願いねえ。それって、日本に帰る、って願いでも、叶えてくれるのかなあ?


『問題ないそうです』

「マジで!?」


 え? あれ? 日本には、帰れないんじゃなかったの?


『人の技では無理ですが、神が神子の為に一度だけ起こす奇跡を使えば、帰る事が出来ます』


 帰る……日本に……


『召喚された日時ぴったりに戻すそうです』


 とうい事は、ここでの時間はなかった事になるの?


『お望みなら、神子の記憶を消去するそうですよ。ただし、日本に戻ったら魔法は使えません。魔力が消えるからです』


 そっか……そうだよね……でも、そっか。私、日本に帰れるんだ。

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