別大陸での夏

第470話 山リゾート

 ウィカラビアの山脈に作った街は、大変住み心地がいい。この街を中心に、四箇所の温泉まできちんとした石敷の道が敷かれていて、行き来が楽。


 しかも、魔法で動くカートがあるので、歩かなくてもいい。もちろん、散歩代わりに歩いてもいいし、行きだけ歩いて帰りはカートという手もある。


 温泉三昧しつつ、運動も出来て至れり尽くせり。気が向けば、湖でボートを漕いだり、カヤックで川下りまで楽しめる。


「いやあ、いいなあ、ここ」


 ヤバい、ここから離れたくなくなってきた……


「厄介な人は来ないし、ご飯の心配はいらないし、旧ジテガンの果樹園からは定期的にフルーツが送られてくるし、もう最高」


 そう言いつつ、湖のど真ん中から周囲の山を見る。あー、いい景色。森の中を歩くのも気分がいいけど、こうして水上からの景色を見るのもいい。


 今度は高い木の間を歩けるような、空中歩道みたいなのを作ろうかなー。ちょっと離れた山の裾の方だと、割と高い木が多いんだよねー。


 そんなあれこれを考えていたら、背後から声がかかる。


「なかなかいいものだな、このカヤック、とかいうものは」


 銀髪さんだ。剣持ちさんの姿は見えない。どうやら、この街にいる間は護衛任務を解くとかなんとか言ったらしいよ。


 最初はショック受けてた剣持ちさんだったけど、今はじいちゃんと一緒にあれこれやってるみたい。


「のんびり湖を楽しむには凄く向いてるんですよー」

「だが、この間の川下りはなかなか大変だったぞ」

「あれはねー」


 川下りに使ったの、割と激流でした……ちょっと死にかけたよ。反省したので、もうちょっと穏やかな川に変更したくらい。


 検索先生程じゃないけど、護くんが山脈のデータを持っていたので、そこからいい感じの川を探したんだー。


 いや、本当に広いわこの山。ウィカラビアはよく手放したもんだよ。向こうも、まさか本当に盗賊を捕まえるとは思ってなかったんだろうね。甘いなあ。


 おかげでこんな広い山が手に入ったから、いいんだけど。




 午前中は何かしらのアクティビティ、お昼を食べて午後から温泉と散歩を楽しみ、夕飯を食べたら星空を満喫しつつ眠りにつく。


 なんとも優雅なリゾートライフを過ごしてます。だって、検索先生の仕事が終わらないと、何も出来ないから。


 ここに来て早十日。最短時間は越えちゃった。検索先生も手こずっているらしく、一回連絡が来てる。


『少し、時間がかかります。その場で待っていてください』


 珍しく疲れた様子の先生に心配したけど、問題ないとだけ残して連絡は途絶えてる。


 心配すぎて、ちょっと情緒不安定になったおかげで皆に心配かけちゃった。そこは反省。


「じいちゃーん、来たよー」


 今日は朝からじいちゃんのところ。背後には銀髪さん。ここに来てから、後ろにつかれてる事が多い。


「今日も元陛下と一緒かの」

「もう諦めた」

「諦めたとは何だ、諦めたとは」


 だって、何を言っても離れないんだもん。こういう時真っ先に文句言いそうな剣持ちさんも、何も言わないし。諦めるしかないじゃない。


「お前の側にいると、退屈せずにすむからな」

「退屈するのが本来の休日の過ごし方ですう」


 日本人が言っても、説得力ないけど。大体、退屈したくないんだったら、譲位なんかしなければ良かったのに。


 今日はじいちゃんと一緒に、木工を楽しむのだ。材料は山で取ってきた普通の木。決して魔獣扱いの木ではない。


 それを手作業で切って削って彫る。魔法を使わずに作るのは、久しぶりだなあ。


「それで、何を作るんだ?」

「ふむ。初心者にも簡単なように、ペン皿をと思っておる」

「ペンざら?」

「こんな風にの、ペンを寝かせて置いておく入れ物じゃ」


 こっちの世界、ペン皿の存在がなかったんだよね。ペンは立てて置く物という考えで。


 本当は、木工でもっと大物作りたいんだけど、魔法なしだと厳しいというじいちゃんの判断で、小物作成となりました。


 こういうの、観光地とかで作成体験とかあるよなー。なんかそれっぽい。


「……何を笑ってるんだ?」

「え? いや、何でもないです」


 やべ、思い出し笑いしてたみたい。


 結果、その日のうちに何とか仕上げて、色つけまでいったよ。染料は、木の実や草花の汁、鉱石なんかの山で採れたものを使用。


 絵付けの才能は、以外にも剣持ちさんが一番だった。絵心あるなあ。私は無難に水玉模様。銀髪さんも、結構綺麗な花模様を入れてた。


 じいちゃんに至っては、彫った部分に一色だけの色を入れて渋く決めてる。年の功かね。




 毎日温泉に入ってるせいか、肌の調子がとてもいい。ジジ様達も同じで、化粧ののりがいいとか言ってるよ。


 ユゼおばあちゃんは、一日の大半を教会で過ごしている。勝手に作った事は、怒られなかった。逆に喜ばれちゃったよ。


「嬉しいわ、ユーリカ。あなたが作ってくれた教会で祈りを捧げられるなんて」


 今更だけど、ユゼおばあちゃんだけは、私を前の名前である「ユーリカ」と呼ぶ。神子だとバレる前は、そういえば名前を呼ばなかったね。


 どうしてその名で呼ぶのか訊ねたら、こんな答えが返ってきた。


「私にとって、あなたの名前はユーリカ以外にないからよ」


 わかるような、わからないような。でも、ユゼおばあちゃんの好きに呼んでもらって構わない。どんなでも、名前を呼んでもらえるのが嬉しいから。


 日本のおばあちゃんも、私の名前をたくさん呼んでくれた。学校の先生も、友達も。


 唯一名前を呼ばなかったのは、父と母。人前ではさすがに呼ぶけど、大体呼びかける時は「おい」とか「あんた」とか。


 おばあちゃんに私の事を聞く時も、「あの子」としか言っていなかったっけ。もう二度と会わない人達だから、いいんだけど。


 だからか、こっちの世界で身近な人が名前を呼んでくれるのは、凄く嬉しい。偽名だけどね。でもいいんだ。




 そんなのんびりした日々を過ごしていたら、とうとう検索先生から連絡が入った。


『特定……出来ました……』

「本当ですか!? 検索先生! ってか、凄く疲れた感じ」

『結果はマップに反映させておきます……今は、一刻も早く……』

「一刻も早く?」

『温泉に……入れて……くだ……』


 うん、やっぱり検索先生ですね。じゃ、今から入りに行きましょうか。ちょうど午後だし。散歩がてら、ちょっと離れたところのお湯に行きましょうね。

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