第459話 ぎりぎり回避

 穏やかな王配殿下なら、ぶっ飛んだ事を言い出す女王様の手綱を握ってくれるだろうと期待したのにー!


「何と言われましても、嫌なものは嫌です!」

「何がそんなに嫌なんだ? そなたの望むものは何でも揃えるぞ?」

「この国、暑いから嫌です」


 あ、銀髪さんが噴き出した。領主様はぽかんとした顔をしている。そんなに、意外な理由だったかな?


「雨が多いから湿気も凄いし、気温も高くて不快指数が凄い事になってますよ! こんだけ高温多湿な場所で生きていけません!」


 エアコンも除湿機もないし。いや、魔法で何とか出来るっちゃ出来るけど。でも、リゾートには遊びに行くんであって、住みたいとは思わないのよ。


 生活するなら、いつもの住み慣れた場所の方がいい。


「確かに、我が国は冷涼な気候だな」


 肩を震わせながら、銀髪さんが呟く。


「だが、冬の寒さが厳しいぞ。お前、寒いのは嫌だと言って、一冬国を開けた事があっただろう」

「うぐ……で、でも冬の過ごし方はもう憶えましたから!」


 ちゃんと一冬越したもんね。半分くらい、温泉に入り浸ってた記憶だけど。でも、そのおかげで少年伯爵を救えたんだから、いいのだ。


 銀髪さんは、にやりと笑って頷いている。


「ならいい。女王、悪いがこれをそちらに譲る訳にはいかん。何せこの者は、我が国の……宝故」


 ちょっと銀髪さん、今「神子」って言いかけませんでした? 絶対そうでしょ!


 まあ、でも女王様に対抗してくれてるんだから、文句は引っ込めておこうっと。


 一応、ローデンの第三王子妃を二年やってたけど、未だに王侯貴族間のやり取りって慣れない。


「国の、宝? ならば、我が国の宝にもしよう! それならば文句はあるまい!?」

「あるに決まっている。我が国の宝だと、言ったばかりだろうが! それに、本人の意思もある。諦めてもらおう」

「そなた……何の権利があって、この場でそのような口を叩いておる!」


 えーと、あれー? 何か、普通に言い争いになってるんですけど? 何でー?


 あと、銀髪さんが元国王だって、誰も女王様に言わなかったんだ。まあ、今回の訪問に関しては、交易関連の条約やら何やらをまとめるのが目的だもんなあ。言わなくても、問題ないのかな?


「そちらこそ、我が儘が過ぎるぞ。一国の王たるもの、己の意思のみで動くべきではない」

「うぬ……黙れ! これは、我が国の為でもあるのだぞ!!」

「やはりこいつを利用しようという腹か。やめておけ。無理強いすれば、即座に逃げ出すぞ」

「我が国の民になれば、国の為に働くは当然の事! 否やは言わせん!!」


 おーい、本人ほったらかしで、何熱くなってんですか! 嫌だって言ったでしょ! もう、最終手段を使うぞごるぁああ!


『神罰申請を行いますか?』


 検索先生、仕事早! いや、まだいいです。もうちょっと、様子見します。つか、神罰でなくとも、強力浄化でどうにかならないかな……


『浄化は悪心を清めるものでもあります。なので、心から良い行いと信じている女王には、効き目はないかと』


 じゃあ、最終手段はやっぱり神罰かあ……あんま、乱用したくないんですが。


『既に、神子を国の発展の為に利用しようという発言がある為、神罰対象に入りかけています』


 うお! マジで? 女王様、ヤバいよ! 誰かあの人止めてええええ。


「いい加減になさいませ!」


 大声を張り上げて、女王様を制したのは、なんとマノンダ卿だった。え、この穏やかが服を着て歩いているような、マノンダ卿が、さっきの大声を出したの?


 あまりの意外さに、私だけでなく、女王様や王配殿下も驚いている。あ、銀髪さんもびっくりしているみたい。


「亡き父王陛下の御代より王家にお仕えして参りましたが、陛下、いえニヴェミナ様、なんとお情けない……ジェザバル殿下、あなたもです!」

「は、はい」


 わー、女王様夫妻が、声を揃えて姿勢を正した。


「国の為を思えばこその発言、提案でございましょうが、恩を受けた方に対して、あまりにも非情な振る舞い。このマノンダ、亡き父王陛下に顔向けが出来ません」

「い、いや、マノンダ、これはな」

「言い訳は無用にございます!」

「はい……」

「思い起こせば、ニヴェミナ様がお生まれになった頃――」


 何か、誰も口を差し挟めないまま、マノンダ卿による女王様育成日誌を聞かされてる。女王様、顔が赤いよ。


 そうだよね、私達がいる場所で、子供の頃の失敗談やら笑い話なんかを全部披露されてるんだから。こりゃ恥ずかしいわ。


「そして、父王陛下が身罷られる時、私を枕元に呼びこう仰いました。娘はまだ若輩者、侮られる事を恐れて殊更尊大な姿勢を取ろうとするだろう。その時には、どうか娘をいさめてやってほしい。病で痩せ細られた手で私の手をしっかり握り、涙ながらに仰られるその姿に、このマノンダ……」

「わ、わかった、もういいから」

「いいえ! よくはありません! 陛下には、今一度他者から受けた恩というものに対する考え方を学んでいただきます!」

「ええ」

「ジェザバル殿下! あなたもです!」

「ええー」


 こうして、その場はマノンダ卿の独壇場となったのであった。




 私達が王宮を出たのは、昼の時間をちょっと過ぎたくらいの頃。


「いや、マノンダ卿のおかげで助かったよ」

「まったくだ。それにしても、あの女王も調子のいい事を言う」

「まあ、大抵の王族なんてものは、あんなものですよ」

「それは、俺に対する皮肉か? ジンド」

「そうと取られるのなら、そうなのでしょう。カイド様には、ああはならないでいただきたいものですな」

「言ってろ」


 いやー、何かすっごく疲れましたよ。でも、何とか女王様には諦めてもらえたようだし、交易もちゃんと行えるようだし。結果良ければ全てよし、って事で。


「それにしても、サーリには悪い事をしたね。妙な事に巻き込んでしまって」

「いえいえ、ちゃんと守ってもらえたので、問題なしです」

「だそうですよ、カイド様」

「知らん」


 銀髪さんは、ぷいっとそっぽを向いてる。国の宝云々はちょっと言い過ぎだけど、余所に持って行かれないように頑張ってくれたのは、ありがたい。


 そういえば、検索先生が女王様が神罰対象に入りかけてたって言ってたけど、あれは解除になったのかな?


『ギリギリですが、回避しています』


 良かったー。それともう一つ、気になった事が。


『何でしょう?』


 国の為……というか、割と領の為に、領主様は私を使う事が多いんだけど、あれはセーフなの?


『彼の場合、神子が嫌がらないギリギリのラインを見極めているので、神罰対象には入っていません。神子が拒否すれば、無理強いはしませんし』


 なるほど。要は私が嫌がるか嫌がらないか、って辺りがデッドライン?


『神子の力を使う、という点では、そうですね』


 領主様、バランス感覚いいんだな。ある意味、私はダガードのコーキアン辺境領に辿り着けて、幸運だったんだ。


『それは、彼等にとってもそうでしょう。神子がいるおかげで、国が潤ってきています』


 あー、ダイヤモンドや金銀鉱山ですねー。


『それ以外にも、土地の浄化や人々の精神の浄化が、余所の土地に比べて格段に進んでいます。それもまた、神子のもたらす恵みなのです』


 えー、私には一切その自覚はありませんが。


『それでいいのです。神子の力は、無意識で発揮されるものが、一番純粋で強いのですから』


 そうなんだ……神子になって四年が経とうとしてるけど、初めて聞いた。


『ですから、神子はどこにいても、幸せを感じていればいいのです。そうすれば、周囲に恵みを振りまきます』


 私がハッピーなら、周囲もハッピーって事ね。よし、ではハッピーをより感じる為に、新しくできた温泉に行きましょうか。


『ぜひ!!』


 ジジ様達も誘っていこうっと。あ、じいちゃんも、労わないとね。通信システムを作って、疲れてるだろうから。


 銀髪さん達は……助けてくれたから、やっぱりお誘いしておこう。うん。



***

念の為

誤用がそのまま定着した方を使用しています。

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