第444話 控えの部屋にて

 なんとも言えない謁見の間から、控えの部屋へと通される。ここ、本来は王族が使う部屋で、貴族でも入る事はなかなか出来ないんだって。


「だったら入れなくてもいいのに……」

「文句は後にしろ」


 小声でぼやいたら、しっかり銀髪さんに聞かれてた。女王様や領主様、マノンダ卿は三人で何やら話し合っている。小声だから内容まではわからないけど。


 カムゼス卿の家族……特に夫人はマノンダ卿夫人が励ましている。安全なはずの家から、いきなり攫われたんだもんなあ。そりゃあショックでしょ。


 子供達も、一番上のお姉ちゃんは十五、六……に見えるから、実年齢はもうちょい下かもしれない。彼女も青い顔をして俯いている。


 下の小さい子達はよくわかっていないみたいだけど、周囲の空気に怯えて泣きそうだ。


 子供だけでも別室に……と言いたいところだけど、多分家族を引き離すのは母親と長女が嫌がりそうなんだよな。特にお姉ちゃんの方。弟妹達の手をぎゅっと握りしめてるもん。


 私はじいちゃんと一緒。銀髪さんと剣持ちさんも、こっち側。そこに、例の王配殿下がやってきた。


「やあ、ちょっといいかな?」


 この場で決定権を持ってるのって、銀髪さん? ちらりと彼を見たら、小声で「好きにしろ」と言われた。


「どうぞ」

「ありがとう。君が、清流の滴を持ってきてくれた人なんだね?」

「えーと、はい、そうですね」

「凄いな……あれは、北の湖の巨大魚からしか取れないのに」

「あー、大きかったですね、確かに。でも、美味しかったですよ?」


 私の一言に、銀髪さんが噴き出した。剣持ちさんも、肩が震えている。いや、あんたらも旨い旨い言って食べただろうが!


 身は淡泊だって検索先生が教えてくれたので、醤油と砂糖を使って甘辛い味付けにしたら、大好評でした。


 私の言葉に、王配殿下は目を丸くしている。


「お、美味しかった?」

「ええ、食べでがありましたね。何せ大きかったので」


 実は、まだ身は残っている。今度は唐揚げとかどうだろう? 塩味と醤油味に加えて、ハーブやスパイスを入れたのもいいかも。


 王配殿下、とうとう笑い出しちゃった。女王様が何事かとこちらを見てるんですが。


 それには手を挙げて心配ないと知らせ、王配殿下はまだ笑っている。


「いや、済まない。まさか、あれを食べる者がいたとは」

「何なら、試食してみますか? あ、毒味とか必要かな……」

「命の恩人相手に、疑うような事はしたくないな。私一人なら、問題ないよ。陛下に献上するとなると、どうしても必要になるけれど」


 ああ、そうですよね。国のトップともなると、色々と面倒な事があるんだろうな。


 ちらりと銀髪さんを見る。この人も、ちょっと前まではそういう面倒臭い中に生きていた人だ。


「……何だ?」

「何でもないですー」


 本当は何か言いたいんだけど、うまく言葉に出来ない。同情したいのか、それとも労いたいのか。もっと別なのか。


 うーん、本当、言葉って難しい。


「実はね、公の場じゃない場所で、礼を言いたかったんだ」

「え?」

「ありがとう。君が持ってきてくれた清流の滴のおかげで、私は死なずに済んだ」


 あー、命の恩人って言ってましたもんねー。でも、あれは検索先生に言われてついでに取ったものだからなあ。


「えーと、私にとってはたいした事ではないので……」

「それでも。この身が生きているだけで、回避出来る戦があるんだ。この国も、そして私の故国も、あなたには感謝しても仕切れない」


 あれ? 話が何だか重い方向へ行ったぞ? 思わずじいちゃんを見る。じいちゃんは、銀髪さんを見た。スルーパスしたな!


「我々はここに来て日が浅い。失礼だが、王配殿下の故国というのは……」

「この国の北に接するニエハットという国だ。私はそこの第五王子だったんだよ」


 五番目の王子様かー。だからお婿に出されたとか? あれ? そういえば、マノンダ卿が女王様には心に決めた人がいるって……


 あれ、目の前の王配殿下の名前だったはず。


「ニエハットは、キルテモイアとは長い付き合いでね。その分、ジテガンとの対立にも関わる事が多い」

「……あなたの病に、ジテガンが関わっていると?」

「私が得た病は、呪いが元になるものでね。ジテガンか、それとも別の誰かが、私を呪ったという事だ」


 何ですとー!? あ、王配殿下の言葉で、部屋中の視線がこっちに集まっている。


「ジェザバル、そのような事まで通りすがりの者に――」

「いいえ、陛下。偶然とはいえ、彼等がいてくれなければ私は命を落とし、キルテモイアもニエハットも戦に巻き込まれていたでしょう。それを救ってくれた彼等には、知る権利があると思います」


 おお、王配殿下は律儀な人なのかな? と思っていたら。


「欺されるなよ? この男、俺らをこの国のゴタゴタに巻き込むつもりだ」


 いえ、それ領主様が既に画策している事ではないの? 向こうもこっちも巻き込むつもり満々なら、もう逃げられないんじゃないかなあ。


『ぜひ、巻き込まれましょう。そして、ジテガンの王家を潰すのです!』


 ……検索先生、積極的にそんな事を言い出す裏には、やはり。


『ジテガンには、多くの温泉が湧きます!』


 やっぱりー。


 検索先生がやる気な以上、私は働かされるのが決定だなこりゃ。


『その分、いい事もあります。キルテモイアもジテガンもニエハットも、多くの果実がありますから』


 何!? もしや、それを手に入れる機会に恵まれると!? これだけ暑い国なら、南国フルーツだな?


 よし、やる気出てきた。




 その後も王配殿下からあれこれ聞いていたら、とうとうカムゼス卿が来たらしい。ベーゴ卿を伴って。


「ふん、謁見の間まで引きずり込んでしまえば、後はどうとでも出来る」


 女王様、凄い好戦的なお顔。あ、ちょっとジジ様を思い出すわ。


「ここの女王を見ていると、お婆さまを思い出すな」


 ははは、銀髪さんも同じ事考えてたわ。ジジ様はこの女王様程前に出る人じゃないけど、割と好戦的な性格してるよね。


 私達は、お声がかかるまで引き続きこの部屋で待機。謁見の間は、一度入ってしまえば大勢の兵士が警護をしているので、簡単に逃げ出せないらしい。


『神子、もうじきカムゼス卿とベーゴ卿が謁見の間に入ります。その後、部屋全体を結界で覆ってください。それと、女王と王配、マノンダ卿の周囲に防御の結界を』


 え? それって……いやいや、今は考えてる場合じゃない。先に女王様と王配殿下、マノンダ卿に結界を張り、謁見の間に注意を払う。


 あ、カムゼス卿達が入って、扉が閉まった。今だ!


「サーリよ、何かあるのか?」

「検索先生から、結界を張れって言われた」

「そうか……」

「けんさくせんせい、とは、何だ?」


 やべ、銀髪さんがいるの、忘れてた。


「そういえば、どうやってベーゴ卿やその背後を知ったんだ? いつ調べた?」

「えーと……」

「カイド様、その辺りは後で。今は、謁見の間に集中しましょう」

「む……後で、しっかり聞くからな」


 いや、忘れてくれていいですよ。

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