第406話 道具は丸投げ

 一週間ぶりのツオト村は、何だか賑やか。何かあったのかな。


「ユゼおばあちゃーん」

「あら、いらっしゃい」


 ユゼおばあちゃんは、治療院の定位置でお茶を飲んでいた。おばあちゃんが飲むのは、いつも薬草茶。あの独特の香りが好きなんだって。


 そのお茶を飲む器は、ちょっと前に送った陶器のもの。取っ手がないタイプで、緑茶を飲むのに向いてそうなデザイン。茶托も妖霊樹で作ったよ。


 普段使いにはいらないかなあとも思ったけど、あって邪魔って事はないからさ。


 実はあの器、ちょっとだけドラゴン素材を混ぜ込んで作ってある。なので、薄い割に保温性が高いんだ。


 ユゼおばあちゃんは、熱いお茶が好きだから。


「治療院、人が少なくなったね」

「ええ、皆元気になって去って行ったわ。いい事よ」


 治療院は、怪我や病気の人を診る為の施設だから、ここに人がいないって事は、皆元気って証拠。


 寒さもこの冬限定でしのげるし、食料も豊富にある。栄養が足りてなくて病気がちになっていた人達が多かったから、これで大丈夫だろう。


 領内の政は、仮の代官が王宮から派遣されてさくさく仕事を進めているらしい。本来は領主の仕事だったんだけど、少年伯爵があんな目に遭ってたからねえ。


 税金やら流通やら公共のあれこれが大変な事になっていたっていうから、少しはましになるんじゃないかな。


 その少年伯爵は、結局この冬一杯は治療院で療養生活をする事になったんだって。


 やっぱり長い事瘴気にさらされていたから、影響が大分残っているらしい。


「でも、浄化のおかげでかなり良くなっているのよ。それがなかったら、もっと長引いていたでしょう」


 瘴気には浄化が一番効くって訳だ。




 しばらくユゼおばあちゃんとお茶をしておしゃべりする。見たところ、疲労はあまり溜まっていないようだ。良かった良かった。


「私よりも、そろそろジデジルが限界かもしれないわねえ」

「そういえば、姿が見えないけど……」

「そりを使って往診に出ているのよ。ここまで来られない人が多いから」


 なるほどー。そりに関しては、王宮から派遣された兵士達が出してくれてるんだって。


 にしても、あのパワフルなジデジルが疲労困憊とは……


「あら、違うのよ。どうやらあの子、あなたに会えないのが辛いらしくてね。日々泣き言が鬱陶し……酷くなっていて」


 そうか……鬱陶しい泣き言を言う程か……さすがストーカー、神子成分が足りないってか?


「という訳で、あの子の顔を見ていってちょうだい。この冬一杯、ここでこき使う予定だから」


 ユゼおばあちゃんの中で、ジデジルってどういう位置づけなんだろう? 偶に疑問に思うよ。


「神子様! いらしていたんですか?」


 少年伯爵が、部屋から出て来てこちらを見つけた。それはいい。治療院の中とはいえ、歩く事は大事。


 でも、その「憧れています!」ってのがあふれ出てるキラキラの目で見るのはやめていただきたい。


 確かに神子だけど、普通に接して普通に。


「そんな! 出来ません。神子様には、私自身はおろか、先祖の憂いも領内の問題も解決していただいたのです。感謝の念に堪えません」


 えー、それはそのー、ついでというか何と言うか。ホーガン伯爵領だから助けたっていうより、瘴気が関わっていたからだし。


 私、これから先も少年伯爵にこんな目で見られ続けるんだろうか。


「ただいま戻りました……神子様!」


 あー、厄介なのも戻ってきたー。帰ってきたばかりのジデジルは、上着を脱ぐのも忘れてこっちに走り寄ってくる。


「神子様! 私、もう我慢出来ません!」

「ええー?」


 珍しいジデジルの弱音だ。そんなにユゼおばあちゃんにこき使われるのが嫌になったのかな。


「これ以上、神子様と離れて暮らすなど、拷問以外の何者でもありませんよ! どうか、私を砦に戻すか神子様がこの治療院に居続けてください!!」


 そっちか! そういやさっきも、ユゼおばあちゃんがそんな事言っていたっけ。でもねー。


「甘えんな」

「ええー、そんなあ」

「大体、これまでだって、聖地とローデンで離れて暮らしていたでしょ。もっと言えば、こんなに近くで過ごすのなんて、砦に移ってからが初めてじゃない。それまでの事を考えれば、大丈夫やっていける」

「うう……人間、贅沢を知ってしまったからには、元には戻れないんですよう」


 私は贅沢品か。


 でも、その日は夕飯時まで治療院に残って、三人とおしゃべりしたりお茶を飲んだりご飯を食べたりした。


 帰り際、あれだけ疲れ切っていたジデジルが、やけにお肌すべすべになっているのが解せなかったけど。私はスキンケア品じゃないのに。


 おしゃべりの中で、こっちの領でも例年雪かきは重労働だという話を聞いたので、いっそデンセットに渡した除雪用道具をダガードに広めようかと。


 領主様にお願いすれば、問題ないでしょ。今年は間に合わなくても、次の冬には何とかなるんじゃないかなあ。


 あれは魔法を使わない、普通の道具なのでどこの工房でも楽に作れると思う。作り方さえ教えておけば、大丈夫でしょう。丸投げは楽でいい。


 砦に戻ったら……って、もうおそい時間だから、明日でいっか。

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