第395話 実験

 あ、少年伯爵に、森での伐採許可をもらうの、忘れてた。いや、今はそんな場合じゃないね。後にしようっと。


「そういえば、サーリ。例の魔物の死骸は、今どこにある?」

「えーと、私が持ってます」

「見せてくれないか?」

「……見せるのはいいですけど、これは渡せませんよ?」


 もう無害な代物になってるけど、色々調べられて万が一にも同じもの、もしくは似たようなものを作られたら困るから。


 でも、領主様の目がきらーんと光る。あ、これヤバいやつだ。


「ほう? 何故かな?」

「えーと、もう無害なんですが、万が一という事がありますので」

「そんな危険なものを、君に持たせておく訳にはいかないだろう?」

「大丈夫ですよ。私、神子ですから!」


 あーあ、自分で言うのは何だかなー。でも、これで領主様が引いてくれたからいいや。


 神子の浄化能力って、超強力なので有名だからね。何せ邪神すら完全浄化するくらいだから。


 あ、でも世間的には再封印されたって事になってるんだっけ。


「魔物の死骸は、じいちゃんに調べてもらおうと思ってるんです。出所とか、気になるし」

「なるほど……確かに賢者たるバム殿に調べてもらうのがいいね。何かわかったら、情報はこちらにも教えてほしいんだが」

「わかりました」


 全部教えるとは限らないけど。多分、領主様もその辺りはわかっているんだろうなあ。笑顔が怖いよ。


 銀髪陛下と剣持ちさんは、おとなしいね。難しい顔をしてはいるけれど、何も言わないし。


 まあいっか。とりあえず、ユゼおばあちゃん達にも見せておきたいし、例のものを出すか。


 亜空間収納から、魔法処理された魔物の死骸が入ったビンを出す。


「これが……」

「真っ黒い塊だな」

「……特に臭いもないようです」


 領主様と銀髪陛下、剣持ちさんの反応はそれぞれだねえ。ユゼおばあちゃんは険しい顔でビンを睨み付けている。


「このようなものが……」

「検索先生曰く、百年は前に作られたものなんだって。で、その頃からこの領にあったらしいんだけど」

「百年? ……陛下」

「百年前なら、ホーガン伯爵家が今より大きかった頃だな」


 え? そうなの?


「ホーガン伯爵家は、本来侯爵家だったんだが、ちょうど百年近く前に不祥事を起こし、その結果領地を減らされ伯爵位に落とされたんだ」


 一体何をやったんだろう? 爵位を落とされるなんて。侯爵家って言ったら、大貴族だよね? まあ、伯爵家も上級貴族だけどさ。


 でも、通常は両者の間には越えられない壁があるんだよね。伯爵家はなかなか侯爵家になれないし、侯爵家も伯爵家に落ちる事はまずない。


 ダガードは違うのかな?


「国王陛下、差し支えなければ、ホーガン家の不祥事を、お教え願えませんか?」

「……王族殺しをやったんだ」

「え!?」


 おっと、思わず大きな声が出ちゃったよ。驚いてジデジルがこっちに顔を出したくらい。


「あ、ジデジル、伯爵の様子はどう?」

「穏やかにお休みですよ」

「そっか。……で? 一体王族の誰を殺したんですか?」


 話の途中で遮っちゃったからね。銀髪陛下がちょっと眉をひそめたけど、文句は言われなかった。


「侯爵家に降嫁した王女だ。つまり、当時の侯爵は王家からもらった妻を殺したんだよ」


 うわあ……何がどうしてそうなった。王家のお姫様を奥さんにもらったりしたら、一族挙げて歓迎しそうなところなのに。


「侯爵は、どうしてまた奥方様を手にかけるなどなさったんでしょう」

「記録では、当時侯爵には流れ者の愛人がいたそうだ。その愛人との仲を邪魔されたくなくて、王女を殺害したと供述したらしい」


 うへえ……そんなに別れがたい相手だったのかね? だったら降嫁前に結婚話を断れば良かったのに。それが出来ないのが、貴族社会かー。


『その話にも、例の死骸が影響しているかもしれません』


 え?


『瘴気の影響の一つに、著しい思考能力の低下があります』


 考える力が弱くなったから、奥さん殺して愛人とヒャッハーって考えついたって事?


『十分有り得る話です』


 それはまた……という事は、ホーガン伯爵家に仕掛けられた瘴気は、家を取り潰そうとした結果?


 だから、家臣団の二人も、あんな行動に走ったっていうの?


『欲望の肥大化も、瘴気の影響としては有名なものです』


 頭を整理しよう。百年前に、魔法処理された魔物の死骸はホーガン伯爵家……昔は侯爵家に持ち込まれた。


 おそらくそのせいで、その頃の当主が降嫁してきた王女様を手にかけてしまい、結果爵位を伯爵に落とす事になる。


 で、百年かけて領内にじわじわ瘴気を行き渡らせて、欲深い連中の欲をさらにかき立てさせ、結果今回の少年伯爵の衰弱と、家臣団の横行を招いた。


 どっちにしても、ホーガン家に対する恨みが凄いんですが。


『とも限りません』


 というと?


『実験だったのではないでしょうか』


 実験? 何の? え……まさか……


『瘴気が人と環境にどのような影響を及ぼすかの、です』


 それにしては、気の長い話じゃない? 百年なんて、人間の生きる時間ぎりぎりだよ。


 この実験を企んだ人が二十代そこそこだったとしても、今の結果を見られる程生きられるとは思えない。


『一個人とは限りません』


 って事は、組織が実験してるって事?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る