第388話 ガリガリの盗賊

 温泉行きから戻って、じいちゃんは頻繁に砦を留守にする事が増えた。何やら企みの予感。


「じいちゃん、今日も出かけるの?」

「うむ。今度は三番湯じゃ」

「そっか……」


 本当に温泉に行ってるだけなのかなあ。まあ、じいちゃんがどこに行こうと、詮索する権利なんかこっちにないからいいんだけど。


 元々、一人で生きていける人だからね。多分、この砦に留まっていたのも、私がやっていけるかどうか、心配したからだろうし。


 神子だって事が一部の人にバレたけど、そこから他には広がっていないし、このまま平穏無事に過ごせそう。


 つまり、じいちゃんの心配は消えた訳だ。いきなり旅に出るとか言い出されても、笑って送り出せるように覚悟を決めておこう。


 寂しいけど、いつまでもじいちゃんに頼り切りもよくないから。


 もう一つ、温泉行きから変わった事がある。砦の中と、知っている人の前では元の姿に戻した事。


 これには、じいちゃんに幻影の使い方を詳しく教わったからってのもある。今まで習ってなかったのかよ、というツッコミはなしで。


 通常は黒髪で、砦から出る時には、基本これまでの姿を幻影で作る事にした。


 実は、五番湯に滞在中に王宮組からリクエストされた事がきっかけ。これまでは髪や目の色素を魔法で変えていたら、簡単に元に戻せなかったんだよね。


 で、お願いされてもすぐには戻せないなーと思っていたら、検索先生から助言が。


『賢者が何やら有効な術式を知っているようです』


 何故そのものずばり「幻影術式」と言わなかったんだろうね? 最近の検索先生は、ちょっと変。


 それはともかく、幻影で誤魔化す事を憶えたので、普段は黒髪の姿になってる。


 実はこれ、一番喜んだのはジデジルなんだよねえ……


「やはり、神子様にはそのお姿が似合います」


 毎朝うっとり言われるのも、もうそろそろ慣れた感じ。大体その後、ユゼおばあちゃんに頭をぺしっと叩かれてるしね。




 北国ダガードの冬は長い。やっと年を越して、南ならそろそろ春の兆しが見えてきそうなものなのに、ここは連日猛吹雪。


「今日も凄いねえ」

「外の雪はどうしましょうか?」


 あー、そういやミシアは温泉の後、またしてもフィアさんが寂しがるので母娘で五番湯に置いてきたんだっけ。しょうがないから始末してくるか。


 ミシアからは毎日スーラさんで連絡が来るけど、それなりに楽しんでいる模様。


 まあ、あそこにいれば寒さとは無縁だし、病み上がりのフィアさんにはいい湯治になってるんじゃないかな。


 退屈しないようにって、二人の為に叔父さん大公が大量の本の輸送を頼んできたし。二人揃って読書三昧だと思う。


 そして私もやることがないから、読書三昧。実は砦の地下の開発をまだ諦めていなかったりする。


 何か浮かぶイメージがどれもいまいちで。何かいいアイデアが浮かばないものかと、普段は読まないようなジャンルの本も片っ端から読んでる。


 現在読んでるのは、この国で流行の恋愛小説。シンデレラ願望って、こっちでもあるんだね……


 冬が終われば、いよいよ向こうの大陸との交易の為、船が出る。船団を組んでいくらしく、私が亜空間収納内で作ってもらった船も入るんだー。


 向こうの大陸も、前の冬に行った時は、同じ緯度を西へ西へと進んだだけなので、北や南がどうなっているのか知らない。


 だから、今回の航海でその辺りを知れたらなーと思ってるんだ。


 そして、バニラとカカオを見つけるのだ! 他のスパイスが向こうの大陸から入ってきてるんだから、その二つも絶対あるはず!


 てか、検索先生がそれっぽい事を言ってるんだから、確実でしょ。あー、楽しみ。


 カスタードクリームやプリン、チョコレート。何よりチョコレートとココアが手に入れば、お菓子の幅が広がるし、ココアは飲んでもいい。


 砂糖の直接輸入も始まるかもしれないし、夢が広がるねえ。


「……よし!」


 雪の間は大聖堂建設もストップするから、ユゼおばあちゃん達と一緒に温泉行ってこよう。


 五番湯以外なら、どこでも大丈夫だろうし。別に五番湯でもいいんだけど、あそこは親子水入らずで過ごしてるからね。


 という訳で、一番湯に来ました。雪降ってるならここかなって思って。


 砦の辺りは猛吹雪だったけど、こっちは山の中なのにしんしんと降ってるだけだね。吹雪いてなくて良かった。


 まあ、吹雪いていたとしても、敷地には結界を張ってあるから、特に問題はないんだけど。ほら、景色が……ね。


 そして一番湯に来たら、とーるくんが何か捕まえていた。……盗賊?


「こんな雪の中、盗みに入るなんてねえ」

「盗賊も死活問題なんでしょう」

「見たところ、大分痩せ細っているわね……」


 確かに、ユゼおばあちゃんが言うようにガリガリだ。もしかして、どこかの村か何かで食い詰めたとか?


 うーん……犯罪を犯していないのなら、助けるけどなあ。あ、そうだ。


「強めの浄化をかければ、自白するかも」

「そうね。それがいいと思うわ」

「さすがです、神子様」


 ジデジル、すっかり呼び方が昔に戻っちゃってるよ。またサーリって呼ぶよう、言わなきゃ。


 さて、浄化の結果はどうなるかな?

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