第382話 飴と鞭
造船所の建物の中は、見た目通り広かった。
「おおー」
「広いだろう? これだけ広いのに、屋根が落ちてこないのは賢者様の腕なのだろうな」
これだけ大きな建物だと、普通は屋根を支える柱が中に必要だからね。それがいらないのは、じいちゃんが魔法で強化を施しているから。
屋根にもだけど、壁との境目や壁自体にも。だから重みで屋根が落ちてくる事はない。
船大工のおじさん達も、口々にじいちゃんを褒め称えている。
「いやあ、この建屋のおかげで仕事がしやすいったらねえよ」
「本当に、賢者様々だな」
へへへ。身内を褒められるのは、何か嬉しいね。おっと、こんな入り口でほんわかしている場合じゃない。
「それで、料理はどこに置けばいいんですか?」
「ああ、奥に厨房がある。そこに運んでほしいんだ」
「了解でーす」
奥か。厨房、広いといいなあ。あの食料棚、全部置けるくらい。
そんな事を考えながら、ゼヘトさんが教えてくれた方に向かおうとしたら、彼とおじさん達から待ったがかかった。
「ちょっと待て。食料を運んで来た一団はどこだ?」
「俺らの食いもんって言ったら、かなりの量だろう?」
「この雪の中を運んでくれた連中も、労ってやりてえんだよ」
「え?」
おやー? 何だか行き違いがある感じ。
「料理を持ってきたのは、私だけですよ?」
「え!?」
三人で声を揃えて驚いてる。おじさん達はまだしも、ゼヘトさんって魔法士だよね? 驚くような事?
「収納の術式は知ってるんでしょう?」
「そりゃ知ってるが、一人で運べる量なんて、たかが知れてるだろう」
あー、そっかー。じいちゃんクラスならまだしも、一般の魔法士が一人で収納出来る量って三畳くらいの部屋に入れられるくらいだもんね。
「私の収納、とってもたくさん入るから大丈夫です!」
何せ亜空間収納だからね! 実質上限はないよ。
でも、三人は「でも」とか「しかし」とか言ってる。いいから、厨房でちゃんと運んで来た事見せるから。
押し切る形で向かった厨房は、これまた良い感じで広かった。じいちゃん、ナイス!
で、亜空間収納から食料棚をどんどん出して並べていったら、三人仲良く顎を外しかけていた。
おじさん達とは違う意味で、ゼヘトさんが驚いているのがわかる。うん、こんだけ収納出来る人って、そうそういないからね。
「こんな……賢者様並じゃないのか……」
おっとやばい。これはとっとと逃げ去った方が得ですね。
「じゃ! 配達終わりましたから、これで帰りますね! 戸棚は普通に開けられるし、中にたくさん料理が入ってると思いますから!」
足りなくなったら、また領主様にでもお願いしてください。その時は、じいちゃんに配達をお願いしようっと。
背後から「こんな雪の中を!?」と焦って引き留める声が聞こえてくるけど、このままここにいた方が危険な気がする。
まー、神子だってバレたら砦持って向こうの大陸の山奥にでも逃げるけどね。その場合、ユゼおばあちゃんはいいけど、ジデジルは置いて行かないとな。
何とかゼヘトさん達を振り切って、建屋の外に出て入り口の扉を閉めたところで、ポイント間移動を使い砦に帰る。
これで追いついた彼等が扉を開いても、誰もいない。……あれ? これってちょっとしたホラー?
これが原因で、戸棚の料理を廃棄、なんて事になってませんように。幽霊が運んだ料理なんて食べられない、なんて事にはならないよね?
「おお、お帰り。……何じゃ? そんなところで突っ立ったまま唸りおって」
「じいちゃん……」
「……何かあったんかの? 話は中で聞くとしよう」
現在時刻はちょうどお昼の辺り。そろそろユゼおばあちゃん達も帰ってくるでしょう。
今日は支度が間に合わないので、前に作って収納しておいたシチューを出す。これ、お肉は飛びウサギだっけ。おいしいんだよなあ、あれ。
昼食の席では、和やかな会話が交わされる……はずだったんだけど、何故かジデジルが殺伐としている。どうしたの?
「実はね」
苦笑気味にユゼおばあちゃんが教えてくれた事によると、この雪のせいで建設スケジュールが遅れ気味なんだって。
北の人って、雪の時は仕事はお休みって思ってるから、いくら魔法で雪が吹き込まないんだって言っても、仕事しないんだって。
あれ? でも港街の船大工さん達は、あの建屋の中で元気に仕事していたよ? 何で?
「船大工は技術職じゃからのう」
「建設現場で働いているのは、近隣の街や村から来た出稼ぎの人達なの」
「だからか、隙を見ては怠けようとするんですよ! おかげで妨害がなくなったというのに、進捗状況がよくないったら!」
それでジデジルが不機嫌なのか。技術職は、聖地から派遣された聖職者だから、サボる事はないそうだけどそれでも出稼ぎ組がサボると影響は大きいらしい。
でも、大聖堂建設って何年もかかる大工事だよね? 数ヶ月くらいは誤差なんじゃないの?
そう言ったら、珍しくジデジルが声を荒げた。
「いいえ! 神の家たる大聖堂を建てるのですよ!? 少しでも早く完成させようとするのが、人の正しいあり方です!」
しまった、ジデジルって、神子である私に対する執着が凄いけど、それは神への信仰心から来るものだったっけ。
鼻息荒く、今にも自身の信仰に対する考えを演説しようとしていたところに、ユゼおばあちゃんの声が響く。
「ジデジル、少し落ち着きなさい」
「は! ……も、申し訳ありません」
ユゼおばあちゃんの一言は、絶大な効果があった。しゅんとするジデジルに、ユゼおばあちゃんが優しく説く。
「ジデジル、神への信仰は人それぞれです。自分の信仰心を押しつけるのは感心しませんよ?」
「はい、ユゼ様。常日頃言われていた事だというのに、すっかり忘れ去っていました……」
「わかればよろしい。何、怠ける者達には、日当を減らすと言えばいいのです。逆に日々きちんと仕事をこなす者には、日当を増やすのです。人を動かすには、飴と鞭ですよ」
「そうか……そうですね! ユゼ様。早速午後から取り入れようと思います!」
「頑張ってね」
……じいちゃんの顔をちらりと見ると、なんとも言えない表情になっていた。ミシアも。何と言うか、聖職者の現実を見た気がする。
さすがは聖地を牛耳っていた元教皇だよね。
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