第376話 夜会での出来事

 ドレス責めにあった日の夕方には、ユゼおばあちゃんを奥宮に連れてくる事に成功した。


 すぐに領主様に話をつけてもらって、お姉さんが捕まっている牢屋に案内してもらう。


「それにしても、あの女が瘴気を持っているとはねえ……」


 案内は、何故か領主様自らしてくれた。いや、別に衛兵の人に頼んでくれればいいんですけど。


 王宮の最下層に、古い牢屋があるそうで、お姉さんはそこに放り込まれているらしい。


 こんな日も差さない場所に? ちょっとお姉さんに同情しそう。


「本人に会いますか?」

「いいえ、ここで十分ですよ」


 実は、浄化は近くに行く必要はない。場所さえはっきりわかっていれば、遠くからでも出来るんだ。


 でも、お姉さんがどこにいるかわからなかったし、ちゃんと「おばあちゃんが浄化をかけた」って領主様達に知ってもらう為に、ここまで来た。


 そう、今回ユゼおばあちゃんを呼んだのは、完全にパフォーマンスだ。ごめんね、おばあちゃん。身代わりに使っちゃって。


 さて、浄化を使ったら凄かった。牢屋の向こうから懺悔する声が響く響く。


「もう牢屋から出しても問題ないでしょう」


 ユゼおばあちゃんがにっこり笑って領主様に告げたので、お姉さんは暗い地下牢から出されましたとさ。




 そんなあれこれがありましたが、時間が経つのは早いよね。今日はもう夜会の日ですよ。


 夜会というだけあって、開かれる時間が遅い。早めの夕飯を食べて、夜会に出席したのはもう夜の十時を回る頃。


 日本にいた頃は、このくらいの時間でも外にいる子はいたけど、こっちって街灯もないから夜は暗いのに。


 そんな暗い夜でも楽しんじゃうぜ、それだけの権力と金を持ってるからな、ってのを見せつけるのが夜会だと思ってる。偏見だってのは認めるよー。


「で、この格好ですか……」


 現在の私は、辺境伯夫人が選んだドレスを着て、髪を布でくるんで隠し、その上からベールをかぶっている。手には水晶玉。


 見るからに、怪しいなんちゃって占い師。どこのコスプレですか。まあそれはいい。いいんだけど。


「何でエスコートが銀髪陛下……」

「何か文句があるのか?」


 文句なら山程あるさ! って言いたいけど、多分言い始めたらあっという間に終わりそう。


 もうね、この場に連れ出されたのは諦めた。こうなったら、特等席で楽しもうではないか。今夜の断罪劇を!


 いや、断罪という皮を被った茶番かな。


「そろそろ見えてくるぞ」

「了解です」


 今夜の私の役目は、見たまんまの怪しい占い師……ではなく、銀髪陛下が懇意にしている異国の魔法士って設定。


 だから来ているドレスも、ちょっと異国風。夫人、どこからこんなドレスを調達したんだか。


 左手に持った水晶玉を胸元に掲げ、右手は銀髪陛下に預ける。あちこちから鋭い視線が飛んでくるのは、きっと群れのお嬢様達だな。


 あの時の子達でなくとも、似たような属性というか、立場というか。あれだ、銀髪陛下のお妃様の座を虎視眈々と狙う群れだよ。


 狙うのはいいんだけど、こっちを敵視するのはやめていただきたい。私、地位も身分もない一介の魔法士でございますのよ。


 そんな地獄の中、銀髪陛下はこちらを気にしながら進んで行く。目指すはホールの奥。ここに、仕掛けが施してあるのだ。


 そして、私達がホールに入ってきた時から、こちらをロックオンしていた人達がわらわらと寄ってくる。


 これからここで何が行われるかも知らないで。


「陛下、今宵はよき夜ですな」

「そうだな、ネフォウス伯爵。夫人も息災そうで何よりだ」

「おそれいります」


 今日、ある意味血祭りに上げられる予定の二人です。そして二人の後ろには、年頃のお嬢さんがいる。


 よく憶えていないけど、群れの一人かー。


「今宵は娘のプリエラも、陛下に会えるのを楽しみにしておりました。なあ、プリエラ。お前もご挨拶なさい」

「は、はい、お父様。カイド陛下には、ご機嫌麗しく……」


 頬を染めて淑女の礼を執る辺りは初々しくて好感が持てるんだけど、あの群れの一人だと思うと、その好感も目減りする。


 それくらい、あの時の群れには迫力があったから。


 隣の銀髪陛下はどう思ってるかなー。と思ってちらりと見上げたら、冷めた目でお嬢様を見下ろしている。


「……確か、令嬢には一度会っているな」

「おお! 憶えていただけているとは!」

「まあ」


 嬉しそうな親子を前に、銀髪陛下の冷えた声が響く。


「奥宮の中庭で。あの時は確か、お婆さまも一緒にいたはずだ」


 先程までの様子が嘘のように、親子の顔色は真っ青になっていく。そうだろうね。あの中庭での騒動で、お嬢様のみならず家にも厳重注意が行ったはずだから。


 それを忘れてまた近づこうというタフさは認めるけど、それって見方を変えると厚顔無恥って事だよなー。


 まあ今日は父と娘は添え物だ。メインは母親の貴婦人だから。


「さて、お集まりの皆さん、本日は少し変わった趣向を用意しているので、お楽しみいただきたい」


 いきなりの領主様の言葉に、会場がざわついた。その中を、銀髪陛下に手を引かれた私が、ゆっくりと領主様のもとへ進む。


「これから披露するのは、最新の技術による『映像』というもの。皆さんには、どうか最後まで見ていただこう」


 領主様の言葉は、最初の「楽しんでねー」ってやつからは変わって、「最後まで見て行けや」になってる。意訳ですもちろん。


 注目が集まる中、私は左手の水晶玉を高く掲げた。これもパフォーマンスですよー。


 すると、会場の床から半透明の丸い球が浮かび上がってくる。触れても問題ないんだけど、まあ普通の人は怖がって飛び退くよね。


 ホールのど真ん中に登場したその球形の表面に、例の映像を映し出した。もちろん、音声付きです。


 会場の誰もが、映像に映る貴婦人が誰か、ちゃんと見えるように映像は大きめに映し出した。


「これは……」

「あれ、ネフォウス伯爵夫人じゃない?」

「そうよねえ」


 会場のあちこちで、似たような声が上がる。当の貴婦人はと言えば、真っ青な顔のまま、ブルブルと震えていた。


「これは……一体……」

「お、お母様?」

「う、嘘よ……こんなの、偽物です!」


 とうとう貴婦人がそんな悲鳴を上げた。会場が、しんと静まりかえる。その中、映像の音声だけが響き続ける。何かシュール。


「こ、このような作りもの! わ、我が家への侮辱です!!」

「ほう? これが丸っきりの作り物だと?」

「そうです! コーキアン辺境伯! 我が家への甚だしい侮辱、ただでは済ませませんよ!」

「私もただで済ませるつもりはないよ、ネフォウス夫人。あなたが妨害した新しい港街建設は、王家も絡んだ一大事業。あなたがやった事は、国家反逆罪にも等しい」

「わ、私は――」

「そうそう、映像だけでなく、実は証人もいるのですよ」

「え?」


 もうこの茶番は、領主様と貴婦人の独壇場だね。私含め、会場中の誰もがモブだわ。銀髪陛下すらそうだもん。


 そのモブの海を割るように、一人の女性が会場に連れてこられた。ちょっとやつれた感はあるけど、まだ十分に綺麗で色気たっぷりのお姉さんだ。


「お前は……」


 貴婦人の顔が引きつっている。まさか、お姉さんの身柄をこちらが押さえているとは思わなかったんだろうね。


「ご存じのようですな」

「し、知りません。そのような下賤な女など」

「ほう。出自もわからぬのに、下賤と仰る」

「それは!」


 言葉が続かないようで、口を開いて閉じてしてる。


「では、彼女に聞くとしよう。君の名前と、ネフォウス夫人との関係は?」

「……名はレビサ。ネフォウス伯爵夫人であるナウィギイラ様にお仕えする者です」

「嘘よ! 嘘です! こんな女、私は知らない!」

「静かにしていただこう、ネフォウス夫人。今はあなたに聞いていない。ではレビサ。先程見た光景は、本当の事かね?」

「はい、本当です」

「ネフォウス夫人は、君に何を命令していたのかな?」

「北に造られている、新しい港街建設の妨害、及び破壊を命じられました」 お姉さん……レビサさんの言葉が終わる頃には、貴婦人の周囲を衛兵が囲んでいた。

「ネフォウス夫人のところを訪れた際、何か口にしなかったか?」

「……お茶を、いただく事が多かったです。それと、焼き菓子を」

「そうか。ありがとう」

「いいえ」


 ほんの少しの問答だったけど、レビサさんは凄く疲れている。まあ、つい昨日まで懺悔大会をやっていたからね。


 それによれば、レビサさんは貴婦人の乳母の娘らしく、子供の頃から彼女に仕えていたんだって。


 十二の頃に魔法の才能があるって事で、ナシアンに留学していたそう。でも、結果として魔法士になる程の実力はなかったそうで、それ以降はダガードに嫁いだ貴婦人のところで働いていたみたい。


 その時に、貴婦人から瘴気を与えられて、洗脳状態になっていたらしいんだ。瘴気にそんな使い方があったとは。


 浄化したから洗脳が綺麗に抜けて、今では自分がやってきた事を後悔しているんだって。


 領主様の話では、主犯ではないからレビサさんは重い罪に問われる事はないだろうって。こういうのは、主犯の方が罪が重くなるんだってさ。


 その主犯であるところの貴婦人は、真っ青通り越して真っ白な顔色で、今にも倒れそうだ。


「さて、まだ言い逃れするつもりかね?」


 領主様の言葉にも、答えられない。その代わり、お嬢様の方が気を失っちゃったよ。


「プリエラ!」


 父親の伯爵が心配そうにお嬢様を抱きかかえている。周囲の視線も冷たいから、耐えかねたってところかな。


 何も言えずに震える貴婦人に、領主様は一つ短い溜息を吐いた。


「ネフォウス伯爵夫人を捕縛せよ。また、刑が確定するまで、ネフォウス伯爵家には蟄居を命じる」


 領主様の言葉に、反対の声を上げる人は誰もいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る