第375話 やり過ごしたい
奥宮には、領主様が来た。
「夫人の手駒を捕まえたって?」
「手駒っていうか……ええ、まあ」
「王宮まで運ぶ事は可能かい?」
「今運んでます。どこに下ろしましょうか?」
「ここの中庭は出来るかな?」
「もちろん」
奥宮の中庭は、いつもほうきで下りてるところだから、護くんに指示を出すのも楽なんだ。
領主様は喜んで、ジジ様に確認し、中庭使用の許可を取った。
「じゃあ、よろしく頼むよ」
「了解でーす」
んじゃ、下ろしますか。実は領主様が奥宮に来る前に、お姉さんを捕まえた護くんは王宮の上に到着していたんだ。
かなりスピードを出したみたいだから、捕まってるお姉さん、無事かなあ。ちょっと恥ずかしい事になってないといいんだけど。
主に上とか下とかからあれこれ出てたりしたら、ちょっとねえ。
護くんも、ほうき同様上空にいる時は見えないように結界を張っているので、人の目線に下りて初めて視認出来るんだよね。
「おお……馬と馬車も一緒かい?」
「そうですね。街道を馬車で移動中に捕獲したので」
「そうか……」
何か言いたげな領主様だったけど、結局何も言わなかった。まあ、大きな網の中に目を回した馬と女性と馬車が入っていたら、何か言いたくもなるか。
しかもお姉さん、ドレスの一部が色変わっちゃってるよ。あー、何かすいません。
ん? よく見ると、お姉さん、全体的に黒くないかね?
『瘴気ですね』
何ですとー!? 前回見た時は、感じなかったんだけど!?
『ゼヘトに比べると、浸食率が低いですね。おそらく、少量ずつ取り込んでいるのでしょう。前回見た時に感じなかったのは瘴気を取り込む前で、薄まっていたからでしょう』
瘴気も過剰に取り込まない限り、自然と浄化されていくらしいよ。で、その自然浄化が間に合わない程取り込んじゃった場合、ゼヘトさんみたいになる、と。
さて困った。お姉さんが瘴気を取り込んでいる以上、浄化はしないといけないんだけど、ここでやったら即身バレする。
ここは一つ、ユゼおばあちゃんにお出まし願おう。後でこっそり、ジジ様にお願いしようかな。
そんな中、お姉さんを見下ろす領主様の目は、きらーんと輝いていましたとも。
「生き証人も得られたし、色々と練らなくてはな。ああ、衛兵を呼んでも構いませんか、太王太后陛下」
「許します」
「ありがとうございます」
領主様は近くにいた侍女様の一人に声をかけて、表から衛兵を呼んでもらう。
奥宮の中庭に転がされたままのお姉さんは、馬車や馬と一緒に護くんの網の中で目を回している。……死んでないよね?
『生きています』
良かった。これで死なれたら、寝覚めが悪い。あ、護くんの網、解除しておこうっと。
衛兵さん達が到着しても、お姉さんは目を覚ますことはなかった。気を失ったまま、運ばれていったよ。
馬の方は途中で目を覚ましそうだったから、領主様に断ってもう一回眠らせた。ここで暴れられたら困る。
ついでに馬車と馬も、別の場所に移す事になった。私がやろうと思ったら、護くんに任せられれば、それでって言われたんだけど。何で?
「君は夜会までに色々とやる事があるからね」
「へ?」
やる事って、何がですか? ジジ様も頷いているし、侍女様方の目が謎のやる気に満ちていて、怖いんですけど。
「明日にはシルリーユが奥宮に来るからね。万事彼女と相談してやってくれ」
え? 領主夫人が? 相談って、何を? ねえ、何を? 笑ってないで、教えてくださいよ領主様!
結局教えてもらえず、悶々とした夜を過ごし、空けて翌朝。王宮でおいしい朝食をいただいたすぐ後に夫人はやってきた。
「ごきげんよう、太王太后陛下、サーリ」
言葉の通り、本当にご機嫌な様子だ。何でこんなに機嫌がいいの? 何故か私の背筋がゾクゾクするのだけど。
これ、絶対に悪い予感だよな……嫌な予感ほど当たるんだけど。
「さあ、ではまずはこれから試着してみましょうか」
夫人が取り出したのは、ドレス。
マジかー!? そういえば、夜会に出るだっけ。え? そこにドレスで出るの? 裏方じゃないの!?
あわあわする私を余所に、夫人はとても嬉しそうにドレスを選んでいる。
「うーん、これもいいけどこちらも捨てがたいわね。髪の色に合わせるなら赤味の入った黄色のこちらだけど、胸元のレースはこちらの青の方がいいし。迷うわあ」
「コーキアン辺境伯夫人、こちらの薄いクリーム色はどうでしょう?」
「少し色味が地味じゃありません?」
「そこはアクセサリーで補えば」
「そうですわねえ」
「いっそこちらの赤はどうです?」
「今回はそれだと少し……」
「ああ、そうですね。では、こちらの緑はいかが?」
「それは色味が少し濃い気がして」
いつの間にか侍女様方を巻き込んで、私抜きで楽しそうに選んでます。うん、もう文句言わないから、選ばれた一着を見せてください。
どんなドレスでも着ます。そして文句は言いません。それが一番平穏無事にこの場を乗り切る方法だと悟りました。
あ、そうだ。今のうちにジジ様にユゼおばあちゃんの事、お願いしておこうっと。
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