第374話 おかしいよ!

 あの後しばらく、領主様が笑いの発作に見舞われたようで、落ち着くのにちょっと時間がかかった。


「そんなに笑うような事かな……」


 おかしいよね? 絶対。でも、あの貴婦人が群れのお嬢様の母親かあ。そんな大きな娘がいるような年には見えなかったけど。


 こっちにもいるのかね? 美魔女ってやつ。


「いやあ、すまないね。つい」

「あれのどこにそんな笑う点があったのか、謎です」


 本当、何がそんなにおかしかったのやら。そうしたら、銀髪陛下がぼそっと呟いた。


「ジンドは人と違う事で笑うからな」


 あー、笑いのポイントが人とずれてるって事ですか。何か納得。


「陛下、随分な言われようではありませんか?」

「そうか? ジンドが笑いを誘われる事柄は、俺とは大分かけ離れているぞ」

「それは陛下がずれているというだけです」


 わー。領主様、さらっと銀髪陛下に言っちゃったよ。あくまで自分は普通だと言い張るとは。


 慣れているのか、銀髪陛下も剣持ちさんも何も言わず、話題を逸らした。


「……まあいい。それで、あれを多くの者に見せるのは、いつなら出来る?」

「え? あのお姉さんと話している映像ですよね? いつでも出来ますよ?」


 場所さえ提供してくれれば、今からだって出来る。映像データそのものは、お姉さんに貼り付かせている監視用の護くんに保存されてるけど、再生だけならいつでもどこでも問題ない。


 銀髪陛下は、領主様と顔を見合わせる。


「次に貴族達が集まるのは、いつ頃だ?」

「公式行事となりますと、少々先になりますが、集めるだけなら十日後でも大丈夫でしょう。陛下主催で夜会を開けばいいのですから」


 笑顔の領主様からの返答に、銀髪陛下が嫌そうな顔をした。夜会、嫌いなんだ。


 まああれ、面倒だからね。外国から要人が来た時なんて、さらに面倒臭くなるし。


「その夜会で、あれを見せるという事か?」

「それが一番手間いらずでしょう」

「なるほど……という事は、それもその夜会に出す、という事でいいな?」

「そうなりますな」


 ん? 何で二人して、こっちを見てるの?




「おかしいでしょ!? こんなの!」


 あの後、王宮に留め置かれました。銀髪陛下と領主様の話が一段落したら、二人によって奥宮のジジ様に引き渡されたんだ。


 このまま奥宮に夜会開催まで滞在するように、だって。おかしくね? あの映像を見せる為に開かれる夜会に、私まで出席ってどうなのよ?


「普通さあ、夜会ってお貴族様が開いて出席するものよねえ? 私、一介の冒険者なんですけど?」


 しかしてその実体は、素性を隠した神子ですが。一応、去年までは、ローデンで王子妃も二年程やっておりました。


 でも! この国では一般庶民なんですけど!?


「確かにあの二人の申し出には少し疑問を感じるけれど」


 ジジ様、疑問を感じるのは少しなんですか? いや、さっきまで吠えていたのは、あくまで独り言ですけど。


 デカい独り言だとじいちゃん辺りに突っ込まれそうだけどね。今この場にじいちゃんはいない。


 一応じいちゃんには帰れなくなったと伝えたけど、そうかの一言だったんだよねえ。少しは心配しようよ。可愛い弟子が帰らないのに。


「でも、サーリが夜会に出るのは、いいんじゃないかしら?」

「何故でしょう?」

「先王の時代には、よくあった事なのよ。あまりよくない遊びだけれど、これはと思う庶民を貴族のように仕立てて夜会に連れだし、周囲がそれを見破れるかどうか試していたの」

「そんな悪趣味な遊びが流行ってたんですか?」


 迷惑極まりないな! でも、ジジ様によれば連れ出された庶民には、一生かかってもお目にかかれないくらいの報酬が払われたんだって。


 口止め料も含まれていたらしいけど、それだと庶民にとってもおいしい話になるのかな。


「だから、カイドやジンドがあなたを夜会に連れ出したとしても、貴族の誰も文句など言いませんよ」


 いや、文句言われる言われないの問題ではないのですが。げんなりしていたら、監視用護くんから連絡が入った。


 あのお姉さん、港街近くの宿場街に入った途端、回れ右して馬車のまま街道を突っ走ってるらしい。


 仲間が捕まったって、気づいたのかな?


「ジジ様、港街建設の妨害に関わっていたお姉さんが、逃げるかもしれません」

「何ですって。捕まえられないの?」

「出来ますけど、やっていいんでしょうか?」

「私が許します。おやりなさい」


 と言う訳で、監視用護くんに捕縛を命じ、哀れお姉さんは馬車ごと捕まったようだ。


「捕まえました」

「ご苦労様。そのまま、王都まで連行出来ない?」

「出来ますよー」


 護くんは、結構力持ちだから、馬車と馬ごと運んでもびくともしない。ジジ様は一つ頷いて、侍女様の一人を表に使いに出した。


「すぐに使いが戻るでしょう。その者に引き渡せばいいわ。きっと夜会で効果的に使うだろうから」


 貴婦人だけでなく、お姉さんも公開されちゃうのかな。まあ、自業自得か。


 でもあのお姉さん、南のどの国の人だろう。ナシアンでない事だけは確かなんだけど。


 ナシアンの国民は全員神罰対象だったから、国にいなくても逃れる事は出来ない。何せ神の下す罰だからね。


 その強制改心がなされなかったという事は、あのお姉さんはナシアン人ではないという事。


 まあ、南ラウェニアにも国はたくさんあるから、それのどれかだろうね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る