第356話 契約完了

 さて、最初のおじいさん伯爵のところでちょっともたついたけど、まだ時間はあるから次いこ次。


「次は……ウィラー伯爵領かー」


 今いるおじいさん伯爵の領地からは、直線距離で大体馬車で一日くらいの距離。ほうきならトップスピードで三十分かな。


 このほうき、結構スピード出ますよー。多分、出そうと思ったら音速くらいは出るはず。そこまで速くなくてもいいので、出した事ないけど。


 でも、時速換算なら三百キロ以上は余裕で出せる。空には障害物がないから、いくらでも速度出せるもん。


 あ、たまに飛んでる鳥と同じ高度を飛ぶ事があるけど、遭遇する前に回避してる。検索先生様々ですな。


 今日も鳥の一群を避けながら飛んでいたら、あっという間にウィラー領に到着した。


 おじいさん伯爵の領地とは違い、こっちは平地が多いね。向こうは山が多くて平地少なめ。領地に大きな川が流れている。


 こっちは平地多めで山少なめ。川は小さいのがいくつか流れているくらいかな。場所によって、違いがあるんだなあ。


 ここの領都はリヤナール。さて、伯爵のお屋敷に行きましょうか。


 門番から中に入れてもらうまで、おじいさん伯爵と同じ手順。まあ、セキュリティとか考えたらこうなるよね。ちょっと緩い気がするくらいだし。


「……この紹介状に書いてある話は、本当なのか?」

「えーと、どの話でしょう?」


 いや本当、領主様は紹介状に何を書いたんだってば。


「我が領のはげ山を、買い取ると。しかも、魔獣被害も押さえ込むとある」

「ああ、でしたら本当です」


 肯定したのに、どうしてそんなに驚くのかな。全体的に細長い伯爵は、目だけ丸くしてるよ。


「証拠を見せろと言われても困りますが、その辺りはコーキアン辺境伯閣下が保証してくださるかと。あ、代金はきちんとお支払いしますよ」


 何せ山だからね。しかも一つじゃないよ? いくつか連なった連山だからね。


 まあ、確かに岩だらけのはげ山らしいけど。そんなところにもいるのが魔獣。特に岩に擬態するタイプのトカゲや蛇系の魔獣が多いらしい。


 蛇にトカゲか……苦手分野なんですけどー。


『皮はいい値段がつきます。水が苦手ですから、濡らして弱らせたところを凍らせれば簡単です。それと、木は生えていませんが草は生えていますので、それを狙った山羊タイプの魔獣がいます。角と毛、内臓、蹄が素材になります』


 なるほど。じゃあ、蛇やトカゲは水+氷で。山羊タイプは窒息かな? いずれにしても、ほうきから攻撃可能なので、頑張る。


 その前に、活動停止中の細長伯爵の再起動を待たなきゃ。


 しばらくそのままだったけど、背後に控えていた青年が何やら耳打ちしたら、途端に再起動完了。


「ほ、本当なのだな!? あの山の厄介な魔獣を抑えるというのは」

「もちろんです」

「そうか……そうか……」


 あー、細長伯爵、何だか泣き出しちゃったよ、どうしよう。思わず伯爵の背後にいた青年を見たけど、彼は軽く首を横に振るだけ。


 このまま待てって事か。


 しばらくして、やっと伯爵の涙が止まったらしい。いや、根性で止めたのかな。


「あの山は資源もなく、冬には魔獣の被害もあってほとほと困っておったのだ。大事な領民が苦しむのを、見ているだけしか出来ないのが口惜しくてなあ」

「差し出がましいですが、冒険者に依頼は……」

「したとも! だが、奴らも手に余ると依頼を受けてはくれん」


 あちゃー。確かに魔法が使えないと、あの手の魔獣は大変だからなあ。皮が素材っていうなら、討伐する際にも気をつけないと、買い取りの値段が下がるし。


 皮が素材になる場合、当然だけど一頭丸々の姿で組合に持ち込むのが一番いいんだって。解体はしてもしなくてもいいらしい。


 で、剣や槍、弓矢などで攻撃すると、その皮が切れたり穴が空いたりする訳だ。そうすると、商品価値が下がるっていうんで買い取り価格が低くなる。


 冒険者って、依頼料より素材を売った金の方が金額が上って事、よくあるらしいよ。


 その後、細長伯爵のこれまでの愚痴を少し聞きつつ、契約を交わす。さすがに教会の契約を出したら驚いていたね。こっちの本気を少しは感じ取ってもらえたかな。


 何だか、本当にいいの? って顔をしていたけど、いいんですよ。絶対、魔獣は里に行かせないから。


 待ってなさいよ、私の素材。




 お昼休憩を挟んで、次は最後のクイナード伯爵領。ここはこれまでの領とはちょっと違うらしい。何でも、家自体が武門の家で、当主のクイナード伯爵は国軍の要職についているらしい。


 冬を前に領地に戻ってるはずだから、訊ねるなら今っていうのが領主様からの情報。


 クイナード伯爵領の領都ウィジカートは、領の中でも東よりに位置する大きな街。私が買いたい山は、西より。


 どうでもいいけど、タリーフ伯爵領が一番北で、その下にウィラー伯爵領、で一番南がクイナード伯爵領だった。


 それぞれ東側がコーキアン領に接してるんだね。一応、お隣さんって事になるんだ。


 領都の近くに下りて、徒歩で街に入る。兵士の姿が多い街だなあ。その街の一番奥に、領主のお屋敷があった。


 紹介状を見せて取り次ぎを頼み、しばらくして中に入れてもらう辺りはこれまでと一緒。


 違うのは、目の前に座る伯爵の存在感かな。


「ジンド殿から、紹介状をもらったというのは貴様か?」

「はい、そうです」


 ここは応接間。それなりの調度品がある部屋ではあるんだけど、伯爵は何故か甲冑姿。これから戦争にでも行くんですか?


「ふうむ。あの山は我が兵団の鍛錬に使っていたのだが。ともあれ、ジンド殿からの頼みでは断れん。良かろう。好きにするがいい」

「あ、ありがとうございます?」


 何だか、一番あっさり決まっちゃったよ。出した契約書を見ても、顔色一つ変えずに淡々とサインしてるし。


 向こうが呈示した金額を支払って、これで契約完了。いやー、ちょっと緊張したわー。


「では、ジンド殿によろしく伝えてくれ」

「はい、わかりました」

「うむ」


 そう言い置くと、甲冑伯爵は大股で部屋を出て行った。


 よーし、これで下準備は出来た。後はどんな建築様式の建物にするかなー。

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