第355話 神子の契約
さて、西の領主達への紹介状が手に入ったので、いつでも温泉に着手できます。
という訳で、まずは現場を買い取ってしまおうかと。
『コーキアン辺境領から西にあるタリーフ伯爵領、ウィラー伯爵領、クイナード伯爵領の三つに、一カ所ずつ温泉がある山があります。タリーフ領の山は放置気味、ウィラー領の山は岩山で資源に乏しく、クイナード領の山は私兵団の鍛錬の場所となっているようです』
前二つはともかく、最後のクイナード領の鍛錬って何ぞ?
『冬の間は魔獣が里まで下りてくるので、鍛錬を兼ねて私兵団がその討伐を請け負っていたようです』
はー。考えてみたら、闘う事に関して言えば、きちんと訓練を受けている兵士達の方が腕は上だもんね。
冒険者に依頼するより、兵団で討伐した方が効率はいいのか。
『冒険者は冒険者で、使いどころを間違わなければいいのだと思います』
適材適所ってやつかな? 冒険者の方が小回りが利く……というと変だけど、兵団よりは簡単に動かせるからね。
でも、そうなるとクイナード伯爵領の山は、購入しづらいかなあ……
『それは、行って見て判断するべきかと』
ですよねー。まずは行動。考えるのは後でもいいや。
『そういう訳ではないのですが……』
検索先生、最近活発に意見を言うようになりましたよね。
まずは簡単そうなところから……というと失礼かもしれないけど、気前よく譲ってくれそうなタリーフ伯爵から。
今回は単独で来たよ。いや、ただの買い物だし。買うものと金額が大きいだけで。
じいちゃん達には、温泉の関係でちょっと西まで行ってくると伝えてある。嘘は言っていない。
まあ、山を買ってきますと言っても、何言ってんだって言われそうだけどね。
ほうきで飛んで、領都タリーフに到着。家名と領都が同じ名前なんだね。まずは伯爵のお屋敷に行ってみよう。
「何者だ?」
当たり前に門番に止められたので、領主様からもらった紹介状を手にして言ってみる。
「コーキアン辺境伯から紹介状を持ってきましたー。ご当主様へお伝えください」
「何? 辺境伯閣下の紹介状だと?」
兵士達が顔を見合わせている。彼等だけじゃ判断出来ないのかも。
「失礼、紹介状を預からせていただいてもよろしいか?」
うーん、相手が悪そうな人なら渡さないけど、この人は多分平気。はて、何でそう思うんだろうね?
『神子の力が増しているので、相手の悪意を感じ取る能力が向上しています』
そうなの? これまた、知らない間にアップデートされていたらしい。強制なんだもんなあ。実害ないから、いっか。
とりあえず紹介状を渡して、判断出来る人まで繋いでもらう事になった。
その結果、当然だけどお屋敷の中に招き入れられました。
「魔獣の山を買い取りたいという話だが、正気か?」
通されたのは、応接室っぽい部屋。そこに、白い髪と髭のおじいさんがいた。この人が、タリーフ伯爵かー。
「正気です。正当な価格でお支払いしますので、売ってください」
駆け引きとかは、私には無理なのでどストレートに頼んでみた。おじいさん伯爵はしばらく私の顔を見ていたけど、やがて大きな溜息を吐く。
「紹介状の中身は、正しいようだ」
「え?」
どういう事? ってか領主様、紹介状に何書いたんですか?
「知っていると思うが、あの山は魔獣が多くてな。一年を通して里に被害があるが、冬は被害件数が増える。それを、抑える事が本当に出来るのか?」
「任せてください。売ってくれれば二度と被害が出ないようにしますよ」
魔獣は一掃するからね。復活しても、片っ端から討伐してくれる。私の温泉を穢す奴は、絶対に許さないし。
『魔獣だけでなく、それに偽装した盗賊の被害もあるようです』
マジでー?
「あの、伯爵様、魔獣被害だけでなく、盗賊の被害もあるようです」
「何!? それは本当か!? 一体、どうやって知ったのだ!?」
まあ、そうなるよね。検索先生の事を話すのはヤバそうと判断して、魔法で情報を得た事にした。
「何と……ああ、ではすぐに盗賊討伐の支度を――」
「あ、そっちも同時に片付けますよ」
「何……だと……?」
おじいさん伯爵の顎が外れそうになってるよ……そんなに驚く事かな?
驚く事なんだろうなあ。いきなり変な事言って、ごめんなさい。でも、嘘は言っていないよ?
「えーと、信じてもらえないかも知れませんが、コーキアン領でも盗賊捕縛の実績はあります。この先、山の周辺では魔獣被害も盗賊被害も絶対に出しません。約束します。なので、山、売ってください」
おじいさん伯爵が、なんとも言えない顔でこっちを見てる。うん、私も何だか詐欺を働いているような気分になってきた。
おかしいなあ、本当の事を言ってるのに。検索先生がとっとと山の周辺のマップを作成してくれてるので、村や小さい街の位置は把握している。
その周辺に、盗賊がアジトを作ってるのもわかってる。冬になったら、冬用の蓄えを狙って根こそぎ奪うつもりなんだ。
その前に一掃しちゃいたいから、早く山を売るって言ってほしいなあ。
おじいさん伯爵は何やら考え込んでいたけれど、やがてこちらをまっすぐ見てきた。
「本当に、被害は出さないと約束出来るのだな?」
「出来ます」
「いいだろう」
おじいさん伯爵の判断に、今まで背後で控えていた執事っぽいおじいさんが「旦那様!」とか心配そうに叫んでいる。
確かに見た目普通の女の子だから信じられないのも仕方ないけど、ちゃんと盗賊達は捕まえてここまで連れてくるから。安心して。
って、信じてもらえないか……でも、山は売ってもらえる事になったので、早速契約契約。
売買契約書は、王都の商業組合で作成してもらったもの。これ、教会の力が働いているから、契約破ったら大変な事になるやつです。
その中に、魔獣被害を里に出さないって項目があるんだけど、盗賊の分はなかったので、この場で付則事項として書き加えておいた。
「……そのように書き込んだところで、契約書の効力はないだろうに」
「あー、一応、書いておけばもしもの事があった時、伯爵様側が有利ですよ」
「おかしな娘だ。普通、そこは自分の利を優先するところだぞ」
いやあ、温泉で儲けようとは思っていないので。それに、ここだけの話、この契約書、普通に効力発揮しますよー。
神子が交わす契約は、普通ではないのだ。
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