第352話 人間なんて、そんなもの

 採取翌日には、すでに 亜空間収納内で下準備が進められている。やってるのは全て検索先生。いつもありがとうございます。


『見返りは期待しています』


 西の温泉っすね。砦に戻ったら、領主様に改めて相談しようっと。


 バビソンの木は、乾燥が終わって板材に加工中。ミナミヌメリゴマは繊維の取り出し中。その後糸に紡いで布を織る。工程がたくさんあるね。


 布を織る際、バッグ用の布も用意してもらうんだー。ついでに縫製もしてもらうんだー。私がやる事って、素材を採取したくらいだね。


 さて、そんな素材の採取ですが、本日も引き続き行いまーす。


「で? 今日はどこに行くんじゃ?」

「うーんとね」


 検索先生によると、今日採取するべき品は魔獣素材。今いる場所からさらに南に行った海岸沿いに現れる、クロアザラシがそれ。


 皮や皮下脂肪、牙、内臓が素材になるらしいけど、私達が狙うのは胆汁。これを加工すると、丈夫な繊維が作れるんだって。本当かな。


『化学繊維に近い品が作れます』


 検索先生って、こっちだけでなく私を通じて地球世界の知識もあるんだよね……化学繊維って。


 この繊維を使って作ったロープは、軽くて丈夫、耐久性にも優れたものらしいよ。


 で、朝のルーチンワークを終えてからやってきた海岸なんだけど。


「真っ黒」

「こりゃあまた」


 海岸を埋め尽くす黒い影。これ全部、クロアザラシだそうな。でも、瘴気の影響が薄い南大陸に、こんなに魔獣がいるとは。


『彼等は海流に乗って北から流れ着いた種です。この辺りの生態系を破壊しかねない存在なので、安心して狩り尽くしてください』


 外来種か。そして狩り尽くすんだ。確かに、見渡す限り真っ黒だもんね。そりゃ相当な数いるわ。


 絨毯に乗ったまま、ちょっと高度を上げて海岸全体を見渡せるようにした。ここからは、魔法でさくさくやっていく。


 まずクロアザラシの周囲に逃げられないよう結界を張り、内部に軽い電撃を走らせて気絶させる。


 あとは内部の空気を抜いて窒息させれば終了。結界をそのまま網に見立てて一挙に亜空間収納へ。


 内部で解体その他が行われるので、後は検索先生に全てお任せします。グロいシーンは見たくないし、解体で血まみれもちょっとやだ。


 情け容赦のない狩り尽くしだけど、これでこの辺りの生態系が戻ればいいなあ。


『ここから東にいった海岸にも、集団がいますからそちらも狩り尽くしてください』


 まだいたんだ。んじゃあ、そっちも行きますか。このまま絨毯で移動すれば面倒はないしね。




 結局、その後八つも海岸を回り、全部のクロアザラシを狩り尽くした。一頭から採れる胆汁なんてたかが知れてるから、ロープを作る為には大量のクロアザラシが必要って訳。


 思いがけず他の素材も手に入ったし、これどこかで売った方がいいなあ。


『では、ナシアンで売却しましょう』


 ……嫌な思い出に直結してる国名だなあ。でも、なんでわざわざナシアン?


『神罰執行後のあの国は、近隣諸国に比べて取引が厳格かつ公平です。余所の国では買いたたかれる可能性が高く、北の国々では代替の素材がある為買い取り金額が低めです』


 なるほど。南の国で売った方が高額で引き取ってもらえるし、今のナシアンなら不正はまず行われないからいい、という訳か。


 それにしても、ナシアン、国民全てが神罰対象になるなんて、どんだけ酷かったんだ。


「じいちゃん、素材を途中で売っていこうと思うんだけど、いい?」

「好きにせい」

「ありがとー」


 という訳で、今回の素材採取は全部終わったから、このままナシアン経由で砦に帰ろう。




 ナシアンに来たのは、実は二回目。一回目は邪神再封印の旅の途中で立ち寄った程度。で、今回が二回目。


 だから、国内の雰囲気が前と比べて変わっているかどうかはわからないんだけど……少なくとも、活気はないね。


 何と言うか、道行く人達の誰も彼もが難しい顔をして、無言で足早に歩いて行く。王都でこれなんだから、地方はもっとかもしれない。


 前来た時はもうちょっとこう、明るく華やかなイメージだったけどなあ。


「まさか、素材の売却先がナシアンとはのう……」


 じいちゃんが複雑そうな顔をしている。まあ、ここが何やったか、じいちゃんも知ってるからね。


 そういえば、トゥレアはどうなったんだろう? ナシアンのハニトラ要員ってのは、ローデンにも伝わってるんだろうか?


『トゥレアもナシアン出身ですから、強制改心の対象です』


 あ! そうだった。


 となると、ローデンで懺悔からの修道生活とか?


『知りたいですか?』


 んー……いいや。知ったところでどうなるものでもないし、ローデンでの生活はもう遠い過去だしね。


 って、まだ一年経つか経たないかくらいなんだけど。それだけ、砦での生活が濃かったって事だよ、きっと。


 素材は無事売却できた。特に皮下脂肪は大事な燃料だそうで、これから来る冬に備えて大量に欲しかったものらしい。


「助かったよ」

「こちらこそ」


 検索先生によれば、相場の三割増しで買い取ってくれたそうだから。それにしても、南大陸がそんなに寒いとは。


『神子への対応の報いです』


 う……それを言われると、ちょっと心苦しい。南ラウェニア大陸でも、ナシアンとローデンは集中的に気候や何かがおかしくなってるらしい。一部では「神の怒りだ!」と言い出す人達もいるとか。


 間違ってはいないわな。そんな中で、ナシアンへ下された強制改心。


 神罰の内容は他国にはバレていないけど、国丸ごとがまるで修行僧のようになったんだから、何かあったと考える人は多い。


 南大陸でも、ナシアンとローデンは大国だったから、周辺諸国への影響も大きいらしい。周辺の国にも、大なり小なりの影響はあるし。


 これ、いつまでも続くのかな?


『民の祈りが神に届けば、解除されるかもしれません』


 また曖昧だなあ。


『この結果は、彼等の行動への報いです』


 それを言われると、何も言えない。頑張って神様の怒りを解いてください。


 冷たいって? だって、ローデンでは結構傷つけられたし、ナシアンはヘデックにハニトラ仕掛けてきたし。


 割と、まだこの二国を自分が許していないんだなって思うよ。人間なんて、そんなもの。神子と言われたところで、自分勝手な部分が消える訳じゃないって。

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