第346話 男達の悪巧み
一日目に両方を試して、女性陣はほぼ五番湯、男性陣は四番湯と決まった。綺麗にわかれたなあ。
「じいちゃんも四番なんだね」
「うむ。五番はたまにでいいかと思ってのう」
確かに、岩盤浴は毎日やるものじゃないわな。
という訳で、五番湯は女性陣のみとなりましたー。身分差はあれども、同性だけってちょっと気が楽。
今日も朝から温泉三昧。はー、極楽極楽。四番湯と五番湯は基本、少人数での入浴を考えて作ってある。
なので、今も一人で入ってる。中央に岩盤浴用の場所があって、そこから放射線状に伸びた通路のどん詰まりにいくつもの湯船。
あ、壁はタイルで飾ったけど、湯船や床は石材を使ってる。四番湯のある山地、いい石材が採れるよ。
床は白い石、湯船は緑の石を使ってる。
「天気もいいし、いい気持ちー」
湯船の上は八角形の天井があって、天窓になってるんだ。開ける事も出来るから、熱くなったら開けて外の空気を入れるといいよ。
ここ、標高あんまり高くないけど、一応山だからね。しかもダガードは夏でも気温がそんなに高くならないから、冷えた空気が湯上がりの熱い体にいい。
あ、でもあんまり冷たい空気に触れてると、風邪ひくからね。気をつけてー。
◆◆◆◆
その頃の四番湯。中庭では、男二人がそろそろ日が暮れるという頃合いから酒を片手に語り合っていた。
「いやあ、まさかこんな場所で話し合う場を持てるとは、思ってもみませんでしたよ」
「確かにね。王宮では、いつでも誰かの目があるから」
そう言って笑い合うのは、コーキアン辺境伯ジンドとツエズディーロ大公ナバルだ。
表向き、ナバルは反国王派の旗手となっている。もっとも、その立場を利用して、現国王カイドに刃向かう連中を一網打尽にした過去があるのだが。
未だに、ナバルが王位に就くべきと考える貴族家当主はそこそこいる。ナバル本人にとっては頭の痛い事だが、まっとうな意見の当主も多い為、のらりくらりと躱すのが精一杯の状態だ。
図らずも、こうしてカイドやジンドと話し合える場を持てたのは、ナバルにとっても僥倖だった。
「それにしても、カイドは本気なのかなあ」
「どうやら、本気のようですよ」
「参ったね……何の為に、私が動いたと思ってるんだろう」
「それについては、感謝申し上げますとも」
「いや、君に言われてもね……」
げんなりして言うナバルに、ジンドは薄く笑うばかりだ。本当に、目の前の人物といいカイドといい、ナバルの努力を何だと思っているのやら。
もっとも、彼等の為だけに動いた訳ではない。ナバルはナバルの理由を元に、動いたに過ぎなかった。その結果、カイドにもジンドにも利する事になったというだけである。
「太王太后陛下も、このところのあれこれには憂慮なさっているご様子」
「母上にとって、カイドは大事な孫息子だからね。うちのミシアも可愛がってくれてるけど、やはり幼い頃から手元で育った彼とは違うよ」
「そうですかねえ」
「それに、ミシアはフィアや私より、姉上達に似ている……あの傍若無人なところも、そっくりだ」
「……他国に嫁がれた、エーレハエル様ですか?」
ジンドは、幾分固い声で聞いてくる。緊張しているのが手に取れた。エーレハエルの下にいた王女達の件は、今や貴族間では触れてはならない話題となっている。彼の緊張も、当然だった。
「ネネ姉上とサラ姉上だよ。エリ姉上は、私が生まれてすぐの頃に嫁がれたというから、記憶にないんだ」
ミシアの顔立ちは、確かに肖像画で見るエリことエーレハエル、一番上の姉に似ているけれど、性格は下の姉に似ていた。
「私はね、ジンド。彼等を一生……いや、死んでも許す事はないよ」
「殿下……」
「事件当時は、私はまだ子供で、連中を罪に問えるだけの確たる証拠もなかった。でも、奴らが姉上達を死なせたのは、疑っていない。まあ、今回の件でそれは自白という形で証明された訳だが」
王都での夏祭り二日目の朝に起こった奇跡。王都に集っていた貴族達のうち、後ろ暗いところのある者達がこぞって自白してきたのだ。
その中には、過去の王女の事件に関わっていたという者達もいた。彼等の口から、ネネことツーネネノアとサラことベヌサーラの殺害が自供されたのだ。
「まさか、ネネ姉上が嫁ぐ予定のナシアンが裏で糸を引いていたとはね……」
「あの国は、現在大変な苦境に立たされているとか」
「自業自得だ」
冷たく言い放ったナバルは、酒を呷る。度数は決して低くはないが、今はどれだけ飲んでも酔えそうにない。
「ダガードとの婚姻が嫌なら、そう言って断ればいい。何故姉達を殺すのか」
「それも、連中が自供しております」
「ああ、生きていれば、別の国との繋がりの為に嫁に出されるからという、理由にもなっていない理由だったな」
ネネとサラが山賊に襲われた風を装って殺されたのは、ダガードがこれ以上他国との繋がりを持たないように、というものだった。
既に嫁いだ王女は仕方ないとしても、これから嫁ぐ王女は亡き者にせよ。それがナシアンからの指示だったという。
「あの国は、一体どれだけ前からこの国に食い込んでいたのか……」
「少なくとも、両殿下の事件より前である事は確かですね」
それも問題だ。とはいえ、ナシアン自体はもう放っておいていいというのがジンドの判断である。諸外国の情報に強い彼が言うのなら、そうなのだろう。
今回の自供大会は、しっかり自供書として体裁を整えてある。これを元に裁判を起こし、重罪の場合は本人のみならず一族郎党死罪となるだろう。
王族殺しは、大罪中の大罪だ。
「自分の手で、連中をくびり殺せないのが悔しいよ。あいつらは、フィアの事も悪し様に罵ったんだ」
「そこは伏して、司法の手に委ねられます事をお願いします」
「仕方ない。王族たるもの、率先して法をねじ曲げる訳にはいかないからね。連中の処刑を見るだけに留めておくよ」
「おそれいります」
中庭に、しばしの静寂が訪れた。そよぐ風が心地良い。
「カイドは、結婚する気がないのかな?」
「今のところは。縁談は数多く舞い込んでいますが」
いきなり全く違う話題を出してきたナバルに、ジンドは怯む事なく返答する。
「このまま独身を貫かれると、私も困るんだけどねえ」
「現在の王位継承順位第一位は大公殿下ですからな」
ダガードの王族は数が少ない。太王太后ジゼディーラが産んだ子は、一番上と一番下以外全て女の子だったのだ。
一番上の子である先王も、王妃との間に設けた男子はカイドのみである。
「このままだと、ミシアにいらぬ責務を負わせてしまいかねないんだけど」
「さて、それに関しては私にはなんとも」
「いやジンド、君カイドの側近でしょ? こういう時には嫌がる主をねじ伏せてでもね」
「そういえば、以前『学友』としてお仕えした方は、よく作法の場から逃げ出してらっしゃいましたなあ。あの時も、ねじ伏せた方が良かったと?」
「う……古い話を……」
ジンドが学友として仕えた相手は、今まさに目の前にいる男だ。さすがにここを突かれては、ナバルも言い返せない。
「まあ、陛下に関しては、今少し様子を見ようかと。太王太后陛下も、同意見でいらっしゃいます」
「母上は孫息子に甘い」
「殿下もご息女には甘いでしょう?」
「父親が娘に甘いのはよくある事だよ。あ、ジンドのところには娘はいなかったっけ」
「余計なお世話です」
「いっそ、サーリを君の養女にして、カイドの妃にしてしまえば?」
「殿下……」
「いや、あれだけの魔法の使い手、放っておくのは惜しいだろう?」
ジンドは、何故かとても困った顔でナバルを見ている。サーリには、何か秘密があるのだろうか。
「ここだけの話ですが」
そう言い置いて語ったジンドの話に、ナバルは目を見開いた。
「それ、本当かい?」
「確証はありませんが、おそらくは。そうでなければ、説明がつかない部分が多すぎます。今回の自供大会も、おそらくは彼女が関わっているかと」
「意図して自供させる相手を選んでいるって事かい?」
「そうでなければ、今頃私の首も胴体と離れる事になっていたでしょうよ」
「君……言うねえ」
ジンドの立場では、後ろ暗い事も多いことだろう。だが、彼は私利私欲でそれらを行う訳ではない。
とはいえ、被害者にとってはどんな理由があろうと被害を受けた事には変わらない。
「そうした部分を鑑みますと、その結論に至るかと」
「なるほど……では、無理強いは出来ないね」
「そうですねえ。ですが、お互い自然に惹かれ合うのなら、いいのでは?」
「何か、策があるとでも?」
「実はですねえ」
男達の悪巧みは、夜が更けても続いていた。
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