第335話 後悔はない

 ドレス地獄を乗り切り、これであとは夏の王都を楽しむだけ、と思っていたのに。


 真の地獄はこれからだった。


「何故、どうしてここに?」

「嫌ねえ、ちゃんと言ったじゃない。王宮に行くって」


 ミシアはにこにことしてる。そりゃそうだ。王宮には彼女の祖母も従兄弟もいるのだから。


 でも、どうして私まで? いーじゃん領主様達と行けば!


「サーリが王都に来てるのに、置いて行ったとわかったら、お婆さまも兄様も怒るに決まってるわよ? それでいいの?」


 その怒り、矛先は私なんだろうなあ。あれだよ、近所のおっちゃんおばちゃんが「近くに来たなら寄っていきなさいよ、水くさい!」ってのと一緒だよね。


 おかしいよ! 庶民じゃなくてロイヤルな人達なのに!


 まあ、そんな私の心の叫びが通用するはずもなく、王都に到着した翌日には、ドレス着せられて化粧されて王宮行きの馬車に積み込まれてましたとも。


 さすがにここからは、領主様達とは違う馬車だったのは良かったけど。


「しかめ面はやめんかい」

「だってえ」

「まあ、王宮に行けば貴族達とも顔を合わせるじゃろうがのう」


 そうだよ、それが問題だよ。領主様のような貴族ばかりじゃないし、どっちかって言ったら珍しい部類だよね、あの人。


「ジジ様に会えるのはうれしいけどさあ、それはそれで文句言ってくる人がいるしー」


 お嬢の群れみたいなのとかね。そういえば、ババー男爵に娘はいるんだろうか? いたら群れの一人をやってても不思議はないよねー。


「そういえば、いつぞや温泉で会って以来かしら」


 そっか、ユゼおばあちゃんは砦周辺から動かないし、ジジ様も王宮から出る事はあんまりないもんね。温泉は別として。


 そういえば、道を作った二番湯と三番湯、行ったのかな?




 王宮は、人でごった返していた。これ全部貴族なのかな。ダガード国内に、こんなにいたのか貴族。


 大広間って感じの大きな空間に、人がひしめき合っている。あちこちで挨拶が交わされてて、パーティーっぽいよ。


 でも、まだ昼前だよね? この時間帯だと、催し物は室内より野外が中心のはずだけど。


 南とはまた、約束事が違うのかな?


「サーリ、はぐれないように気をつけなさい」


 領主様、私、迷子を心配されるような年齢じゃありませんよ。とはいえ、これだけ人が多いと、ちょっと離れただけで見失いそう。


「サーリは私がしっかり捕まえておいてあげるわ」


 ミシア……それだと何だか立場が逆。本当に十二歳なのかな、この子。


 ここに入る前に、じいちゃん達とは別れている。何でも、別室に行くんだって。私も向こうが良かったな……


 そんなまごつく場所を何とか通り抜け、部屋の奥へと進む。広間を抜けた先は、またしても部屋。


 でもここは、さっきの部屋よりは大分小さい。そして人が少ない。一番奥には、天蓋付きの玉座。


 あ、玉座に座るは銀髪陛下じゃありませんか。貴族の人達から、挨拶を受けているらしい。


 よく見たら、以前ローデンの意地悪王子をぎゃふんと言わせた謁見の間だわ、ここ。




 先に来ていた人が下がり、領主様の挨拶の番らしい。あれ? 銀髪陛下がこっち見て目を丸くしてる。何かあったっけ?


「陛下、夏の招待、感謝いたします」

「あ、ああ。王都の祭りを楽しむがよい」

「ありがたき幸せ」


 領主様が礼を執るのに合わせて、夫人やミシア、私も礼を執る。やー、特にやる事なくて助かったわー。


 挨拶の後はまたあの大広間に戻るのかと思ったら、案内の人が来て、そのまま別の場所へと連れて行かれる。


 どこに連れてかれるのかなーと思っていたら、奥宮、ジジ様のところだ。


 到着したのは、いつもの奥の窓が多い部屋。あ、じいちゃん達もいる。先にこっちに来てたんだ。


 やっぱり、私もじいちゃん達と一緒が良かったよ。


「お婆さま!」

「よく来ましたね、ミシア。ああ、夏の装いがとてもよく似合っていますよ」


 孫娘を前に、ジジ様は笑顔が溶けてる。そうえいば、ミシアとジジ様が会うのも、温泉以来だっけ?


「フィアが無事に戻ったのですってね。本当に良かった」

「はい、これもサーリのおかげです」


 いやあ、それほどでもー。


「まあ、では、サーリがフィアの不治の病を治したという話は、本当なの!?」

「え? ええ、まあ」


 あれー? 何か室内の雰囲気がちょっと変わったんだけど。


「いや、さすがは我が領が誇る魔法士ですな」


 ……領主様、別に私、コーキアン所属って訳じゃありませんよ? 変な事言うと、砦ごと逃げるからね?


「……何はともあれ、これでナバルの憂いもなくなるでしょう。ありがとう、サーリ」

「いえ……」


 叔父さん大公の為っていうより、ミシアにお願いされたのと、フィアさんを放っておくのが嫌だったってだけだもんなあ。


 神子は割と我が儘です。いやほら、ローデンでは嫌って程自分を押し殺していたからさー。その反動?


 まあ、最後はヘデックにティアラを思いっきりぶつけてきたけど。ぶつけた事には後悔はないけど、あのティアラも持ち出せば良かったとは思ってる。


 あれ、結構高値が付いたよね、きっと。

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