第333話 何やら騒いでいるようです

 ネレソールには、結局十日くらい滞在した。いや、疲れました。別に何をした訳でもないのに、精神的に。


 毎日のように、夫人とミシアに屋敷中を連れ回されて、今日はこの部屋でおしゃべり、明日は庭の東屋でお茶、その次は図書館で詩集の朗読。


 何このてんこ盛りなスケジュール。しかも毎回ドレスに着替えさせられるし。


 ここで着ちゃったら、王都でどうするんだろう。そう思って二人に聞いても、「大丈夫」って言ってはぐらかすばかりだし。


 本当に、大丈夫なのかな……


「大丈夫よ、心配しないでちょうだい、サーリ」

「そうよ。シルリーユ様の仰る通りよ」


 いまいち信じられん。ミシアが言う「怪しい」感じ。でもまあ、ここで逆らうのは違う意味で怖いし。ええ、流されるのは得意ですとも。


 結局、ネレソールにいる間中、殆どドレスで過ごしましたとさ。




 王都には、領主様ご一行と一緒に馬車で向かう。ほうきならすぐなのになー。


「こういった事には、形式も大事だからねえ」


 ……領主様、今私、口に出しましたか?


「ん? 今空を飛んでいった方が早く到着すると思っていなかったかい?」

「思いました」

「はっはっは。サーリはわかりやすいからなあ」


 そうなのかなー? 首を傾げる私を、同乗している夫人とミシアが笑う。


 現在辺境伯ご一行様の馬車は主に二台。まあ、荷物を積んでる馬車を入れるともっとだけど、人を主に運んでいるのは二台。


 そのうち、領主様が乗っている馬車に夫人、ミシア、私。後ろのもう一台にじいちゃん、ユゼおばあちゃん、ジデジル。


 おかしくない!? この組み合わせ。私も後ろの馬車に行くべきでしょ!?


 でもミシアが手を離さないし、夫人も「あらあら」とか言いながら反対の腕を取って離さないし。なにこれ。


 おかげでネレソールから王都までの間、ずっとこのメンツと顔を合わせてますよ。


 ちなみに馬車を使うと、ネレソールから王都まで大体四日。普通は三日かかるかかからないかくらいなんだけど、貴族は急いじゃダメらしい。


 さすがに急ぎの用がある時は、単騎で駆ける事もあるそうだけど。ってか領主様が単騎で駆けちゃダメじゃね?


 あ、さすがに護衛は一緒なんだ。ですよねー。


 ちなみに、今着ているのはいつもの冒険者っぽく見える服。一着しかない服だけど、亜空間収納内で毎回洗浄、浄化、修復を行うので、汚れ一つ、綻び一つないよ。


 ネレソールを立って四日目の午前中、やっと王都が見えてきた。はいいんだけど、そこまでの道が大渋滞。


「おお、いつもの事だが、長い列だねえ」


 領主様は窓から前方を見て、のんびりしてる。この大渋滞、夏祭り時期の王都名物なんだって。嫌な名物だのう。


 何でも、祭りの季節の中で、王都の夏祭りは一番最後に行われるから、国中から人が集まってくるんだってさ。それでこの大渋滞。


 もうちょっと、道路事情を考えるとか、王都への入り方を変えるとかすればいいのに。無責任な立場からは、そういう事考えちゃうよねー。


 そして、貴族の中にも無責任に騒ぐ人はいるらしい。


「ん? 何やら騒がしいね」


 領主様が言うように、後方が何やら騒がしい。この大渋滞にヒスを起こした人でもいるのかな? ちょっと見てみよう。


 こういう時、魔法って便利よねえ。


「サーリ、魔法を使ったわね?」

「うん、騒動の元を見てみようと思って」


 ミシアは魔法に敏感だね。いい事だ。他人が使う魔法に敏感になると、発動前にキャンセルさせる事も出来るようになるから。


 じいちゃんが教えてる以上、絶対にやらせるよなー。私も何回も失敗しながら憶えたっけ。懐かしい。


 おっと、今はそんな場合じゃない。


「んんー?」


 手元に、自分にだけ見えるようにウィンドウを展開し、そこに背後の映像を映し出す。音声は拾ってないけど、何やらもめている様子。


 騒いでいるのは、多分貴族。キンキラの衣装を身につけて、ごてごて飾った悪趣味な馬車に乗ってるよ。


 その馬車の窓から、護衛らしき人に対して怒鳴り続けてるみたい。


「何かわかったかい?」

「貴族っぽい人が、護衛らしき人をずーっと怒鳴ってるみたいです」


 いっそ、音声も拾うかな。私の返答に、領主様と夫人、ミシアはお互い顔を見合わせた


「サーリ、その怒鳴っている男の乗っている馬車は、わかるかな?」

「ええ。あ、皆様にも見えるようにしますね」


 私が手品めいた事が出来たとしても、今更って思ってくれるよね、きっと。


 車内に広げたスクリーン上には、騒ぐ男性と困り果てた騎馬の人が映し出される。


「あれは、ババー男爵家の紋章だな」


 え? 婆? あ、ババーか。紛らわしい名前だな!


「あなた、ババー男爵といったら、レグギア伯爵家の」

「遠縁だね。まったく、レグギア伯爵といいババー男爵といい、あの一門は破滅願望でもあるのかな?」


 よくわからないけど、後ろで騒いでいる貴族と、その何とか伯爵は親戚で、どっちもよろしくない人間って事かな?


「サーリ、よくわかっていないね?」

「すみません、貴族の家とかまったくわからなくて」


 だって、一介の冒険者だもん。……ちょっとじいちゃんが鼻で笑う顔が浮かんだぞ。ムカつく。


「先程出たレグギア伯爵家には、娘がいるんだが。その娘は、いつぞや王宮の中庭で君に難癖を付けてきた娘だよ」


 あー。あの群れの一人なのかー。あれ? あの群れって、銀髪陛下からお仕置きが下ったんじゃなかったっけ?

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