第331話 浄化の影響
時間は少し戻って、サーリがネレソールで浄化を行った夜。
「あれがネレソールか」
「へい」
「コーキアンの領主は、最近景気が良くて貯め込んでるって話しですぜ」
「へっへっへ。夏祭りの最中なら、警備の連中も気が緩んでやがんだろ」
「しかも最終日。これまで平穏だったから、最後もそうだろうと思ってやがるぜ」
ネレソールを見下ろす小高い丘の上、むさ苦しい男達の集団が街を見下ろしていた。
見た目ですぐに盗賊だとわかる程、小汚い身なりに不清潔な髪、伸ばしっぱなしの髭。
武器と防具だけはなんとか手入れをしているものの、領軍のそれと比べるとお粗末としか言い様がない。
そんな彼等が自信満々なのは、つい先日、他の街を襲って成功しているからだった。
とはいえ、そちらはネレソールよりもはるかに小さな街であり、兵士もいないような村に毛が生えた程度の街だったのだ。
街の蓄えを奪い去り、女は攫って隠れ家に連れ去っている。ネレソールの襲撃が成功し、ここで攫う女達とまとめて南に売り飛ばす予定だ。
奴隷制度はなくなって久しいが、今でも女は色町に売り先がある。離れた南ラウェニアまで連れて行くのは、売る女達が逃げ出せないようにだ。
色町側もそれは承知の上で、書類等を偽造してくれる。その分売値が若干下がるが、それでもいい実入りだ。
盗賊のお頭は、街の灯が少なくなるのを今か今かと待ちわびている。日はとっぷりと暮れ、そろそろ夜空に満天の星が瞬く頃だ。
もういい頃合いだろう。見下ろす街にはまだ明かりがあるけれど、この闇に紛れればいくらでも逃げおおせる。
襲撃の合図を出そうとした、丁度その時、何かよくわからない感情に襲われた。
「……何だ?」
「お、お頭……何か、変ですぜ……」
配下の者達も、何やら動揺している。
「落ち着け! これから街を襲撃しようっていう……時に……」
待て。何故、自分はそんな大それた事をしようと思ったのだろう。街を襲撃すれば、少なからず犠牲者が出る。
女を余所に売り飛ばす? その女性達にも、家族がいる。いきなり家族が失われて、残された者達はどれ程悲しむだろう。
ふと気づくと、自分の頬が熱い。手をやれば、指先が濡れている。泣いているのだ。
周囲の配下達も、馬から下りてその場にひれ伏し、己の罪を悔いて嘆きだしている。
「すまねえ……すまねえ! お、俺は、なんて事をしでかしちまったんだ!」
「神様……神様……お救いください。お救いください」
「もうダメだ。俺は生きてちゃいけねえんだ!」
いつもなら、そんな配下達を見た瞬間、盗賊のお頭は彼等を怒鳴り飛ばしただろう。何をめそめそしてやがるんだ、と。
だが、今の彼にそれは出来ない。
「お、おおおおおおおお!」
彼自身、馬から飛び降り、その場で地面にひれ伏し大声で嘆き叫ぶ。
「許してくれとは言わねえ! 許されちゃいけねえんだ! だがよう! 懺悔くらいはさせちゃくれねえか!」
誰に対して言っているのか、誰にもわからない。だが、その場にいる男達は、誰もお頭を笑わず、一緒に懺悔し始める。
「盗みだけじゃねえ。俺は人も殺してきた。それも、邪魔だからだの、むしゃくしゃしたからだの、てめえ勝手な理由でだ!」
「お、俺は泣き叫ぶガキを蹴り上げました! ガキの親が縛り上げられてる目の前で! 親は泣き叫んでたんですよお!!」
「お、俺は盗みに入った家で、すがりついてくる爺さんを蹴り飛ばしやした! じいさん、ぴくりとも動かなくなっちまって。側で小さなガキが泣いてたんすよお」
他にも、彼等が今まで行ってきた犯罪の自白のオンパレードだ。
それらは一晩中続き、やがて空が白くなる頃、お頭が空を見上げて呟いた。
「俺はこのまま、ネレソールに行って自首する」
「お頭ああ!」
「罪を悔い改めて、そんで償うんだ。処刑されたっていい。むしろ、そうならなくちゃいけねえんだ」
「お頭あ……あんた、漢だよ!」
「お頭! 俺も行くぜ!」
「俺もだ」
「当然、俺も!」
そうして、盗賊達は馬を引き、徒歩でネレソールに向かった。これに驚いたのは、門を守る衛兵だ。
朝も早くから盗賊達が神妙な顔つきで街に来るのだから、警戒もするだろう。
だが、盗賊達の様子がおかしい事で、すぐに上に報告が行き、自首してきた盗賊達はすぐに捕縛された。
その日の昼には、隠れ家に連れ去られていた女性達が保護され、盗賊に襲撃された街の情報も入ってくる。
残念ながら、殺された犠牲者達は戻らない。それでも、残された者達への補償は、盗賊の隠れ家に貯め込まれていた金品によって十分になされる事が速やかに決定した。
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