第327話 その頃の三人

 サーリとミシアが広場で見物する芝居を選んでいる頃、コーキアン辺境伯の仕立てた馬車で、バルムキート、ユゼ、ジデジルの三人がコーキアン辺境伯と共に、とある場所に来ていた。


 ネレソール聖堂。コーキアン辺境領随一の大きさを誇る、壮麗な聖堂だ。もっとも、デンセットに建設中の大聖堂が出来上がれば、辺境領一の地位は失うだろう。


 それもあって、前司教は大聖堂建設の邪魔をしたのだ。建設予定地に置いてあった資材に、火を付けるという卑劣な手段を使って。


「外見だけは立派ね」


 聖堂の前に立ち、ユゼは冷ややかな声で呟く。彼女の後ろには、ジデジルとバルムキートが控えていた。


「ユゼ様、本当にここでよろしいので?」

「ええ、辺境伯にはここまで連れてきていただき、感謝いたしております」

「何、この程度、たやすい事ですよ」


 少しおどけた様子で返すコーキアン辺境伯に、ユゼは軽やかな笑みで答える。


「では、我々はこれで」

「ご武運を」


 聖堂に入るには、かなりおかしな言葉をかけられたものだ。だが、ユゼ達の誰も、それに異を唱えない。


 確かに、ここから先は戦場である。もっとも、この三人なら、負ける事などあり得なかった。


「では、参りましょうか」

「うむ」

「はい、ユゼ様」


 ユゼ達一行は、ゆっくりとした足取りで聖堂へと入っていく。その姿を馬車の中から見送ったコーキアン辺境伯は、御者に命じて馬車を出させた。




「では、わしはここからは別行動じゃな」

「よろしく」

「賢者様、お気を付けて」


 手をヒラヒラさせながら離れていくバルムキートの背を見送り、ユゼは改めて聖堂を見渡す。


 バルムキートは、姿を消して教会のあれこれを探りにいったのだ。どうも以前も同じ事をやったらしい。本人曰く「ツボは心得ておる」そうだ。


「さて、では私達も参りましょうか」

「はい」


 こちらはこちらで、聖堂関係者の目を惹き付けておく役目がある。本来なら、こんな事は必要ないはずなのだけれど。


「聖地があれですものねえ」

「ユゼ様?」

「ただの独り言よ」


 神に仕える者達が集う、聖なる土地。それが聖地だったはずなのに。いつの間にか権力欲に取り憑かれた亡者共が徘徊する場所になってしまった。


 それでも、何とか立て直そうと必死に頑張ったけれど、自分の力は及ばなかったらしい。


 全ては、神が処罰してくださった。本当なら、地上の事は地上にいる自分達で片を付けなくてはならなかったのに。


 だからこそ、ユゼはもう迷わないと決めた。その為に、重い地位も捨てたのだ。幸い、神の御業でいい後継者も出来たから、後は安心だ。




「こちらでお待ちください。すぐ、司教を呼んで参ります」


 ここまで案内してくれた司祭ラヘブンは、顔にやたらと汗をかきながら部屋を後にした。


「ユゼ様、あの者、随分とうろたえていましたね」

「やはり、まだこの聖堂には後ろ暗いところがあるようですよ」

「ちっ。一掃したと思ったのに……」

「ジデジル。はしたない真似はおよしなさい」

「申し訳ございません、ユゼ様」


 幼い頃から聖地で修業をしてきたジデジルは、いつ頃からか下町の者が使うような舌打ちを憶えてしまったらしい。


 元は某国の高位貴族の出だというのに。とはいえ、聖地にいた頃より生き生きとしているその様子は、見ていて好ましいものだ。やはり彼女を聖地から出して、この国にやったのは間違っていなかった。


 ユゼも少なくない魔力を有しており、バルムキートから教わっていくつかの術式が扱える。その中に、周囲の人の気配を探るというものがあった。


 本来なら狩りで使う術式のようだが、彼はそれを数カ所書き換えて人用に作り替えたという。


「部屋の周囲に、見張りのような者達がいますね」

「私達を監視しているという事ですか?」

「その分、バルムキートの方が手薄になれば、問題ありません。今日の私達の一番の仕事は、相手の注意を引きつける事ですからね」


 監視の目がこちらに向けば向く程、彼が動きやすくなるはずだ。何事もなければ良し。そうでない場合は、またしてもジデジルに「一掃」してもらう必要がある。


 もっとも、この監視の数から考えるに、一掃は確実だ。


「ジデジル。またあなたの手を煩わせる事になりそうね」

「お任せください。今度こそ、悪の芽を一つ残らず刈り取ってご覧に入れます」


 やたらやる気のジデジルに、ユゼはにっこりと微笑む。


「この後、王都もやりますよ」

「もちろんです!」


 彼女も頑張ってくれたのだが、またしても教会は腐敗した。それだけ、この土地が腐敗を呼び込みやすい、難しい土地だという事だ。


 魔大陸に近いせいで、長らく魔物と瘴気の犠牲になった、「神に見捨てられた地」。北ラウェニアは長らくそう呼ばれていた。


 本来ならば、浄化を行える教会関係者が進んで手を差し伸べなくてはならなかった土地。


 なのに、聖地はあのていたらくで、この土地の教会関係者は私利私欲にまみれた者達ばかり。本当に、頭の痛い事だった。


 だが、それもこれも、神子様による邪神消滅と、広域浄化のおかげでいい方向に向かっている。


 最初、邪神消滅をバルムキートに聞いた時には何の冗談かと思ったが、本当だと知って腰が抜けたものだ。


 ここから遠い異なる世界から、無理矢理呼び出された少女。それでも彼女は、この世界を救ってくれた。


 だからこそ、次は自分達がやる番だ。幸い、まだ自分の名前は使えるようなので、悪巧みをしている連中の肝を冷やしてやろうではないか。後の実務は、地位のあるジデジルに任せればいい。


 ユゼはここと王都の「一掃」で、どれだけ汚れを落とせるか、楽しみだった。




   ◆◆◆◆




 バルムキートは姿を消して、聖堂の中を闊歩していた。


「さてさて、今日はどこで何が見つかるかのう」


 姿を消す結界は、同時にこちらの音も遮断するように作られている。まったく、あの弟子は何を作り上げているのやら。


 しかも、周囲の音はこちらにちゃんと聞こえる仕様ときたもんだ。至れり尽くせりとは、この事ではないのか。


「およ?」


 そんな事を考えつつ進んで行くと、あからさまに周囲を警戒している関係者がいる。着ているものから判断するに、助祭のようだ。


 怪しい助祭の後をついていくと、通路の奥、壁しかない場所で何やらやっている。


 すると、壁の一部が動いて向こう側へ行けるではないか。向こう側は、すぐに階段になっているようだ。


 助祭は再び周囲を確かめてから、階段を下りていく。壁は閉じていったが、バルムキートは壁の開け方に心当たりがあった。


「これをここで見るとはのう」


 実は、この隠し扉の作り方を考えたのは、彼自身なのだ。昔聖地にいた頃、悪戯心から壁の一部を壊して隠し部屋を作り、自由に出入り出来るようにしたのだ。


 結局、当時のユゼに見つかり大目玉を食らったのだが。まさかあの術式が残っていて、他人の手に渡っていたとは。


 こんなところで自分の悪戯の後始末をする事になるとは思わなかったが、ある意味良かったのかもしれない。


 バルムキートは壁の隠し扉を開け、ついでに二度と閉められないように術式を書き換えた。


 階段を下りていくと、何やら人の声がする。


「何だと!? 何故、寄りにもよって今日、教皇が我が聖堂に来るのだ……」

「わかりません。ですが、ラヘブン様が、早くお戻りをと仰ってます」

「あの無能者め。うまい事言って二人を追い返せと伝えろ!」

「わ、わかりました」


 哀れ怒鳴られた助祭は、来た道を帰っていく。上に行って、扉が開けっぱなしな事に何を思うだろう。


 それはともかく、今は目の前の連中だ。一人は着ているものから、司教と思しき痩せぎすの男。もう二人は衣服に金をかけているところを見ると、おそらく商人だろう。貴族とは金のかけ方が違う。


 しかも、かなり下品な方にかけているようだ。


「……悪徳商人じゃな」


 勝手な憶測で、バルムキートは二人の商人らしき男達をそう決めつけた。だが、どうやら憶測は事実だったらしい。


「では、どうあっても手に入らないと?」

「ラヘブンが持ってくる手はずだったのだがね。ザクセード領の騒動の際、持って出る隙がなかったらしい」

「それはまた……白のグリフォンの子供なら、高額になったでしょうに。凶暴なグリフォンも、幼いうちなら手なずけられるといいますからなあ」


 マクリアの事だ。という事は、この連中はあの教会と繋がっていたという事か。


 探索の術式で、部屋中をくまなく探索する。どうやら、怪しい契約書がいくつか見つかったようだ。


「ふむふむ。今までにも、魔獣の子を取引しておるのか。子のうちなら何とかなろうが、成獣になったら手に負えんぞ」


 幻獣を捕まえる、狩るのは難しいようで、需要はあっても供給が追いつかないなどと男達が話している。


 そんな中、聞き捨てならない言葉が出て来た。


「そういえば、デンセットの近くで黒い天馬と白いグリフォンを見たという話ですよ」

「ほう、デンセットで?」

「ええ、しかも、何やら若い娘と一緒に行動していたそうです。あれ程手懐けられているのなら、他の人間相手でも懐くのではないでしょうか」

「ふうむ。デンセットは、大聖堂の一件があるからなあ」


 どう考えても、ブランシュとノワール、それにサーリの事だ。


「まあ、神子と天馬とグリフォンを相手に勝てると思うのなら、その程度の連中じゃわい」


 とはいえ、バルムキートもいい気はしない。彼にとっても、ブランシュとノワールは可愛い存在だ。


 後でサーリと合流したら、この話を聞かせておこう。もっとも、その前にここにいる連中が無事にいられる保証はないけれど。

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