第325話 招待状がやってきた

 祭りの後は、何だか虚脱感に襲われております。一週間、遊びまくったから疲れたのかなあ。


 砦からデンセットまでって、いい散歩コース程度の距離があるからね。往復で毎日歩いた訳だから、ちょっとした運動を一週間続けていたようなものだ。


 まあ、その程度でこんなに疲れるなんて、日頃の運動不足が問題なんだけど。


「うーん、温泉にフィットネスでも作ろうかな……」


 それだと、毎日温泉に入り浸っちゃうか……あ。


「あるじゃん。いい場所が」


 地下室。作ったはいいけど、その後いいアイデアが浮かばずに放っておいた空間だ。


 砦の地下なら毎日通っても問題ないし、何より人に見られないのがいい。何かねー、運動してるところって、人に見られたくないんだー。


 今日は全員砦からは出ないし、それぞれの私室でゆっくり休むってスケジュールだから、私はこのまま地下室改造をしよう。


 じゃあ、まずは何を作ろっかな。ロードランナーは鉄板だよね。あと筋トレ用のマシンか。


「検索先生ー。良さげなフィットネスマシン、探してもらえませんかー?」

『……いきなりマシンを使うより、水中での歩行をお勧めします』


 検索先生にまで、運動不足を指摘された。でも、水中歩行か。それって、温水プールで、だよね。


 だったら、地下より温泉別荘の方かなー。四番か五番……五番湯に作ろうか。


『それよりは、まだ見ぬ西の温泉を開発し、そこに一大ヘルスセンターを作った方がいいと思います』


 それ、検索先生が新しい温泉に入りたいだけなんじゃ……


『それだけではありません。……ないったらないのです』


 怪しいけど、ここはスルーしておきましょう。って事は、またしても地下は保留かあ。ま、いっか。


 じゃあ今日は私もだらだらしておこうっと。




 そんなだらだら生活を送っていたのに、午後には来客が来た。あ、剣持ちさんだ。しかも珍しい事に単体だよ。


 領主様も銀髪陛下もいないとは。珍しいな。


「いらっしゃいませー」

「邪魔をする。これを」


 いきなり懐から何を取り出したのかと思ったら、手紙?


「……差出人の名がありませんが」

「……俺が持ってきた辺りで察しろ。カイド陛下から、王都の夏祭りへの招待状だ」


 なんと。銀髪陛下から、王都でやる祭りへのご招待とな。


「ミザロルナ姫、ユゼ前教皇聖下含め、砦の者全員への招待だ。遅れず登城するように」


 それだけ言うと、剣持ちさんはさっさと帰っていった。本当にこれを持ってくるだけのお仕事だったんだ。


「サーリ、どうしたの? 角塔の入り口でぼんやりして」

 声をかけてきたのはミシアだ。うーん、ミシアも招待枠に入ってるって言ってたよなあ。

「実はね」


 今さっきもらったばかりの招待状を見せる。


「あら、カイド兄様からのお手紙? ……じゃないわね。これ、招待状だわ」

「見ただけでわかるの?」

「封蝋に兄様の紋章が入ってるでしょ? それと、この封筒は普通の手紙用ではなくて、招待状用の特別なものだから。しかもこれ、一番上等なやつじゃないの」


 貴族って……いや、王族って、本当に面倒臭いなあ。手紙一つ、招待状一つでこんな読み取りをしないといけないとは。


 一応、王族に嫁いでいた身なんだけど、ローデンは色々と緩かった。


「砦にいるみんなを、王都の祭りに招待してくれるってさ」

「誰がこれを持ってきたの?」

「剣持ちさん」

「……って、誰?」


 えー? 名前、何だっけ? 銀髪陛下の側にいる護衛の人だって言ったら、ミシアは納得してた。


「まあ、ここには私もいるし、何よりユゼ様がいらっしゃるから。兄様も気を遣ったのね」


 あー、引退したとはいえ、ユゼおばあちゃんは教会組織のトップだったからねえ。今でも聖地に影響力があるってジデジルも言っていたっけ。


 何かね、招待状一つ送るにも、相手の格によって手段が変わるらしいよ。側近に持っていかせるのは、最上級の相手に対してのものらしい。


 そうか、剣持ちさんって、側近だったのか。てっきり護衛の人だと思ってたよ。


「護衛も兼ねてるわよ? 兄様の側にいて、帯剣を許されているのは相当信頼されている証だから」


 なるほどー。王族ともなると、暗殺も警戒しないといけないもんね。ミシアもそうだったっけ。


 この子見てると、どうも王族ってのを忘れがちで。


「……何? じっと見て」

「ナンデモナイヨー」

「怪しいわ。すっごく怪しいわ」


 ソンナコトナイヨー。




 ちょうどお茶の時間だったので、みんなに声をかけておやつタイム。本日のケーキはオレンジケーキ。温室のオレンジ、良い感じになってるよ。


「王都の夏祭りですか?」

「ええ、特に最終日の夜には、『銀月祭』と呼ばれる特別なものがあるんです」


 ジデジルの問いに、ミシアが胸を張って答えている。ぎんげつさい。銀の月の祭りかあ。


 なんとなく、銀髪陛下を思い出すね。色的に。


「そのお祭りに、みんなを招待してくれるんだって。銀髪陛下が」


 本日届いたばかりの招待状をヒラヒラと見せる。ちなみに、王都の夏祭りは国の各祭りの中でも、一番遅い時期にやるそうな。


 てっきり、王都なんだから一番最初にやると思ったんだけどなあ。


「ふうむ。まあ、祭りと一緒に王都見物というのも、いいんじゃないかのう」

「そうねえ。賑やかなのは少し苦手だけれど、この機会に王都に行くのもいいわね」

「そうですね、ユゼ様」


 ジデジルは行った事あるけど、ユゼおばあちゃんは王都にはまだ行ってなかったっけ。


 なら、張り切って案内……する程、王都の事は知らないんだった。領主様にでもお願いして、誰か案内役を出してもらおうかなー。


「ジデジル、この機会に王都の教会を抜き打ち視察するわよ」

「そうですね、ユゼ様。中身は一掃しましたが、あそこは堕落の温床になりやすいようです」

「楽しみねえ、ふっふっふ」

「本当に、くっくっく」


 ……聞かなかった事にしようっと。

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