第315話 廊下は歩きましょう

 てっきりすぐに帰るって言い出すかと思ったら、フィアさんは迷っているようだ。何でだろ?


「フィア。何も迷う事はない。体が大丈夫なら、今すぐ帰りなさい」

「お爺さま……」


 あ、そっか。このおじいさん、ここで一人暮らしなんだ。さっきミシア達との会話を聞いていたけど、奥さん亡くなってから、ずっと一人だったって。 フィアさんのお母さんが、一人娘だったみたい。


 今まで具合が悪いからって世話になっておいて、元気になったから「じゃあ帰ります」って言えないんだね。


「あのー、おじいさんって、ここでしか暮らしていけないんですか?」

「は?」


 三人がびっくりしてる。いや、ミシアまで驚くのは何でよ?


「いや、大公領って広いし、フィアさんのおじいさんだって言えば、大公殿下が面倒見てくれるんじゃないかなーって」


 きっと、喜んで面倒見ると思うんだよね。叔父さん大公って、身内と決めた人に対しては甘いってイメージ。


 その代わり、裏切ったら容赦ないだろうけど。このおじいさんは、義理堅そうだから、きっと裏切らないだろう。


 私の提案に、フィアさんが揺れている。


「それは……そうかも知れないけど……でも、それではナバルに迷惑が――」

「そんな事ないわ!」


 フィアさんの言葉を奪うようにして、ミシアが主張した。


「お父様なら、お母様が頼ってくれるだけで嬉しいはずよ! それに、今までお母様の面倒を見てくれたひいお爺さまの事、感謝こそすれ迷惑なんて思わないわよ!」


 そうそう。さすが叔父さん大公の娘、よくわかってるー。あとは、おじいさんとフィアさんが決断してくれればいいだけ。


 そして、フィアさんは可愛い娘にほだされて、陥落寸前だ。という事は、あとはおじいさん。


 でも、こっちも可愛いひ孫娘に陥落寸前。


「ねえ、お母様、ひいお爺さま、一緒に大公領に行きましょう。私、お母様と一緒がいい。それに、お母様が悲しまないよう、ひいお爺さまも一緒がいい」


 ミシア、ナイス。おじいさんは、溜息を一つ吐くと、苦い笑みを浮かべた。


「そうだな。国にはもう、十分奉公したのだし、今更老いぼれた騎士爵の男が一人消えたくらい、どうという事はないだろう」

「お爺さま……では」

「ああ、お前の夫がいいと言うのなら、わしも一緒に行こう」

「ありがとう! ひいお爺さま!」


 ミシアに飛びつかれて、おじいさんが一瞬よろける。これこれ、小さい子供じゃないんだから、相手の迷惑も考えようね。


 まあ、おじいさんの顔は嬉しそうにとろけてるけど。可愛い孫娘の産んだひ孫娘だもんね。可愛いよな。


「だがな、大公にはちゃんと許可を取らんといかんぞ」

「もちろんよ。すぐに行ってもらってくるわ!」

「しかし、ダガードとここは、片道だけでも数十日はかかる――」

「大丈夫! 本当にすぐだから!」


 ミシアの言葉に、おじいさんが押し負けた。でも、本当にすぐだから、何なら今日これから行って、今日中にここに戻ってくるし。


 時間は大体昼近く。一度砦に戻ってお昼食べて、大公領によって叔父さん大公から許可を取り付けて、でここに戻るのは夕飯前くらいかな?


 急げば、お茶の時間くらいまでには短縮出来るかも。


「じゃあミシア。すぐ戻ろうか」

「うん! 待っててね! お母様、ひいお爺さま」


 ぽかん顔の二人に告げて、ミシアと一緒に外に出る。家の裏手は丁度いい具合に人目につかない。


「ミシア、ここから行くよ」

「ええ! 早くお父様にお母様が治った事、教えてあげないと!」


 あ、そうか。ここには見舞いに来るって口実で来たんだっけ。まさか叔父さん大公も、フィアさんの病気が治ったとは思わないだろうなあ。




 絨毯での最高速度を記録して、砦に戻った。

「何でここ?」


 ミシアが首を傾げてるけど、時間を考えましょうね。


「お昼食べに戻ったの。丁度昼時だよ」

「サーリって……まあいいや」


 何が言いたいのかな? お昼食べたくないなら、出さないよ? そう言ったらすぐに謝ってきたからいいけど。


 本日の昼食はウサギ肉のトマト煮。少しだけ残っていた飛びウサギの肉を使ってる。トマトは砦の畑産。


 畑、いつの間にやら野菜がわさわさ出来ていて、じいちゃんの土人形が整列して収穫してたわ……


 今日のトマトは、そこからの新鮮なやつ。これにガラスープと塩こしょう、香辛料とで味付けして煮込む。


 シンプルだけど、米にもパンにも合うんだよなあ。あ、パスタのソースにしてもおいしいよ。


 ジデジルも帰ってきたので、じいちゃん、ユゼおばあちゃんも一緒にいただきます。


 後片付けはジデジルがやってくれるというので、簡単な説明をじいちゃん達にしておく。


「ふむ、では、大公妃殿下の病は癒えたという事かの?」

「うん、ばっちり治してきた!」

「凄かったのよ!」

「良かったわ。これで母君とも一緒に暮らせるようになるのね」

「はい、ありがとうございます!」


 とりあえず、こんな感じ。では、大公領へ行ってきます!


 大公領へは、ポイント間移動も出来るんだけど、ミシアにはまだ見せない方がいいかなーと思ったので、絨毯で。


 空からそのまま大公のお屋敷に下りたので、いきなり中庭にお屋敷のお姫様が出現した状態。


 絨毯で飛んでる時は、結界に姿が見えなくなる術式も追加してるからさ。


「ひ、姫様!? 一体、いつからそこに? それより、こんな急にお戻りなんて」

「話は後! お父様は?」

「殿下でしたら、執務室の方に……あ! 姫様!」


 メイドさんが止めるのも聞かず、ミシアが走るから私まで巻き添えで走る事に。


 廊下は、走っちゃいけないんだよ?

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