第305話 それでいいのか?

 角塔の居間に入ると、本当にユゼおばあちゃんがいた。


「ユゼおばあちゃん……」

「ああ、戻られましたね。久しぶり……と言う程でもないかしら」


 ユゼおばあちゃんに会ったのって、ジデジルの手紙を届けに行った時だっけ。確かに一月も経ってないから、久しぶりって程でもないか。


 室内をよく見たら、ミシアもいる。マクリアを腕の中にしっかり抱いて、端っこで縮こまってた。


「どうしたの? ミシア。そんな端で固まって」

「ど、どうしたのじゃないわよお。一体、この砦って何なの? 総大主教猊下はいるし、今度は教皇聖下が来るし」


 あ、そうか。二人とも、教会組織の中では上層も上層、最上部の人間だった。でも、だからってミシアが涙目にならなくてもいいじゃない。


「別に、ジデジルもユゼおばあちゃんも、ミシアを叱ったりしないよ?」

「そういう意味じゃないいいい」


 じゃあ何なのさ。


「サーリよ、ミシアはこの状況を畏れ多いと思っておるのじゃよ」

「え? そうなの?」


 でも、そっか。この世界って、本当に神様がいるから、教会の上層部は神に最も近い存在って思われてるんだ。


 そんな事、ないのにね。


『教会上層部であろうとなかろうと、神にとって「人」は等しく「人」です』


 ですよねー。神様は、その辺えこひいきしません。優しくもあるけど、厳しくもある。


 でもこれ、ミシアに言ったところで理解はされないんだろうなあ。




 私もお茶を出してもらって、居間のソファに座る。真正面にユゼおばあちゃん、右手の一人がけにじいちゃん、私の両脇にはジデジルとミシア。マクリアのおまけ付き。


「ところで、何でここにユゼおばあちゃんがいるの? 聖地を留守にしてていいの?」


 教皇って、簡単に聖地を留守にしちゃいけないって聞いたから訊ねてみたんだけど、ユゼおばあちゃんから返ってきた答えは驚きの内容だった。


「構いませんよ。教皇の座は返上してきましたから」

「えええええ!?」


 さすがに、その場の誰もが驚いた。てか、ジデジルも驚いてるって事は、事前に知らされてなかったんだ。


「いきなりじゃのう」

「そうですよ、聖下。私にまで黙ってそんな……」

「ごめんなさいね、二人とも。でも、ここらが限界だと思っていたのよ」


 そう言って笑うユゼおばあちゃんは、確かに酷く疲れて見える。まあ、あの権力闘争ばっかやってる聖地じゃな……


 でも、あらかた神罰で強制改心したはずじゃなかったっけ?


『聖地に下った神罰の数は、聖地全体の人数のおおよそ三分の二です』


 そんなにいたの!? 本当、どうなってんだ聖地。いや、神罰でヤバい連中は一掃されたからいいのか。


「まあ、聖地は醜い争いの絶えぬ場所じゃったからなあ」

「それがね、少し前に権力争いに明け暮れていた人達が、一斉に神に懺悔し始めたのよ」

「ほう」


 ギク。


「神の御前で己の罪を洗いざらいぶちまけてねえ。おかげでしばらく聖地が大騒動になったわあ」


 神罰の余波がそんな形で。で、でも、私が申請した神罰じゃないし。


「お手伝い出来ず、申し訳ございません」

「いいのよジデジル。あなたには、ここダガードに大聖堂を建てるという使命があるのですから。聖地の方は、混乱もしたけれど、もう落ち着いているのよ。改心した人達が、従順に罰を受け入れましたからね」


 聖職者が受ける罰は、死刑とかではないんだって。非常に厳しい戒律の下に置かれ、厳しい労働が課せられる場所に送られる。


 大体は、過酷な環境下での教会作りの現場。重機なんてない世界で、基礎から全部人力で作っていく現場だから、本当に重労働だそうだよ。


 そんな場所に送られるっていうのに、強制改心組は全員涙を流して喜んだらしいよ。これで神への贖罪に生きられるって。


 神罰、恐るべし。


「じゃが、聖地が落ち着いたなら、なおさらお主が教皇の地位を退く意味がわからんぞい」

「限界だったって、言ったじゃない。何も、権力争いに疲れた訳じゃないのよ。それに、あれ程権力に執着していたジューゴルス枢機卿が、憑きものが落ちたようになってね。これなら後を任せられると思って」

「それで、教皇位を譲り渡した……と?」

「ええ」


 執着の消えた枢機卿……ねえ?


『ジューゴルス枢機卿も聖地での神罰対象者です。彼は権力欲が強いだけで、神への敬愛はなくしていませんでした。なので、神罰は権力欲を削ぐだけにとどまっています』


 凄い。神様グッジョブ。


 まあ、それで後釜が出来たなら、この隙に聖地を出ちゃえ、て事で教皇の座を譲り、ここに来た、と。


 でも、聖地からここまで、どうやって来たの? かなり距離があるよね? ポイント間移動は、私しか使えないし。


 それを聞いたら、なんとじいちゃんが連れてきたらしい。


「じいちゃんが?」

「いや、聖地に忘れ物をしておったのを思い出しての。で、ちょいと絨毯で行ったら、ユゼに見つかったんじゃ」

「それで、黙っている代わりに砦に連れてきてもらったの」

「まさか、教皇の座を退いておったとはのう。わしも知らなんだ」


 じいちゃん……いや、この場合はユゼおばあちゃんがちゃっかりしてるって言った方がいいのかな?


 そのユゼおばあちゃん、私の方を見て手を合わせてる。


「それでね。ちょっとお願いがあるのだけれど」

「何?」

「私も、ここに置いてもらえないかしら?」


 ええー?

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