第294話 瘴気

 暴れる魔法士を封じた結界に、ステルス系の術式をプラス。暴れていた人がいきなり見えなくなった事に、通りにいた人達がざわつき始めた。


 まあ、もう見えてないから急ぐ必要、ないか。結界ごと魔法士を持ち上げて、そのまま領都ネレソールを後にした。


「ここまで来れば、もういいかな?」

「そうじゃのう」


 結界と一緒に下りたのは、街からかなり離れた森の近く。この付近は家も街道もないから、まず人が来ない。


 結界の中では、まだ魔法士が暴れていた。それにしても、随分と汚れた魔力だなあ。


「この者、ちとおかしいのう」

「そうなの?」


 結界を覗き込みながら、じいちゃんが眉をひそめる。


「うむ。魔力が濁っておる」

「ああ、何か薄汚れた感じだよね」

「見えるのかの?」

「うん。じいちゃんも、見えるんじゃないの?」


 だから、濁ってるって言ったんでしょ? でも、じいちゃんからの返事は違った。


「わしは感じ取るのが精一杯じゃわい。こういう時は、お主が本当に神子なのだなあと思うのう」

「ちょっと待ったじいちゃん。じゃあ、普段は神子じゃないって疑っていたって訳?」

「そういう訳では……」

「嘘だ」

「う、嘘ではないぞい?」

「じゃあ、何で目をそらすのよ」


 じいちゃん! 無言で顔を逸らすのは肯定してるも同然だよ! さらに文句を言おうとしたら、検索先生から待ったがかかった。


『言い合いしている場合ですか?』


 えー? でも、じいちゃん、酷くない? 私、これでもちゃんと神子なのに。


『それはともかく、この魔法士、魔力に瘴気の影響を受けています。それにより、記憶の一部が改ざんされていますね』


 それはともかくって……って、それよりも、魔力に瘴気の影響を受けてるって、どういう事?


「どうしたんじゃ?」


 結界の中の魔法士をガン見していたら、じいちゃんから疑問の声が上がった。


「この人、魔力が瘴気の影響を受けてるって、検索先生が。それに、記憶の改ざんもあるって」

「うぬう……そういえば、お主はこやつと会った事はないと言っておったの」

「うん。顔も知らない。多分、ローデンでも会った事はないんじゃないかな」

「では、この者は何故お主が神子だと知っておったんじゃ?」

「あ」


 そういえば、さっきの宿屋の前でこっちをしっかり見て「神子」って叫んでいたっけ。


 って事は、見えないように結界を張っていたはずなのに、それを通り越して私達を見たって事?


『見たのではなく、神気を感じ取ったのでしょう』


 それも、瘴気のせい?


『おそらくは。現在、この者の正しい記憶を洗い出している最中です。もうまもなく、どこで瘴気の影響を受けたかがわかるでしょう』


 どこで瘴気に触れたか……か。それがわかれば、ピンポイントで浄化しに行けばいいしね。


 検索先生に言われた事を、じいちゃんに全部伝える。


「やはり記憶の改ざんというのが、引っかかるのう」

「瘴気が勝手に人の記憶をいじるのかな?」


 瘴気って、そういうものだっけ? 確か、邪神が出す悪い気、みたいに憶えていたけど。


 何か、ウイルスっぽくて怖いなあ。


「ううむ……お主の検索は、何と言っておるんじゃ?」

「まだ回答がな――『洗い出し、終了しました』きた」


 何と言うタイミングの良さ。じいちゃんも驚いているよ。で? 検索先生、結果はどうだったんですか?


 あ、その前に、検索先生の声がじいちゃんにも聞こえるように、出来ないかなあ。


『それくらいならば簡単です。賢者に少し触れていてください。それで私の声が届くはずです』


 ほうほう。じいちゃんにその事を伝えると、ぜひ聞きたいとの事だったので、じいちゃんと手を繋いでみました。はい、検索先生、オーケーです。


『困った事になりました』


 え? どういう事?


『この世界は、長らく邪神の影響下にあった事は、ご存じだと思います』


 ん? そんなに長かったっけ? まあ、私が召喚される前の事は、あんまり聞いていないけど。


 ただ、邪神に世界が脅かされている、って言われただけだったし。


『邪神の活動そのものは、実は神子が召喚される百年以上前から続いていました』


 ええ!? そんなに長く? 隣のじいちゃんも驚いているって事は、多分知らない人の方が多い情報だね、これ。


『ただ、最初の九十年以上は、水面下での緩やかな活動だったのです。各地に瘴気を送り込み、人や動物、土地などを徐々に穢していくという』


 あー、それで北ラウェニアの土地は凄く穢れていたんだね。結構時間をかけて影響を与えていたんだ。


『今回、このものの記憶を探る過程で、北ラウェニアとは違い、地中深くに瘴気を貯め込んでいた地方が判明しました』

「え!? それどこ!?」


 思わず口から出てた。だって、気になるじゃない。そんな地下深くに瘴気があるなんて。


 最近ずっと朝に行っている浄化でも、消し切れていないって事かな……


『地中深くまで浄化を通すには、少し特殊なやり方が必要です。それはともかく、瘴気が地中深くにとどまっているのは、大陸のくびれの国々のようです』


 マジかー。確かに、朝の浄化は北ラウェニアを綺麗にするようにって念じながらやってるから、くびれは範囲外だったわ……

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