第283話 さくさく進むー

 王宮の奥宮、中庭に到着すると、既にヤーニ様がいらっしゃってる。


「いらっしゃい、サーリ。今日はまた、随分と急なのねえ」

「ちょっと、急いだ方がいいってじいちゃんとミシア……お姫様に言われまして」

「……ジジ様に?」

「出来れば、陛下と領主様……コーキアン辺境伯閣下にも」


 ヤーニ様は一つ頷くと、中庭から奥へと向かうよう私に指示し、ご自分は表の方へと足を向けた。やっぱり出来る侍女様は違う。


 一人で奥宮の更に奥、ジジ様がいらっしゃる部屋へと向かう。


「あら、サーリ一人なの? ヤーニはどこへ行ったのかしら?」

「陛下と辺境伯閣下をお呼びしに向かわれました」

「……何があったの?」


 ジジ様も、話が早くて助かるー。私は例の二重になっていた契約書を取り出して、ザクセード伯のところで起こった出来事を話した。


「そう。それでカイドとジンドも呼んだのね。よく報せてくれました。礼を言いますよ」

「いえ、そんな……」


 本当は、ザクセード伯が爵位返上と契約書に記載されているので、その事を相談しようと思っていたんだよなあ。


 それが、どうしてこんな大事になったのやら。まあ、叔父さん大公に火の粉が降りかかるのは、私としても困るし。


 何せ、温泉の許可に口添えをしてくれた恩がある。大公領を襲撃しようとした連中を縛り上げた礼だから、と言われてしまえばそれまでだけどさ。


 でも、誠意に対して誠意で返してくれる人って、貴重だと思うんだ。だから、叔父さん大公にはこのまま、平穏に過ごしてほしいんだよね。


 ミシアを預かってるって面もあるしさー。


「何事だ?」


 あ、銀髪陛下と、それに領主様が来た。今日は剣持ちさんもいる。


「カイド、こちらをご覧なさい」

「何ですか? これは」

「契約書のようですが……ふむ?」


 領主様が、契約書の上の部分と下の部分を見比べて、険しい顔になっている。


「これは、サーリが持ち込んだものですね」

「ええ。ザクセード伯のところで、交わした教会契約の書類だそうよ」


 ジジ様の言葉に、銀髪陛下も領主様も、剣持ちさんまで驚きに目を剥いている。怖いですよ、その顔。


「教会契約の書類? これがか?」

「明らかに詐欺の書類ですよ、これ」


 銀髪陛下と剣持ちさんが、顔を見合わせている。


「さて、どちらが主導したものなのかねえ? その割には、この下の契約書の内容がおかしいようだが」

「そういえば……」


 領主様の言葉に、銀髪陛下と剣持ちさんが改めて下の契約書をよく読んだみたい。


 見ればわかるよねー。ザクセード伯爵が、爵位を返上しますって書いてあるんだから。そして、そこに私とザクセード伯爵のサインがばっちり入ってる。


 詐欺って、欺される側が不利益を被るはずなのに、これだと仕掛けた側のザクセード伯が一方的に不利益を被っている形だから。


 まあ、神罰の結果がこの契約書なんだけどね。


「どういう事なんだ? この契約書は。ザクセード伯は利益を得るどころか、何もかも失うとなっているぞ?」

「えーと、その契約書にサインする前に、ザクセード伯のお屋敷に大きな雷が落ちまして」

「雷?」


 銀髪陛下とジジ様、領主様の声が重なった。


「それで、お屋敷の人達が大慌てになってしまって。で、伯爵様のところへ行ったら、教会の聖職者達が色々懺悔していました」

「……それは、例の大聖堂へ放火した連中と同じ状態という事かね?」


 領主様からの質問に、無言で頷いた。雷と聖職者の懺悔が意味するのは、それすなわち神罰なりー。


「サーリ、ザクセード伯爵の様子はどうだった?」

「伯爵様は、私が契約書にサインしたら、その場で契約書を取り上げてしまいまして、上側をめくってこちらに見せてきました」

「……という事は、詐欺の主導は教会だな。総大主教猊下に、この事は伝えてあるのかね?」

「じい……祖父に頼んできたので、今頃話を聞いているのではないでしょうか」


 そろそろお昼だからね。ジデジルも砦に帰ってきてるでしょ。


「ジンド、話が見えないのだが?」

「ああ、失礼しました。ザクセード伯の屋敷に落ちた雷は、神罰のものでしょう。聖職者達だけが懺悔していたという事は、より罪が重いのは彼等だという証拠です。伯爵は、教会の連中にたきつけられて詐欺を働いたと思われます。だから、神罰がこの契約書程度で済んでいる。サーリ、伯爵は本来、どんな契約を君に結ばせようとしたのか、わかるかい?」

「多分、磁器の独占販売権を得るのが目的だったんだと思います」

「ほう?」


 あ、領主様の笑みが黒く染まった! 磁器に関しては、今のところ銀髪陛下とジジ様、領主様くらいにしか売ってないからね。


 うちでは普通に使ってるけど、砦に入れる人って限られてるから。


「ま、いい罰ですな。教会契約の書面で、爵位と全財産を返上するとありますから、すぐに手続きに入りましょう」

「ザクセード伯の後任が、そんなに簡単に決まるか?」

「しばらくは王領という事にして、代官を置きます。そのうち功績に対する報償として下賜すればいいんですよ」


 うわー、さくさく決まってくー。どうやら、この詐欺に関しては不問に付す事で、叔父さん大公への影響もなくすつもりらしい。


 で、契約は契約だから、ザクセード伯は爵位と財産を没収……というか返上させて、ザクセード伯領は王領になる、と。


 一応、丸く収まったのかな? あ、教会の不始末がまだ残ってた。それはジデジルに頑張ってもらおう。

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