第282話 忙しい忙しい

 とりあえず、自分用の契約書も確認しておこうか。あ、ちゃんとめくれてる。そして検索先生が言った内容が記載されていた。


「まあ、変わった契約書ですね。内容が変わるなんて。そのおかげで、山を全て無償譲渡してもらえるんですから、閣下はなんていい人なんでしょう」


 もちろん、嫌味です。契約書の内容が変わるなんて、あっていいはずないからね。


「ち、違う! 無償譲渡など! け、契約書を返せ! こんな契約は無効だ!!」


 そう言って、ザクセード伯爵が私の手元の契約書を取り上げようとしたけど、彼の手に聖職者の一人が絡みつく。


「お待ちなさい! あなたも我々と一緒に神に許しを請うのです!」

「何を言っている! お前達から持ちかけてきた事ではないか!」

「だからこそ、こうしてあなたを懺悔に導いているのです! さあ、共に神に許しを請いましょう!!」


 ああ、なるほど。教会関係からこの細工付き契約書の提案してきたのか。だから強制改心コースだったんだね。


 そりゃあ、神様の名前を騙って詐欺をしちゃダメでしょう。


『私利私欲で神の名を使うのは、明確な神罰対象となります』


 神様ルールに思いっきり抵触してるんですな。普通に暮らしている分には、絶対に破らないルールなのにね。


 悪事はいかんよ、悪事は。それに神様の名前を使うのは、さらにいかん。

 ザクセード伯爵は、三人の聖職者に捕まっているので、その隙に屋敷を出て、砦に戻る。


「おお、帰ったか」

「お帰りなさい、サーリ」


 じいちゃんとミシアがお出迎えー。というか、ちょうど午前の修行が終わったところらしい。


「ただいまー」

「無事、売買契約は結べたかの?」

「それがねー。あ、立ち話もなんだから、居間でお茶でも飲みながら話すよ」


 角塔の居間で、三人分のお茶を入れて席につく。昼食にはまだ間があるから、ジデジルが帰ってくるのはもうちょっと後かな。


 教会が関係しているだろうから、彼女にも話を通しておかないと。


「アメデアン伯との間には、普通に売買契約が完了したんだけど、ザクセード伯とは一悶着ありました。これがその悶着」


 そう言って取り出したのは、例の契約書。ちゃんとめくった上の部分も出して見せた。


「何じゃこりゃ?」

「こっちとこっちの内容が、全然違うわよ?」

「うん、どうやら、教会の聖職者主導で、詐欺が行われていたらしいんだ」

「何じゃと?」

「何ですって?」


 二人とも、顔が怖い怖い。私に詰め寄られても、どうにも出来ないってば。


 今日ザクセード伯のところで見た事聞いた事を全部話したら、じいちゃんもミシアも黙り込んじゃった。


 じいちゃんはまだしも、何でミシアまで?


「今、読心術がなくてもサーリが何を考えているか、わかる気がするわ」

「え? 本当に?」

「何故私が考え込んでいるのか、不思議なんでしょ?」

「何故わかる!?」


 やっぱり、読心術を使ってるの!? 驚いていたら、ミシアが大きな溜息を吐いた。


「サーリって、私よりも子供っぽいところがあるよね」

「失礼な!」


 十二歳のミシアよりも子供っぽいなんて、あってたまるか。


「ザクセード伯が、誰の派閥にいるか憶えている?」

「えーと、反国王派だよね?」

「そう。その中でも特にお父様を次の王にしようとしている派閥にいるの」


 そうそう、その縁で今回、温泉を掘る許可と山の売買の紹介状と口添えを叔父さん大公がしてくれて……


「あ」

「私が考え込んだ意味、わかった?」


 派閥とは、すなわちグループだ。学校のクラスでも、万引きした子と同じグループにいる子は、遠巻きにされたりするし、彼女達もやってたんじゃないか、なんて陰口たたかれてたっけ。


 つまり、今回のザクセード伯の一件は、巡り廻って叔父さん大公にも影響が出るかもしれないんだ。同じ派閥……仲間だと、周囲には思われてるから。


「もちろん、お父様が詐欺に加担した事はないと信じているけれど、そうは思わない人達も多いと思う」


 それだけでなく、叔父さん大公を攻撃する材料にもするだろう。貴族、汚い。


「……今回の詐欺の件、領主様や銀髪陛下に相談しておこうと思ったんだけど、やめた方がいい?」

「いや、今すぐ王宮にいっておいで。その方が、大公殿下を救う手立てにもなろうて」

「お願い、サーリ。契約書には、現ザクセード伯が爵位を返上するとも書かれているから、きっとお婆さまやカイド兄様が動いてくださるわ」


 おおお、そんな事なら、今すぐ行ってこなきゃ。まずはジジ様にこれからすぐ行く旨を手紙に書いて送って、すぐにほうきを出して飛び上がる。


「あ、ジデジルが帰ったら、さっきの話しをしておいてー」

「わかった!」

「行ってらっしゃい! 気をつけてね!」


 二人に見送られて、今度は王都の王宮へ。はー、忙しい忙しい。

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