第275話 十二歳

 ジデジルに嫌味をぶつけてすっきりした翌朝、朝食の席でお姫様に提案してみた。


「実は、大公殿下からお姫様を一度、王宮の太王太后陛下のところへ連れて行ってほしいと頼まれまして」

「お婆さまのところへ? 嬉しい!」


 よし、いい反応。


「あちらの都合が良ければ、すぐにでも伺おうと思いますが」

「先生! いいかしら?」

「構わんよ」

「やったー!」


 じいちゃん、いつの間にかお姫様に先生呼びされてる。


「そういえばサーリ、今日はどうしてそんな言い方をするの?」

「へ?」

「昨日はもっと違う話し方をしていたのに」


 ……あれ? そうだっけ?


『昨日は帰ってきてから、姫に対してかなり砕けた話し方をしていました』


 マジでー!? しまった、ついうっかり。温泉で癒やしすぎて、気が抜けてたのかも。恐るべし、温泉。


『温泉のせいにするのはやめましょう!』


 あ、はい。うぬう、昨日ジデジルを追い詰めた罰かな。いや、その前から気は抜けてたわ。




 さて、お姫様の了承が得られたので、まずはジジ様のところに手紙を飛ばす。


 今回はお返事くださいなと付け加えて、返信用の便せんと封筒も用意しておいた。あ、ちゃんと使い方も説明書きを入れておいたよ。


 手紙を送って待つ事しばし。お、お返事が来た来た。何何?




 今すぐ。




 この一文だけ。シンプルでわかりやすいと言えばわかりやすいんだけど、もうちょっとこう、何とかならなかったのかなあ。


 文面を見て唸っていたら、お姫様が覗き込んできた。


「まあ、お婆さまの筆跡ね」

「そうなの? あ、そうなんですか?」

「普通でいいわよ? 私とサーリは、姉妹弟子になるんでしょ?」


 あ、そうか。同じように、じいちゃんに魔法を習ってる訳だからね。


「それと、朝のようにお姫様とは呼ばないでちょうだい。ミシアって呼んで。先生にもジデジル様にもそう呼んでもらうようにお願いしたから」


 ちなみに、お姫様改めミシアは、ジデジルの事を総大主教猊下と呼んで、本人に苦笑されたらしい。間違ってないのにね。


 ともかく、この素っ気ない一文はジジ様の直筆らしい。ミシア曰く、本人が書くときは短文で、時候の挨拶とかが入ってる場合は代筆なんだってさ。


「王族って、そこらの貴族よりも手紙を書かなきゃいけない事が多いらしいの。全部一人で書いていたら、一日中手紙ばかり書いてる事になっちゃうわ」


 だから、代筆もありになるんだね。何でも、王宮にはこの代筆専門の役人までいるんだってさ。


 代筆の手紙には、最後に本人のサインを入れて「この手紙の中身は本人も了承してますよ」という事にしてるそうな。


「ジジ様から『今すぐ』って返事が来たのだから、今すぐ行こっか」

「うん!」


 という訳で、ちょっくら二人で王宮に行ってきまーす。




 既に訪問は手紙で報せてあるので、奥宮の中庭に直接下りられる。まあ、無許可で何度も下りてたけどね。


 あ、今回はほうきではなく、じいちゃんに絨毯を借りました。ミシア、凄い喜んでる。


「まあ! これも空を飛ぶのね! 凄いわ!!」

「あんまり乗り出すと危ないよー」

「わかったわ!」


 本当は結界が張ってあるから、落ちないんだけどねー。ミシアは何だか危なっかしいから。


 ちなみに、本日のミシアが着ているのは、大公領から持ち込んだドレス。さすがに王族のお姫様が王宮に行くのに、部屋着で行くわけにはいかないわな。


 私はいつもの冒険者の格好です。別にこのままでいつも行ってるから、いいんだよ。


 お、王宮が見えてきたよ。今日のお出迎えは誰かなー……って、あれ、ジジ様!?


 意外な人のご登場に驚きつつも、絨毯をゆっくり奥宮の中庭に下ろす。ちょ、ミシア! 飛び降りたりしたら危ないってば!


 いくらもうちょっとで地面って高さだからって。お転婆なお姫様だなあ、本当。


「お婆さま!!」

「まあ、ミシア!」


 ミシアはジジ様に飛びついて、しがみついている。ジジ様も、嬉しそう。顔がとろけちゃってるよ。


「よく顔を見せてちょうだい。本当に久しぶりだこと。元気にしていましたか? すっかり淑女らしくなって」

「いやだわ、お婆さま。私もう十二歳になるのよ」

「はえ!?」


 じゅうに!? 本当にミシア、十二歳なの!? てっきり十七、八だと思ってたのに……


 驚きあまり、おかしな声を出しちゃったから、ジジ様もミシアもぽかんとしてこっちを見てる。


「いえ、あの……」


 はははと笑って誤魔化した。あー、ミシアが読心術封印されてて、良かったー。

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