第268話 またか

 温泉を掘る許可の口添えを叔父さん大公に頼んだら、大公のお姫様の魔法教育をお願いされた。


 ここまではいいんだけど、教える場所は砦で、しかもしばらく預けたいって、どういう事?


「色々と聞いているよ。厄介な盗賊団を単独で捕まえたんだってね。他にも、元ウーズベル伯の軍勢も追い払ったんだとか。そんな砦なら、娘を安心して預けられるってものじゃないかな?」

「いやいやいや、噂話だけで大事な娘さんを預けるとか、決めちゃだめでしょうが!」

「大丈夫だよ。ねえ?」

「大丈夫よ。ねえ?」


 そこの大公親娘、お互いに顔を見合わせて「ねー?」とか言い合ってるんじゃありませんよ!


 大体、こことコーキアン領がどれだけ離れてると思ってるんですか。しかも、一応領主様とは政敵になるんじゃないの!?


 あれこれ思うけれど、口には出来ない。ううう、いい反論材料がないよう。


「そう難しく考えなくても、ちょっとうちの娘を預かってほしいだけだよ。あ、ちゃんと滞在費は払うよ? 安心してくれたまえ」

「いや、そこ安心する場所じゃないですよね?」

「はっはっは。聞き流しなよ」


 何だろう……話してるだけで、向こうのペースに巻き込まれてる気がする……やっぱり、この大公殿下、やり手だろ絶対。


 でもなあ……お姫様は、多分今すぐにでも魔法修行を始めた方がいいのは本当だし、温泉への口添えもほしい。


 それだけ考えると、どっちも得をするように思えるんだけど。


 何かが、引っかかる。何だろう。


「今君がうんと言ってくれれば、この口添えを書き記した手紙を渡そう。アメデアン伯爵とザクセード伯爵への紹介状付きだ」


 至れり尽くせりだよ。引っかかりなんて忘れて、つい「うん」と言ってしまいそうだわ。


 でも待て。冷静になれ。至れり尽くせりって事は、相手はどうしてもこの交渉を私に飲ませたいんだ。それは何故か。


 別に砦でなくとも、お姫様の魔法修行は引き受けると返事をしている。だから、重要なのはそこじゃない。


 お姫様が、砦に行く事が重要?


「うん、そうだよ。私、ここにいたら命が危ないんだって」


 待ってえええええ! さらっと怖い事言わないでええええええ! さっきから引っかかっていたところはこれだよ!


 砦のセキュリティも知っていて、あえて預けたいって事は、危険から遠ざけたいからじゃん! って事は、大公領が危険って事なんじゃ……


 思わず、叔父さん大公の顔を見る。


「君は、思っている以上に賢いようだね」

「いえ……そんな事は……」


 じいちゃんならまだしも、私じゃ気づかない事の方が多い。今日のこれは、たまたまだ。


 叔父さん大公は重い溜息を吐いた。


「この国に、派閥がいくつかあるのは知っていると思う。特に大きなものが、国王派と反国王派だ。でも、それぞれの派閥にも、細かい違いがあってね。近々ここを襲撃しようとしているのは、反国王派の中でも一番過激な連中なんだ」


 そう言って、叔父さん大公が教えてくれた内容は、大体こんな感じ。


 反国王派ってのは、詰まるところ現在の王宮で主流から外れた貴族達の事。そんな中でも、純粋に叔父さん大公に王位に就いてほしい人達もいるけれど、そうじゃない人達もいる。


 また、叔父さん大公に王位に就いてほしい人達の中でも、お姫様はいらないとする派閥も、あるんだって。


 何故かと言えば、お姫様のお母様、大公妃殿下は身分が低い家の出だったから。


 実は叔父さん大公が王位争いから退いたのも、それが大きかったみたい。


 王位に就いたら、今の大公妃と離縁して、もっと身分の高いお妃様を迎えるように、その時には今のお妃様から生まれたお姫様も一緒に放り出せ、と迫ったんだって。


 結局、この事が叔父さん大公の逆鱗に触れて、結果叔父さん大公は甘い汁を啜ろうとした貴族達をまとめて銀髪陛下と王位争いをした。


 でも、これは表向き。面倒な貴族を率いたままあっさり王位争いに敗れて、王都を去る事にした。


 もちろん、まとめた貴族も道連れにして。今、道連れにした貴族家達は世代交代をして王都に復帰した組と、そのまま領地で燻ってる組で明暗が分かれているらしい。


 で、近々大公領を襲撃しようとしているのは、この燻ってる連中。こいつら、叔父さん大公が使えないと判断すると、遡って国外にお嫁にいった王女殿下の血筋から王を担ぎ出そうと企んでるらしい。


「え、それ反逆罪に当たらないの?」

「反逆罪というか、既に小さな内乱かな?」


 どちらにしろ、ろくでもないって事だね。でも、そういう連中がいて、襲撃がわかっているなら、備えればいいだけなんじゃないのかな?


 私の疑問に、叔父さん大公が苦笑する。


「どうもね、連中は魔法士を複数人雇ったらしいんだ」


 なぬ? 北ラウェニアに、雇い入れる程魔法士っていたっけ? 南から流れてきた人かな?


「彼等は、南ラウェニアのナシアンという国に助力を願い出たらしい」

「ナシアン!?」


 ナシアンって言ったら、ローデンの隣の国で、あのトゥレアの故国。しかも、彼女をハニトラ要員にしていた、腹黒国家だ。


 あの国、ダガードにまで手を伸ばしていたの!?


「知っているのかい? ああ、そういえば、君は南ラウェニアから来た冒険者だったね。ナシアンは、複数人の魔法士を用立てて、今回の襲撃の後押しをしているようなんだ」

「それで、お姫様だけでもここから逃がそうと……」

「うん。まあ、そうなるね。コーキアンなら、いざとなったら辺境伯がミシアを母上の元まで連れて行ってくれるだろう。母上は、孫娘としてミシアの事をかわいがってくれているから」

「お婆さま、大好き!」


 あー、ジジ様なら、母親の出自なんぞ関係なく、息子の子だからって事で孫をかわいがりそう。いや、普通はそうなんだよね。


 うーん。でも、こんな話を聞いて、はいそうですかって言うのもなあ。


 叔父さん大公は、ジジ様の息子で、銀髪陛下の叔父さんなんだし。


 ここはいっちょ、お節介してみようかな?

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