第267話 温泉のためなら

 結局叔父さん大公に負けて、いったん砦まで話を持って帰る事に。


「それでは、失礼します」

「ああ、次はいつでもここまで来られるようにしておくよ」


 権力者って、凄い。


「また明日ね!」


 お姫様、ここは心を読まないでいただきたい……まあ、明日来ると思うけど。




 砦に帰ったら、じいちゃんに驚かれた。


「また随分と早い帰りじゃのう。大公には会えんかったのか?」

「いや、そうじゃなくてさあ」


 建物の外で立ち話もなんだから、居間に場所を移した。


「という訳で、お姫様に魔法を教えるのが条件なんだって」

「それで、わしの事を持ち出したのか」

「だって、ジデジルじゃちょっと、って言うから」

「……あやつの性格は、そんなところまで及んでおるのか?」


 ああ、じいちゃんもまずは彼女の性格が問題って思うんだね。


「違うみたい。なんかね、今聖地がごたついてて、それに巻き込まれたくないんだって」

「ああ、ジデジルがそんな事を言っておったのう」


 なぬ? いつの間にそんな話を?


「じいちゃん、知ってたの?」

「うむ。二、三日前じゃったか。お主のいない間にの」


 なんか、ずるくね? じいちゃんをじとっと見ていたら、慌てた様子で言い訳をし始めた。


「ジデジルが、サーリの耳に入れずに済むならその方がいいと言ったんじゃよ。聖地の事を聞けば、ユゼを心配して飛び出しかねんとな」


 ジデジル、私の事をよくわかってるよなあ、本当。実は今も、ユゼおばあちゃんが心配で聖地に飛んでいきたいくらい。


 でも、検索先生に止められてる。曰く『助力を求められていないのに、首を突っ込むのはやめましょう』だって。


 わかってるよ。今回の聖地の件が神罰絡みなら、私が首突っ込むと神罰対象者が増えかねない。


 神様、もう少し手加減……はしなくていいけど、時期を見計らっていただきたい。いっぺんに神罰下るのはいかがなものかと。


『神に人の物差しは当てはまりません』


 ですよねー。神様の都合に人が振り回される事はあっても、逆はないですよねー。


「まあ、そういう事なら、わしが引き受けよう」

「いいの!?」

「温泉の交換条件なんじゃろ? わしも楽しみにしておるでな」


 じいちゃん! ありがとう!


「それに、ろくな修業も積まんと読心術を使いこなすなど、その姫は少々危なっかしい」

「じいちゃんも、そう思う?」


 私も、そこが気になってた。読心術って、魔法を習った人間でもそう簡単に使える術じゃないんだよね。


 素質がある人が、魔法を修業してやっと使えるようになるくらい、難しいもの。ちなみに、私は素質皆無なので使えません。


「本人は、浅い部分しか読めないみたいな事、言っていたけど」

「深いところまで読める相手なら、お主が神子だとバレておったろうな」

「……勘だけど、叔父さん大公の方にはバレてる気がする」

「まあ、最近は本当に隠す気があるのかと疑いたいくらいじゃから、当然じゃろ」

「う……」


 反論出来ません。まあ、バレて面倒になったら、砦ごと逃げる手段もあるしね。


 出来れば、長くここにいたいけど。


「大公殿下には、わしが了承したと伝えてくれ」

「わかった。で、授業はどうするの? じいちゃんが通う?」

「相手は大公殿下の姫君じゃろ? ここに通わせるのは無理じゃろうて」


 ですよねー。じゃあ、じいちゃんが向こうに通う形で。空飛ぶ絨毯があるから、通いも苦じゃないだろうし。


 あ、でも。


「研究の方はいいの?」

「午前は研究に、授業は午後からにしてもらってくれんか?」

「わかった」


 あれ? 明日と言わずに今日中に話がまとまっちゃったよ。でもまあ、いいか。お姫様にも「また明日」って言われたし。



 明けて翌日、朝食までのルーティンワークを終えて、身支度も確認。さて、ではまた大公領まで行きましょうか。


 昨日同様、領都の手前辺りの物陰でほうきを下りて、徒歩で街の門をくぐる。昨日とは違う門番だけど、身分証を見せたら、何やら仲間内でひそひそやってる。


「お待たせしました。どうぞ。こちらの者が、ご案内します」


 なんと、本日は門番の案内つきで叔父さん大公のお屋敷まで。昨日はこの道、お姫様に手を引かれて走ったっけ……


 お屋敷の門で、こちらの門番に引き継がれて、またしても案内付きで屋敷の中を歩く。昨日のあの部屋に通されるみたい。


 あそこ、叔父さん大公の執務室っぽかったもんね。


「失礼します。客人をご案内しました」


 扉の前で案内の門番が言うと、ものすごい勢いで扉が開いた。


「いらっしゃい!」


 お姫様、もう少し手加減しようよ。扉、凄い音がしたよ? 傷とかついてないかな?


 呆然としていたら、お姫様にまたしても手を引かれて部屋の中へ。昨日と同じ場所に腰を下ろした。


「さて、返事を持ってきてくれたかな?」

「はい。じ……祖父が、謹んでお受けいたします、と」

「そうか! いやあ、助かったよ」


 そう言って笑う叔父さん大公。本当にお姫様の事、心配していたんだね。それもそうか。お父さんだもんね。


 普通のお父さんは、子供の事を心配するもんだ。うちの父? 普通じゃないので、私の事を心配した事なんて、一度もありませんよ。


 おっと、そんな事より、お姫様の授業形態を確認しないと。


「それで、祖父がこちらに通う形で大丈夫ですか?」

「ああ、その事なんだが、魔法を憶えるまで、ミシアを君のところに預けようと思ってるんだ」


 はい!?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る