第265話 叔父さん大公

 目の前をふわふわと柔らかそうな金髪が揺れる。私を引っ張る手も、白くてすべすべ。やっぱりお嬢様って、綺麗な存在だよなあ。


 そんなお嬢様に連れられて、やってきました叔父さん大公のおうち。「おうち」ってサイズじゃないけど。


 大きなお屋敷だ。コーキアンの領都にある領主様のお屋敷よりも広いんじゃないの?


 まあ、こっちの方が身分が上だから、当然か。


「ただいまー!」


 お嬢様、元気に「おうち」の門番さんにご挨拶。はい、不審者扱いの目で見られております、私。


「あ、この人はね、お父様にご用事があって来たの」


 あれ? 私、ここに何しに来たって、街の門で言ったっけ?


「ですが姫様……」

「大丈夫! だから、この人を入れていいでしょ?」


 いや、さすがにそれでほいほい人を入れていたら、警備の意味ないでしょ。


「仕方ありませんねえ」


 いいの!? こっちがびっくりだよ!? 驚く私の前で、お嬢様と門番がお互いにうふふーあははーとやり取りしてる。


 えー……この大公領って、のんびりしたところなのかな?




 お嬢様に連れられたまま、叔父さん大公のお屋敷の中をずんずん進んで行きます。


 さすがお嬢様。顔パスです。でも、さっきのお屋敷の門番は、姫様って言っていたっけ。


 そっか。このお嬢様、王族のお姫様でもあるんだ。いわゆる「王女」ではないけど。


 大きなお屋敷の中を階段上って廊下を進んで、どん詰まりにある大きな扉を無造作に開けるお嬢様。いや、お姫様かな?


 てか、そんな勝手に開けていいの?


「ただいまー、お父様ー」

「おお、お帰りミシア。今日もご機嫌だね」

「うん! あのね! 街の入り口でこの人を見つけたの!」

「ほう?」


 部屋の中は円形の広い部屋で、奥の壁には窓がたくさん。そして窓の前には大きな机。その机に、眼鏡の優しそうな男性が座ってた。


 これが、叔父さん大公……お姫様と同じ色の髪はまっすぐで、少し長めの髪を左側で一つにまとめて前に垂らしてる。前髪は後ろになでつけてるんだな。


 顔立ちそのものは、血が繋がってるだけあって、ちょっと銀髪陛下に似てるかも。いや、ジジ様かな?


 あれ? そういや先代国王と叔父さん大公って年齢が離れてるって聞いたから、てっきりジジ様以外の女性が産んだのかと思ったけど。


 もしかしなくても、先代国王も叔父さん大公も、ジジ様の息子だったの?


「それで? 君は何をしにここへ来たのかな?」

「あ! し、失礼しました。私はコーキアン領の冒険者でサーリと申します。まずは、こちらを……」


 名乗ってから、懐の手紙を差し出す。本当はお付きの人に渡さなきゃいけないんだけど、ここ、いないし。本人に渡す以外、手がないよね。


 でも、本当にいいのかね? お姫様が見ず知らずの人間を大公の元まで連れてきちゃって。


「うん? 手紙? おや、これはこれは……悪いが、ここで読ませてもらうよ」

「は、はい」


 いやいや、そんな言葉はいりませんて。何よりここ、叔父さん大公のお屋敷でお部屋なんだから。


 お姫様はさっさと座り心地良さそうなソファに腰を下ろして、にっこにこで自分の隣をぽんぽんと叩く。座れって事だね。


 どうしたものかと叔父さん大公の方を見ると、笑って頷く。こっちも座れって事ですね……


 おっかなびっくり腰を下ろすと、すぐにお仕着せを着た使用人さんがワゴンを押して入ってきた。


 そんで、目の前にはいい香りのお茶とお茶菓子。再度言おう。いいのか!? これで!


 お姫様はおいしそうにお茶菓子を頬張ってるし、叔父さん大公はまだ手紙を読んでる最中。どうしよう?


「毒なんて入ってないよ? お菓子も、おいしいよ?」

「へ?」


 隣のお姫様は、にっこり笑ってる。いや、毒殺とかを警戒してるわけじゃないんだ。ただ、この状況に困ってるだけで。


 思わずお姫様に愛想笑いを返したら、叔父さん大公が笑った。


「ミシア。彼女は毒殺を心配しているんじゃなく、この場に緊張しているだけなんじゃないかな?」

「そうなの?」

「君のその素直なところは愛すべき箇所だけれど、他の誰もが君と同じように振る舞える訳ではないという事も、知らなくてはね」

「えー?」


 叔父さん大公の言葉に、お姫様は不満そう。いや、本当に緊張しますって。下手な事して不興を買ったら、私だけでなく領主様にまで迷惑かかりそうだし。


 今私に出来る事なんて、おとなしくしている事くらいじゃね?


「大丈夫だよ」

「はい?」

「お父様は、悪い人じゃないから」


 ……いや、そりゃお姫様にとっては、悪い人じゃないでしょうけど。思わず返答に困っていると、またしても叔父さん大公が笑う。


「ミシアは、言葉が足りないと、教師に言われなかったかい?」

「どうしてみんな、そんなにわかりづらいのかしら」

「人とはそういうものなんだよ」

「えー?」


 もしかしなくても、このお姫様はちょっと変わったお姫様なのかな?


「ふむ。手紙の内容はわかった。それと、君の疑問を少しだけ解消しておこう。ミシア……ミザロルナはね、人の心を軽くだが読めるんだ」

「え?」

「おそらく、魔法の素質があるのだろうと言われている」


 読心術。それは、魔法の素養持ちの中でも、かなり特殊な部類の能力保持者だ。思わず隣のお姫様を見ると、邪気のない笑顔を向けられる。


「ミシアが初対面の君をここに連れてきたのは、君に自分の祖母や従兄弟の記憶を読み取ったからだと思うよ。現に、二人からの手紙を持参しただろう?」


 なるほど。ジジ様と銀髪陛下は、お姫様本人にも叔父さん大公にも悪い事はしないと信頼しているから、私をここまで引っ張ってきたのか。

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