第264話 待ってえええええ

 結局昨日はそのまま夕飯近くまで三番湯で過ごした。おかげで、戻ったらジデジルとブランシュ、ノワールに文句を言われてしまったよ。


 今度は彼女と二匹も一緒に連れて行く事になりそう。


 さて、翌日の朝のルーティンワークを終え、朝食も終わったところで、昨日の領主様からの依頼を話す。


「という訳で、ちょっくら大公領まで行ってくるね。あ、お昼には間に合わないだろうから、食料庫に入れてあるの、適当に食べて。おやつの時間は……ちょっと読めないから、そっちも戻れないかも」

「お一人で向かわれるんですか? 心配です」

「ふうむ……心配は心配じゃが、おそらく大公殿下にお会いするのは、サーリ一人の方がいいじゃろうて」

「そうなの?」

「わしやジデジルが同行すれば、サーリの用件で来たとは思ってもらえんかもしれんぞ?」


 保護者の背中に隠れているような奴の話は聞かないってか? うーん、確かにそういう人はいるよね。特に貴族。


 叔父さん大公はバリバリの貴族で王族だ。うわー……とっても苦手な属性ですね!


 それ言ったら、領主様もジジ様も銀髪陛下もそうなんだけど。あの人達、そういう垣根超えちゃってる人種だからなあ。


「まあ、領主様にも会っておいで、って言われてるから、一人で行ってくるよ」

「……お気を付けて」

「この世でサーリを傷つけられるものなぞ、そうはいまいて」

「賢者様、傷つくのは体だけじゃありません。心も傷つくんですよ」


 ええそうですね。そして私の心を傷つけるのは、決まって王侯貴族なんだよなあ。そして行き先はその王侯貴族のところ。


 嫌な予感もするけれど、これを超えないと温泉が!


『頑張りましょう! 私も全力で支えます!!』


 はい……本当、先生ってブレないっすね……




 ツエズディーロ大公領は、ダガードの中でも南南西に位置する。以前行ったフィエーロ伯領より西。


 といっても、あの領は南に突き出てる形の場所だからね。なので、フィエーロ伯領から見ると、北西に位置してるのかな?


 砦からは地図を見ながら飛んで、片道約三時間。途中まではかなり飛ばしたからね。何せ三分の二はフィエーロ伯領への道と同じだから。


 街道の分岐からは、地図を確認しつつ飛んで、やっと領都に入る。あ、身分証見せなきゃ。


「コーキアン領の冒険者? ……そこの冒険者が、この街に何の用だ?」


 あれえ? のっけから敵対心バリバリですよ? 領主様、この街の人に嫌われてるのかな?


 まあ、あの人は国王派の重鎮だもんね。王位争いの時も、多分叔父さん大公相手にあれこれやったんだろうなあ。


 それで、大公領の人に嫌われている、と。領主様も大変だね。


 ところでこれ、なんて答えれば正解なんだろ?


「おい、どうした? 答えられないのか? 答えられないのなら――」

「冒険者が街を移動するのは、当然の事なんじゃないのかな?」


 あれ? 今、言おうとした事を全部後ろから言われちゃったんだけど……誰?


 振り返ったら、私よりも二、三歳年下っぽい女の子が立っていた。身なりがいいから、裕福な家の子か、それとも――


「これは! ミザロルナ様!!」


 あー、後者かー。門番の兵士が、その場に跪いちゃった。その様子にも動じず、女の子はにっこりと笑う。


「冒険者が身分証を呈示したのだから、街に入っていいのよね? お父様がそうお決めになったのだもの」

「は、はい……おい、入れ」

「どーも」


 扱いがぞんざいだけど、いいや。入れないと困るし。なので、こっちの対応もまあそれなり。


 それにしても、お貴族様で「お父様がお決めになった」か……これは確実に、叔父さん大公のお嬢様だね。


 って、あれ? 叔父さん大公って、銀髪陛下とそんなに年齢が離れていないんじゃなかったっけ?


「行きましょ!」

「うえええ!?」


 門をくぐって考えてたら、さっきのお嬢様に手を取られて走ってた。ちょ、ちょっと待って、これ、どこに向かってるのよ!


「ま、待ってええええ」

「えー? 何ー?」

「こ、これ、どこに向かってるのー!?」

「私のおうちー」


 待って。本当に待って。私のおうちって、それ絶対おじさん大公のお城だよねええ!?


 いや、行くつもりで来てるけど! これは本当に想定外だってばああああ!!

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