初夏

第263話 難しいね

 季節は初夏。北の国であるダガードでも、そこかしこで短くも待ち遠しい夏を楽しむあれこれが始まってる……らしい。


「あー、極楽極楽ー」


 ただいま私はジジ様の領地に掘った三番湯にいる。温泉も数が増えてきたので、掘った順番に番号を付ける事にしたんだ。


 そうしたら、これが砦以外にも評判が良かった。特に王宮のお三方。どの温泉にも別荘として建物がくっついているので、行く時の指定に便利なんだってさ。


 ここは崖の上に立てた別荘で、下には川が流れている。その水音もいいし、周囲の緑もコーキアンのとはまた別でいいし。


 ちなみに、二番湯は周囲が森。水場がないのがちょっと残念だったので、庭に池を作ってみた。


 錦鯉でもいればなあ、と思ったら、観賞用の魔獣の魚がいるそうな。いるんだ!?


 で、それを釣ってきて、池に放してある。餌は水草だそうだから、広い池に多めの水草を入れておいた。入れすぎもダメって言われたっけ。


 で、三番湯でのんびりしている私の耳に、少し離れた男湯から声が聞こえる。


「おおい、サーリよ。領主殿が今日の昼食は何が出るかと、気にしておるぞー」


 じいちゃんだ。いっそ、向こうからこっちに連絡出来る通話器でも作ろうかね? 船とかにある、金属の管で声を伝えるようなやつ。


 魔法を使わなければ、じいちゃんも文句言わないでしょ。


 おっと、その前に今日の昼食だっけ。


「今日はトマトとチキンのパスター」

「わかったわい」


 麺はお手製。と言っても、材料を入れて亜空間収納内で作ったものだけど。なので、生パスタ。もちもちした食感がおいしいのだ。


 ソースはトマトタイプ。鶏肉もがっつり入れるので、腹持ちもいいでしょ。あとはサラダか。


 本日、この温泉に来ているのは領主様とじいちゃんと私だけ。何でも、領主様が折り入って相談がある、らしい。


 なら砦で話を聞くのに。そう言ったら、ついでだから、三番湯に入りたいんだって。ふ、領主様も温泉の魅力に取り憑かれましたね?




 お風呂から上がってイチゴミルクを堪能し、お昼を出す。ソースは大量に作って収納に入れてあるし、パスタも温泉に入ってる間に茹でて収納内で保管中。


 後は皿の上に盛り付けてサラダを出して出来上がり。簡単便利。


「ほう、これはまたおいしそうだ」

「領主様の口に合うかどうか」


 何せ、庶民の味だからねー。最近、ダガードでも大ぶりのトマトが出回り始めて、市場でも簡単に手に入るようになったんだ。


 多分、土地の穢れがなくなったから、大地本来の力が戻ってきてるんだね。いい事だ。


 お風呂上がりでお腹が空いていたからか、ちょっと食べ過ぎちゃった。苦しい……


 私とは違って上品に食事を終えた領主様が、改まって口を開いた。


「さて、折り入って相談があると言ったね?」

「はい」

「実は、難航している南の温泉についてなんだ」


 この国にある温泉は、検索先生によると全部で七カ所。うち、三カ所は既に温泉として入浴可能にしている。


 もうちょっとしたら、西の方も掘れそうって話は聞いたけど、そういえば南はその後何の話も聞かなかったなあ。まさか、難航していたとは。


「何か、理由があるのかの?」

「南は比較的、カイド様が王位に就いている事に反対している貴族が多いんだ」

「もしかして、温泉がある領地って……」


 この流れでいくと、銀髪陛下に反対している貴族の領地って事? 領主様は苦笑しながら頷く。


「君が示した三カ所全部、反国王派の貴族の領地だ」


 あちゃー。それだと、領主様や銀髪陛下経由じゃ許可おりにくいんじゃないかなー?


 それで、難航か。


「ふうむ……聞いた限りじゃ、温泉の許可は下りそうにないのう」

「そうなんだが、一つ、手がない訳じゃない」

「え?」


 あるの? 思わずじいちゃんと一緒に食いついちゃった。新しい温泉って、夢が広がるよね。


 私達の前で、領主様はそれはそれはいい笑顔で仰った。


「彼等は反国王派だが、裏を返せば全員ツエズディーロ大公派という事になる」


 ん? その舌噛みそうな名前、どっかで聞いた事があるようなないような……


「して、そのツエズディーロ大公というのは、どのような御仁なんじゃ?」

「カイド陛下の叔父君で、王位を争った相手ですよ」


 そうだったー! 銀髪陛下の叔父さん大公だったー!


「ツエズディーロ大公殿下は、話のわかる方だからね。サーリ、ちょっと大公殿下の元へ行って、南の連中を説得するよう、頼んできてくれないかい?」

「え!? 私が行くんですか!?」


 何で? どうして? 大体、王族の大公殿下が、一介の冒険者風情にそんな簡単に会ったりする訳……


 目の前にいるの、辺境伯閣下でしたね……そして、王宮でよく顔を合わせる方々は、太王太后陛下や銀髪陛下でした……


 そんでもって、叔父さん大公はその銀髪陛下の叔父さんだよ! そりゃ簡単に庶民に会っても、不思議じゃないや。


「ここに、太王太后陛下とカイド陛下からの手紙がある。これを持って、ツエズディーロ大公殿下に、会っておいで」


 あー、温泉の為には、逃げる訳にはいかない……何より、検索先生からの圧が凄いです。


『行きましょう! 今すぐにでも!! あ、でももう少し三番湯を堪能してからでも、遅くはありませんよね』


 検索先生、ブレないなあ……

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