第254話 濃い
ジデジルは教皇庁のお偉いさん。どのくらいお偉いさんなのかと言えば、表門で身分証代わりのペンダントを見せるだけで、お迎えの人がその場に急行するくらい。
「総大主教猊下!? 急なお戻りで……」
「先触れを出さなかった事は詫びます。教皇聖下は奥ですか?」
「は、はい」
「では、参りましょう」
お迎えの人はまだ二十代半ばくらいの若い人。そのお迎えの人をおいてく勢いで、ジデジルはずんずんと奥へと向かって歩いて行く。
ここ、敷地も広いけど、建物も大きいんだよねえ。
お迎えの人は、私が気になるのかちらちらとこちらを見てくる。
「あの、猊下……こちらの方は……」
「私と聖下の大事なお客様です」
ジデジルはお迎えの人を振り返る事なく、手短に説明した。うん、まさか、ここで私が神子ですなんて言う訳にもいかないもんね。
教皇庁は入り口から奥へと四つの区域で構成されている。表は一般に開かれた大聖堂。中の表と呼ばれる第二区域は各地の聖職者が集まる場所。中の裏と呼ばれる第三区域はここで働く人達の居住区域。
そして、最奥と呼ばれる第四区域が、教皇とその側に仕える人達のみが入れる場所だ。
なので、最奥が一番小さく作られている。
「あの、猊下。私などが申し上げる事ではありませんが、最奥に一般の方を入れるのは如何なものかと……」
「大事なお客様だと、先程も言いましたよね? 聞いていなかったのですか?」
「いえ……」
「それに、あなたは知らないようですが、こちらの方は賢者様でいらっしゃいますよ」
「え!? では、この方が邪神を再封印なさった神子様へ教えを授けた賢者バルムキート様……」
丁寧なじいちゃんの説明ありがとう。本当は私が召喚される前から、魔法を使う人達の間でじいちゃんの名前は有名だったんだけどねえ。
邪神浄化以降、すっかり「神子に教えを授けた賢者」で有名になっちゃった。
といっても、じいちゃん自身は有名になるのは嫌なんだってさ。下手に名前や顔が売れると、動きにくくなるから、なんだって。
そんなもんかねえ、と思ったけど、私も神子だとバレないようにしてるしなあ……一応ね。
最近、自重が足りないと自分でも思ってるよ。
ま、バレたら砦ごと向こうの大陸に引っ越しちゃえばいいしね。向こうだと、神子ってあんまり有名じゃないみたいだし。
ジデジルの後をついて、ずんずん建物の中を進む。あっという間に最奥手前まで来たよ。
「おや、これはこれはジデジル殿。ご無沙汰しておりました」
うわ、何か嫌な奴が出た。このおっさんの顔、見覚えがある。というか、一回見たら忘れられないくらい、濃いんだよね……顔が。
確か、ジデジルが総大主教の座に就くのを、最後まで反対していたおっさんだったはず。
今も慇懃無礼な態度が鼻につくわー。
「あなたが北の最果てに向かわれて以来ですから、もうどれくらいになりますか。して、今日は何用でこちらへ?」
「もちろん、聖下にお目にかかる為ですよ」
「おお、それは残念な事を。教皇聖下はほんの少し前に、具合を悪くされて休んでおられます」
嘘だ。ユゼおばあちゃんの気配は、ここからでもわかる。相変わらず元気そう。
ジデジルもそれがわかっているのか、濃い顔の脇を通り過ぎる。
「そうですか。ではなおの事、お側に行かなくては」
「待ちたまえ! 聖下はお休み中だと言っただろう!」
あ、濃い顔がジデジルの腕を掴んだ。と思ったら、じいちゃんが簡単にその手を外しちゃったよ。濃い顔、驚いております。
「ネトイン司教」
驚きから怒りで顔を真っ赤にした濃い顔に、ジデジルが冷たい声で名前を呼んだ。
「な、何だね?」
「いつから、あなたは聖下のお側に仕える許可を得たのですか?」
「はあ?」
「枢機卿でもなく、総大主教でもないあなたには、私が教皇聖下のお側に向かう事を止める資格はありません」
「な!?」
「ああ、そうそう。これから聖下にお会いしますが、先程のあなたの言葉、忘れませんよ」
嘘吐いてたからねー。ジデジルの言葉に、濃い顔はさらに顔を真っ赤にさせている。
すぐバレる嘘を、どうして吐くかねえ?
最奥は、表の喧噪が届かない静かな場所。教皇専用の小さな礼拝堂と、執務室、応接室、私室と、規模はとても小さい。
でも、細かいところまで作り込んだ美しい白亜の宮殿だ。
その執務室に、現教皇、キストル二世聖下がいる。教皇としての名はキストル二世だけど、本名はユゼ。私はユゼおばあちゃんと呼んでいる。
「聖下!」
「まあ、ジデジル? あなた、先触れも出さずに」
そりゃ、ユゼおばあちゃんもびっくりするよねえ。ダガードからここまで、普通に来ようと思ったら陸路で一ヶ月以上かかるもん。
「その事は幾重にもお詫びいたします! それよりも、聖下に急ぎお知らせしたい事が!」
「それは、そこにいらっしゃるお二人の事ですか?」
ああ、ユゼおばあちゃんにも、私が「神子ユーリカ」だって、バレてるねえ。まあ、ユゼおばあちゃんになら、いいか。
「わしらの事ではないな。ダガードに建設予定の、大聖堂についてじゃ」
「大聖堂? あそこが、どうかしましたか?」
「昨日、放火されました」
さすがのユゼおばあちゃんも、驚いて声が出なかった。
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