第242話 お試し

 とりあえず、浴衣に関しては別荘内だけでの使用で、と言っておく。


「これ、見たとおり生地が薄いので、王宮だと寒いのではないかと……」


 夏場はいいけどさ。秋冬は多分風邪ひくと思うんだ。あ、別荘内は断熱を頑張ったので、真冬でも浴衣だけで寒くないよ。


 私の言葉に、太王太后陛下達は何やら話し合う。え。話し合う余地、あるの?


「サーリ、これの生地を厚くすれば、冬でも寒くないかしら?」

「えーと……ご覧の通り、そで口とかかなり開いてますし、それ一枚では生地を厚くしてもやはりダガードの冬は厳しいと思います」


 太王太后に聞かれたので、素直に答えておく。うん、厚手にしても、一枚じゃ寒いんじゃないかな。


 着物みたいに何枚も重ねればいける……かも? でも、そうすると今度は帯を締めるから窮屈そうだし。


 浴衣なので、帯は旅館なんかにあるようなやつで簡単に緩く締めてます。


 私の返答を聞いて、またしても女性四人で何やらお話し合い。


「では、下に毛糸のシャツを一枚着るのはどうでしょう?」

「それだと、結局苦しくなるのではなくて?」

「いえ、一番の問題であるコルセットがなくなりますから、多少の動きづらさはあっても、息苦しさはなくなるかと」


 ああ、コルセット、きついもんね……しかも、どこの鎧だよって言いたくなるようなのばっかりだし。


 ローデンにいた時につけられていた奴、鉄製なんだぜ……何度肋骨が折れると思った事か。まだしも布製にしてよと、内心何度も叫びましたともさ。


 それはともかく、太王太后陛下達の問題は、コルセットをせずに過ごす服装を、って事だよね? 庶民的なものでもいいのかな?


 そんな事を考えていたら、四人の視線がこちらに向いた。


「サーリ、何かいい考えはありませんか?」

「わ、私ですか?」

「ええ。ジンドから、あなたは驚くような考えを出してくると聞きました。今こそ、その考えを出してちょうだい」


 そんな無茶な。あ、でも、さっきちょこっと考えていた事を、確認してみようかな。


「あのう、コルセットを締めるのがきついから、つけない服がいいって話ですよね?」

「それと、もう少し脱いだり来たりを簡単にできるものがほしいわ。ここに来た時に、手間がかかると面倒だもの」


 また来る事が確定してるんですね。イチゴミルクのせいかな……それとも、単純に温泉のせい?


「では、こんな形のスカートはどうでしょう?」


 取り出したのは、いわゆるサロペットスカート。これは私用に作ったもので、作業着にしてる。


 だから生地が厚いし、汚れに強いように作ってあるんだ。


「これなら肩の部分でスカートを吊るので、ウエスト……胴回りを締め付ける事はありません。これの下にシャツを着て、上から厚手の上着を着れば、寒い冬でも大丈夫じゃないかと。下にペチコートを重ねてはけば、足も寒さから守れると思います」


 スカートの丈を長くして、その下にペチコートを複数枚はけば、スパッツはくのと同じくらいの防寒になるんじゃないかなーと思って。


 うん、四人の目が食い入るようにスカートを見ています。

「ただ、これは庶民の着るような品ですから、貴婦人の方々が着るのは如何なものかと――」

「これを庶民が着るですって!?」


 うひい! 何か怒られてる!? と思ったけど、違ったみたい。


「そう……庶民はこのようなスカートをはいているのね……」

「あ、いや、ダガードの庶民が全員はいているという訳では……」

「では、どこの国の者達です?」

「えーと……あ! 今度交易を行う予定の大陸です!」

「そう」


 危なかったー。うっかり日本の事を言わざるを得ないかと思った……


 何とか誤魔化しが利いたようで、太王太后陛下も、三人の侍女さん達も、手に持ったサロペットスカートを穴が開く程見つめている。


「ヤーニ、あなたこれと同じものを作れて?」

「一部金具を探すのが難しそうですが、出来ると思います」

「サーリ、これを借りる事は出来るかしら?」

「ええと、それでよろしければお持ちください。他にもありますから。あと、金具とか必要でしたら手持ちの分をお譲りします」


 今更だけど、あのサロペットスカート、ジッパーとか使ってなくて良かったー。全部ボタンで留めてるだけだよ。


 あ、肩紐のところにちょっと金具使ってるけど、あれはベルトのバックルでも代用出来る品だから問題なし。って、検索先生に言われた。


 にしても、あれを侍女さん達だけで再現するつもりなのか……


 ちょっと、検索先生にご相談。


『あれと同型であれば、大量生産しても賢者には怒られないと思います』


 うん、そこ大事。素材はどうしよう?


『貴族御用達の店で手に入る生地を使えばいいかと』


 貴族御用達かー……その辺りは、領主様に聞けば何とかなるかな?


 という訳で、ちょっとお節介してみよう。


「あのう、よろしければ皆様の分、お作りしましょうか?」


 その時の四人の視線……体が穴だらけになるかと思ったくらい強かったとだけ、言っておきます。




 お試しに、一人二着ずつ作る事が決定しました。さーて、領主様がこの別荘にいる間に、布地の事を相談しなきゃ。


 温泉から上がった領主様や銀髪陛下は、じいちゃんといっしょに別の部屋にいた。


「おお、サーリも来たのかね。はっはっは、湯上がりはいつもよりも綺麗に見えるよ」


 おおっと、いきなりのリップサービスですか。って、そうじゃなくて。


「えーと、ありがとうございます? 領主様に、折り入ってご相談が」

「ふむ、何かね?」

「貴族の方が服を仕立てる際に使う、布地を手に入れたいのですが」

「……詳しく聞こうか」


 一瞬でモードが切り替わるのは、さすが領主様ですねー。


 ところでじいちゃん、そんな心配そうな顔でみなくて大丈夫だって。ちゃんと検索先生のお墨付きも得てるんだから。

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